金持ちを偉く思う事や、貧乏を好ましく思う事自体はその通りでしょう。
しかし、どうにも何かがズレているような感じが拭えませんでした。
薄々は「金持ちだろうと貧乏だろうとどっちども良い。その事は関係無い」と言ったような事を感じていたのですが、「そうではないとしたら他に何があるのか?」を考える事が出来ませんでした。
それでも金に関する事であるのは間違い無さそうです。
私は一旦金持ちや貧乏から離れ、模索を開始しました。
それは意外と早く見付かりました。
“給料”という言葉でした。
これが感じていたズレをピタリと補う言葉でほぼ間違い無いものでした。
確かに、自覚出来ている中で唯一の不満と言って良いものです。
それなのに、物理的にどうにかしようという意思が全くありません。
この事から、給料を上げたり下げたりする事に何の意味も無い事は明白です。
「今、この場で、何処にも行かず、何もする事も無く、ただ己の中で解決出来る問題だ」という事が分かりました。
転職も起業も交渉も愚痴も必要ありません。
不満を感じているのが事実であるその“給料”をどう私の中で受け取るか?
それが今の私に問われているのだと思います。
不満を感じているわけですから、この答えは“不満”かも知れません。
もしかするとお金そのものの答えになるかも知れません。
「お金の本質は“不満”である」という事です。
このような考えを持った事が無いはずなので、この新しい可能性は追求する価値があります。
この“不満”と向き合ってみます。