神は神を辞めたがっている | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

思考の極致は何も考える必要が無い状態に在る事。

 

行動の極致は何もする必要が無い状態に在る事。

 

感じる事の極致は何も感じる必要が無い状態に在る事。

 

「ただ在るだけ」と言うのは、私が「これがスピリチュアルだ」と定義した、感じる事でさえもしない事です。

 

意識してしないのではありません。

 

完全に意識すらしなくなる事です。

 

正直難しい。

 

悟る事でさえも「出来ない事だ」とは思わなかった私も、本当の意味で何もしない状態に至るのは難しいと思います。

 

しかし、感じる事に対する関心は失われつつあり、ほとんど感じる事を止めているに等しい状態になっている今、難しい事ではあっても不可能だとは思いません。

 

まあ五分五分、いや、六分くらいは出来る方に分があると踏んでいます。

 

その内「存在すらする必要が無くなる」と言い出す予感がします。

 

神が居なくても良い状態にする事。

 

神が望む形で自らの存在に終止符を打つ事。

 

それが神の意図であり、万物の存在理由であるような気がします。

 

「自らの存在を無くす為に存在していると言うのは何とも神らしい」と私は思います。

 

早い話が「神は神である事を辞めたがっているんじゃないか」という事ですね。