情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害な私 -67ページ目

情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害な私

愛着障害、高次脳機能障害、情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害、左手指の麻痺

生きることは簡単ではありませんが、それでも生きていきたい。
そんな前向きな日々を過ごしていきたい。

 

波が来ました。

 

段々と、調子が落ちていって、身体の疲労感やらが凄かったのには気付いていましたが、昨日、朦朧とした状態で夜中に30分程自傷行為をし、朝起きたら「駄目な感じ」でした。

 

眠いし、重いし、疲れてるし、何もしたくない。

 

そんな中で、前回の記事でもお話しした通り、無理なく出来るPCをやるせない気持ちの逃げ場にしています。

 

何が悩みで自分を苦しめているのか。

 

とにかく疲れたし、エネルギーが抜けた状態です・・。

 

前回の診察では「電車のホームに飛び降りたくなったこと」、「首をまた切ろうと思う」、「赤信号を飛び出そうとした」。この三つを医師に伝えた所、入院処置も必要ではないかと告げられました。

 

最初の記事「生きる」では、「命を投げ捨ててはならない」という事を訴えたわたし自信の情けなさに自己嫌悪です。

 

鬱も軽躁も辛い。

どっちも辛いです。

 

 

 

調子の

 

今日は自分の調子の波について綴りたいと思います。

 

躁鬱と診断され、薬が変更されるまでずっと鬱状態だった私でしたが、その後デパケンR錠のおかげで「軽躁」や「フラット」などの調子である事が増えました。

 

勿論、落ちた時はぐんと落ちて自傷や自殺企図などもありました。

 

鬱に陥った時、またはその波を察知した時に出来る対処を身に着けることで、今は大分波が乱高下しなくなり落ち着いてきました。

 

これは私の場合ですが、鬱若しくは混合状態に陥った時、以下の様な症状が出ました。

 

  1. 睡眠障害
  2. 脳は働くのに体が動かない
  3. 憂鬱で不安があるのに身体が落ち着かない
  4. 自傷又は希死念慮
  5. 漠然とした苦しみや辛さ
  6. 興味、意欲の喪失
  7. 何をしても楽しくない
 
上から説明しますと、睡眠障害については頭の中が騒がしく忙しなく働き入眠できない(入眠障害)夢と現実が分からなくなる上途中で起きる(熟眠障害中途覚醒)などあり、睡眠が殆ど取れない状態になり、朝起きれなくなりました。
次に、脳が行動を起こすため神経に指令を下しても(例えば歩くとか、物を取るとか)身体が全く動かなくなる。
漠然とした不安がある事の防衛反応で休みたいと叫ぶ身体に鞭打って外出したり動き回ってしまいます(不安から逃れるため)。
そんな日々を送っていると症状は深刻化していき、いよいよ希死念慮が浮かび果ては自傷や自殺未遂に陥ります。
 
ですが、冒頭でもお伝えした通り最近は鬱の波を抑える事が出来ています。
 
此方の方法も箇条書きにさせて頂きます。
 
  1. 不眠の兆候にはすぐに眠剤を
  2. 身体、精神的な焦燥感から意識を逸らす
  3. 休息を取る
  4. 家に引きこもらない(散歩などの外出)
これらは、担当医やカウンセラーからのアドバイスをもとに実行しています。
眠りは、安定していた精神状態に大きな影響を与えると考えられます。鬱状態ともなれば、なおさらのことです。日常生活の基盤となっている睡眠がぶれれば、躁鬱の波の振れ幅も大きくなります。
眠剤に頼るというのは、抵抗が強いですが、その後の体調を考えれば頼らなければならないなあと、やっと思う事が出来ました。
焦燥感から意識を逸らす、というのは「興味や意欲の喪失」と矛盾した考えではないか?と疑問に思われるかもしれません。私の場合は、「今の状態で無理なく出来るもの」を行って日中を乗り越えていました。
タイムスケジュールで表す(鬱状態時)と
 
11or12時:起床、昼食(大体30~1時間)、TV流し見
13時~14時:徒歩圏内の買い物(母と)
15時~16時:帰宅後、横になり休む
   17時:夕食
   19時:入浴
   20時:一日の記録、ベッドに横になる
22時30分:就寝
 
このスケジュールで、鬱状態から気分が持ち上がるまで待ちます。
TVはヒルナンデスお勧めです(笑)
徒歩圏内の買い物は、3分以内~30分と時間はまちまちですが、家族の協力もあるおかげで苦なくやれています。
私の中でこの対処法が一番「現状、必要以上の事をやらなくて」済んでいます。
 
まだまだ、調子の波は掴めていないので、こうして記事にする事で自分を落ち着けている部分はありますが、「寛解」目指し日々を気楽に過ごしていきたいと思います。
 
 
以上、ここまで読んでくださりありがとうございました。

生きる

 

初めまして。双星です。

 

精神症状を自己管理する目的でブログを開始してみました。

 

また、同じ病気で悩んでいる方々の参考になれたらとも思っております。

 

どうぞ、よろしくお願い致します。

 

さて、タイトルの「生きる」ですが、自己紹介がてら語らせてください。

 

現在22の私。

 

幼い頃は夢や希望が心を満たし、自動的な流れで叶えられるものだと思っていました。

良く言えば純真無垢、悪く言えば愚か者です。

 

今となっては、例え「愚か者」でも夢の一つ語れる人間はとても魅力的だなと感じます。

 

何故か、人間は生きる程「現実を痛感させられるから」です。

 

私も、例外ではありません。幼稚園(保母含む)からいじめられ人生のスタートを切り、親は認知しながらの放置、殴る蹴る、教員も認知しながらの放置。挙句重篤な病気により障害が残り生きるのに不自由になり、希望や夢なんてものは消滅しました。

 

そこで私は「死んだ」のです。

 

病気により助かった喜びなど当時は持てませんでした。

通いたかった高校、味わいたかった青春。

勿論、高校生の誰もがそれを自覚して生きていることなど無いでしょうし、実際は人間関係に悩む事の方が多いと思います。

 

頭では分かっているのですが、中学まで友達も何もかも、無かった私には大きな分岐点で、新たな「希望」を生み出す可能性のある場所という固定観念が強かったのです。

 

病気後、右側頭部の骨が無い上左半身の麻痺が強かった私は「養護学校」に入学し3年間を過ごすことになりました。

 

途中、水頭症の手術や人工骨を嵌める手術も行い、やっと日常生活を取り戻すことが出来ました。

 

「健康」というのは精神も健やかにさせるので、じわじわと希望が心を満たしていきました。

 

それは「介護福祉士」になって、自分の様に不自由な方を助けたいという思いでした。

ところが、大学に行くことは親が断固反対。遠い道のりになりますが、ひとまずA型就労施設で働きながら「介護士初任者研修」を修了しました。

 

現在、それすら活かせず自宅療養中です。

 

高校卒業後、親の強制によりA型就労施設で働くことになったのですが、職場環境は驚くほど「ホワイト」でした。アットホームで休みはいつでも取れますし、残業代も付き、夏季冬季休暇もあります。

 

仕事にも慣れた翌年の4月、入って来た新人に「あなたの仕事は誰でも出来るから、あなたはこの会社に必要ない」と言われたり陰口を叩かれたりと様々なストレスで気が狂い、「鬱状態」からの「双極性障害」になりました。

 

そして仕事を辞めて自宅療養。ここまでが私の人生を省略したものです。

 

「生きる」とはなんなのか。何故生きなくてはならないのか。

 

たった22年です。けれども、考えざるを得ない人生でした。

 

答えなんて勿論ありません。

その悩みにぶち当たった所で「死ぬ権利」もありません。

 

人間、産まれたからには生き抜かなくてはならないと思います。

どんな理由があろうと「命」という財産を放棄する事程贅沢な事はありません。

 

生きていれば苦しみは付き物ですが、喜びももれなく付いてきます。

 

人は窮地に立たされた時、初めて今までの生活が「豊か」だったかを知ります。

 

今生きていられる事実を受け止め、私はさまざまな障害と共に日々を大切にしていきたいです。

 

 

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。