しみじみ | 情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害な私

情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害な私

愛着障害、高次脳機能障害、情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害、左手指の麻痺

生きることは簡単ではありませんが、それでも生きていきたい。
そんな前向きな日々を過ごしていきたい。

 

腕の自傷跡、首の自傷跡を見てしみじみと思う。

 

 

外側の傷も、内側の傷にも意味があるんだろうなあと。

 

担当医、地活の相談員さんには「不利な状況を自ら作り上げているということ」と叱られました。

 

確かに、半袖着れないし、初対面の人に気遣うし、恋は億劫になるし良い事なんて一つも無いです。

 

でも、この跡は私の本心が「生きたい」って叫んだ証であって、だからこそ今こうして生きていられたためのものでもある。

 

痛い時もあれば記憶が抜けてる時もあって。

 

私にとって、自傷行為は一種の「安心材料」で、苦しみから解放してくれる「居場所」でもある。

 

この先も、自傷行為をしないという保証は無いし、弱い私の心は誘惑に勝てないと思う。

 

今は、落ち着いた状態だから、自傷行為という欲求を俯瞰的に見て考えられない。

 

冒頭の話に戻りますが、こうした外・内の傷には必ずしも意味があると思います。

 

私は、無神論者で宗教的な事に関心はありませんが、傷を負った人には

 

同じ傷を負った人の手当てをする事が出来ると思います。

 

障害を背負うという事は、とても「孤独」です。

 

同じ障害名でも、個々で症状は違うし背景も違う。

 

けれど、独りではないです。傷の舐め合いでもいいんです。

 

少しでも癒し合う事が出来ると思うんです。

 

 

 

なんて、自傷跡を見ながらしみじみ。

 

 

関係ない話ですが、腕に画鋲を刺し静脈を探す自傷は、瀉血をしようとしてました。

 

絶対跡にならないと思ったのになあ・・。