自分は居ないのではないか? | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

今、何かを言っている事は分かっています。

これが私が何者であるかを示しているはずです。

何処まで行けば納得するのか分かりませんが、“これ”とは死ぬまで付き合う事になるでしょう。

“これ”とは自分の事であり、私が「それしか関心が無い」と言っているのものです。

私が自分以外に関心を向ける時が来るとしたら、それはこの自分が何も言わなくなった時でしょう。

「自分が居なくなった時」と言っても良いかも知れません。

もしかすると、「居なくなる」という事を意味する言葉を発しているのでしょうか?

そうなれば、本当に存在と非存在の垣根を超えた次元に至るかも知れません。



私は「自分が死んでいたとしても驚かない」と書きました。

それは冗談抜きでそういう結論に至るかも知れません。

例えば「自分は存在していなかった」とか、そんな感じのものですね。

存在と非存在を超える次元があるとしたら、そういう事になると思います。



最近気になる言葉は“涅槃”です。

スターシードやら涅槃やら、用いる言葉に洋の東西が入り乱れていますが、そんな事は気にしていられません。

その言葉の意味、中身が重要だからです。

ちょっと調べたのですが、私の中で言われている言葉と一致していないせいか、今は理解が追い付きません。

ただ、一致していないにも関わらず、何故か気になるのです。

もしかすると、今言っているものはその先に涅槃を見据えているのかも知れません。