「欲しかったものを手に入れた」という感覚 | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

私が「自分は愛そのものだ」と悟ってから感じ続けているのは、「これさえあれがどうにかなる(生きて行ける)」と思えるようなものです。

「もう働かなくても良いのではないか」と思えたのも、「自分は働くのをやめて、他人に働かせれば良い」と考えたのもその為です。


「働きたくない」のではなく、働く必要が無い事を知っている。

働くどころか、何もする必要が無い。


…そう思わせるようなものを感じているのです。

それだけではありません。

Iさんに対する気持ちともリンクしています。

Iさんに対する気持ちと、「働きたくない(働く必要が無い)」が同一になりそうにも思えます。

そうですね。

現段階で表現するならば、「私の本音を極限まで純粋にしたもの」でしょうか。

そこには「したくない」や「必要が無い」が一切含まれていません。



また、「欲しかったものを手に入れた」という感覚もあります。

こちらの表現を用いた方が、先程の「極限まで本音を純粋にしたもの」という表現よりも適切かも知れません。

さらに奥まで辿るならばこちらの表現を利用した方が良いでしょう。

Iさんは心から欲した存在で、今の職場に居るのも彼女が居るからなので、働く必要が無い事と彼女への想いがリンクしている事との整合性も取れます。

「働く必要が無い」のではなく、「欲しかったものを手に入れた」で行きましょう。



でも、正確には何を手に入れたのでしょうか。