俺は一体何者なのか? | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

数日前から胸の辺りに何か感ずるものが留まっています。

当初は「女性に関する事に違いない」と思っていました。

私の中で女性と言えばIさんを指します。

そこでIさんから答えを導き出そうとしました。

しかし、「私は“これ”をIさんとは呼ばない」という感じがしてなりませんでした。

そうなると、「感じているものは女性でも無ければIさんでも無い」という事になります。

そんなわけで、方向を修正して改めて自分と対話する事にしました。

「自分と対話らしい対話をするのも久し振りだ」と思いつつ、感じるものに意識を澄ませると、「これは俺の本性、俺そのものではないか」と思うようになりました。

確かに、感じているものをIさんと呼ぶよりも俺と呼んだ方がしっくり来ます。

そこで私は「Iさんを感じているのではなく、俺を感じている」と考える事にしました。

感じているものの反応の仕方から判断するに、「この考えは正しい」と思います。



それが何であれ、最終的には受け入れる事になるのは決まっています。

しかし、“俺”が求めているのは受け入れるよりも先に理解である事が感じられます。

俺の本当の姿、俺の本性、俺の本質、「俺は○○である」という事の理解を求めているように思えるのです。

端的に、一言で俺を表現した言葉。

Iさんで言うところの愛に相当する言葉。

それが俺の求めている理解なのだと思います。

…感じているものが明らかに好ましい形に変化しています。

この調子で掘り下げます。