この気持ちは何だろう? | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

私が内的なものを表現する時は「感じているもの」という言葉を使います。

しかし、今回用いているのは「気持ち」という言葉です。

私にとっては「だから何だ?」で済まされる話ではありません。

感じているものではなく、気持ちを理解する事が求められている可能性があるのです。

あまり前置きが長いと今思っている事の精度が低くなりそうなので先に進みます。



これは私の気持ちではないと思います。

「私に向けられた気持ちである」とした方が感覚的にしっくり来ます。

そこで「誰の?」が問題となるでしょうが、ここから先は内的根拠に乏しい私の想像、あるいは「可能性が高い」と考えている事になります。

ここ数日の一連の流れから見て、「ツインレイの」と考えるのが最も自然だと思います。

それ以外の可能性を考えるのは少し無茶な気がします。

「私とIさんはツインレイだと思う」とする私の考えが正しいならば、私はIさんの気持ちを受け取っている事になります。

「昨日までは全く届いていなかった、いや、届いていた事に気付かなかった彼女の気持ちが今、私に届いたのだ」という事になります。

ツインレイ以外の、即ちIさん以外の誰かの気持ちが届いている可能性も0ではありません。

しかし、私に届いている気持ちは、「私の彼女に対するイメージそのもの」と言っても良いくらいに彼女と重なるのです。



…とは言っても、現段階では何も確定させる事は出来せん。

「ツインレイだ。Iさんだ」と言う前に、「この気持ちが何を伝えているのか?」を知るのが先です。

それが「ツインレイだから何?」の答えそのものになる可能性は低くありません。

それに、気持ちなら人の言葉で理解出来る形になっているはずです。

今まで感じていた痛みや吐き気や膨満感が言葉を成して、私の中に在るかも知れないのです。

いや、もう在るでしょう。

後はこの気持ちを読み解くだけです。