ただ居るだけ | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

「それをどう実現させるか?」という問題は残りますが、「ただ居るだけ」という事が私にとっての至高の境地、最善中の最善になるでしょう。

 

ほとんどの人は何かをする事や何かを成す事に躍起になっているように私には見えます。

 

しかし、それではないからそれをしたがるのでよね。

 

つまり、“何か”をすればする程、何かを成し遂げれば成し遂げる程、「自分はその“何か”ではありません」という事が強調されて行くのです。

 

自分に正直になれば分かります。

 

「これは本当の自分ではない」と。

 

私はその事に気付いています。

 

だから、「ただ居るだけが至高」と言っているのです。

 

 

 

では、私がただ居るだけとなった時の私は一体何なのでしょうか?

 

私はそれに“涅槃”や“神”が見える気がするのですよね。

 

“ただ居るだけ”という言葉に惹かれているのは、私の考えが間違っていないからだと思うのですが、それは今後の経過を見守る必要が有りそうです。

 

大変良い言葉です。

 

これ以上の言葉、これ以上の状態など有るでしょうか?

 

 

 

私は“ただ居るだけ”に大賛成です。

 

これが実現出来れば「存在の質として最上位」とさえ言えるでしょう。

 

まずはこの言葉に対する反応を見てみましょう。

 

その境地に至る言葉を返しているかも知れません。

 

これが“神”なら私は神です。

 

“涅槃”なら私は涅槃に到達です。

 

それが私の何者にも覆せない法則なのです。