お金を稼ぐ必要の無い世界を経て、どんな世界に至るのか | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

感じた事が無いものを感じています。

“稼げない”という可能性も見え始めていますが、それならそれでお金を稼げない自分を受け入れてしまえば話は終わります。

「お金を稼げない自分を受け入れる」という事は、「お金を稼げない世界を創っていたと知る」という事です。

確かにこれもお金に関する世界に相違ありません。



「それで話は終わる」と言っても、終わるのはあくまで「お金を稼げない自分(世界)」であって、そこから新たな話(世界)が始まると思います。

私は単純に「お金を稼ぐ世界が始まる」とは思っていません。

「お金を稼ぐ必要が無い世界が始まる可能性の方が高い」と思っています。

前者の世界は創り出すのに多大な労力と時間を費やす一方で、後者の世界なら悟り方次第でこの瞬間にも果を伴って移行する事が出来ます。

前者と後者が選択肢に並べば、まず間違いなく後者が選択されるでしょう。

私ならそうするはずです。



問題は「稼げない(稼ぐ必要の無い)世界を通して、私を何だと言いたいのか?」という点です。

その“何だ”が私のお金になるでしょう。

私はその言葉を知っているはずです。

ただ、そうだと気付けていないだけです。

そこに気付くに至る道筋が、今感じている事の中に在ります。

今は“稼ぐ必要は無い”とも“稼げない”とも言っていませんから、そこから離れても良いでしょう。

「離れても良い」とは、「その世界から出ても良い」という事であり、そう思った時点で既に別の世界に移行している事でしょう。



今、私はどんな世界に居るのでしょうか?

まだ「稼げる」とか「稼げない」とか、そういう世界に居るのでしょうか?

「最初からそんな世界に居なかった」と思うのは、やはりそんな世界から移行しているからでしょうか?

移行しているなら、その世界を知る事を優先させなくてはなりません。

そこが安住の世界だとしても、どんな世界かを知らなくては住むに住めません。