世界を根底からひっくり返してその渦に巻き込まれて死んだ。 -3ページ目

世界を根底からひっくり返してその渦に巻き込まれて死んだ。

しょーもないことがわらわらわらわら。
しょーもない俺がわらわらわらわら。
しょーもないお前がわらわらわらわら。
さてどうすっか。
ねるか。



今年もまた出会ったり別れたり花粉が飛んだり花粉が飛んだり花粉が飛んだりする季節になりました。どうもテボリューションです。
結局さあ、花粉が飛んでるのだって、木やら花やらが春に喜んで異性を求めて調子乗ってる結果なわけでしょ?ちょっと浮つきすぎじゃない?木やら花やらですらリア充してるってどゆこと?
あー世知辛いね。


はい、花粉への八つ当たりが済んだところで、本題いきましょうかね。

以前の記事で訓練に行っている話をしたと思います。
陸上自衛隊の予備自衛官になるための訓練です。でした。

無事に50日間の全課程修了しました。
なんとか予備2等陸士に任官できました。



「期待恐怖症とその治療方法について。http://ameblo.jp/09th-tevolution/entry-11941609522.html」で触れましたが、
自分はこの訓練、だいぶがんばりました。
期待に応えられるように。
結果、修了の際に大隊長賞といういわば優秀賞みたいなのをもらうことができました。

これは目指していたものです。
やっぱりがんばる、と言うだけではわからないし、伝わらないからね。
あのとき、教官から成績優秀者は最後に表彰されるというのを教えてもらいました。
その話を聞いてから、
ああ、寄せられる期待に応えたいな、と思うようになってから、
この賞が当面の目標でした。


…期待には、応えられたかなぁ。応えられてたらいいなぁ。

他人からどう評価されているのか、実際のところはよくわかりません。
自分としても、もっとがんばれたところはあるよなぁと思います。

でも、目指した目標をとりあえず奪取できたのは、自分にとってとても大きな収穫。

おそらくこれから、自分は世間とかそういうものにけちょんけちょんにされる日々が来るでしょう。
それはやりたいことをやり通しちゃう奴の定め。

今までは、それでへこんだり傷ついたりしてきました。
でもきっと、これからは大丈夫。
なんたって俺優秀だからね!
それだけの自信をつけられた50日間でした。
もう前を向くことに戸惑わない。
本当に感謝です。


さてさて!とゆーわけで、次のステージに行きましょうかね!
THE_∃HT、絶賛活動中!表に出る日は近い!
世界ひっくり返しちゃうぜ!
寒いわ年の瀬だわお金はないわ、どうもテボリューションです。
基本的にないものしかない。逆にないものだけはたくさんある。これぞ無知の知スタイル!
調子乗りましたすいません。
ソクラテスに呪われそう。逆にソクラテスに呪われたらたいしたもんなんじゃないか!?
調子乗りましたすいません。



さて徒然脳内徘徊シリーズそのに。
お題「生と死について」 ババン!
このシリーズはだいたいこういうしょーもないお題になります。


生と死について、というとだいぶふわっとするので、もうちょっと具体的にすると「なぜ自殺しては
いけないのか」
なぜ自殺してはいけないのか、というよりはなぜテボは自殺しないのか、かね。
自分が自殺しない理由を他人様に押し付ける気はないので。


ぶっちゃけ、この世界は生き辛いもんで、悲しいこと、辛いこと、腹の立つこと、許せないこと、いっぱいあります。日々俺のサン値は削られっぱなしで、それを補うほどのイイコトもなく、生きてりゃイイコトあるだろうって希望に縋る体力しか基本的に残されてません。まぁ逆に言えば何がなんでも生き残りたい!と思うほど辛いこともないわけなんだが。

まぁとにかくそんなもんで、生きていたいから生きるんだ!と胸張って言えるような人生でもない、と。

したらば生きてる必要なくね?という話なわけですよ。
実際のとこ、テボもそう思います。ちょっとここ救いなさすぎね?と。


じゃなんで死なないかというと、
死ぬ価値が自分にないから、です。

死ぬってのは、これはえらいことですよ。
生き物が死ぬことによって巻き起こるエネルギーっちうのは膨大です。
なんたって死んで食われることによって誰かを生かせるんだからね。
食われなくても周囲に与える影響はすごい。
社会的にもすごいのでいくと、後追いが出たり、でかい組織がてんやわんやしたり、下手すっと国が転覆したり。
もっとふつーなところでも、死んだ奴の知り合いがわさわさ集まったり、悲しんだり泣いたり、愛し愛されていた誰かが絶望したり。
死んだ後、食われて誰かのエネルギーになれりゃ一番死んだ甲斐があるとは思うけど、
そんなもん辛すぎて食えないよ!って大泣きされるなら、それはそれでなんだかがんばって生きてきて死んだ甲斐があるなぁと思います。
それぐらい、死ぬってのは偉大で、恐ろしい。

別に今死んだところで誰も悲しんでくれないと思っているわけではないんだけど、
その喜びや達成感を享受する資格はまだ自分にはないな、という気がするんですな。
そんな気がする、というのは生きていく上でテボ的に一番大事な要素。
頭で考えてもわちゃわちゃしてしまうときは、とにかく感じていることを優先します。


もちろん生きるということも大変なエネルギーを生み出すわけですが、
かと言ってじゃあ自分に生きている価値がないか、というと、
それはちょっとわかんない。
ある!と言い切れはしないけども、ない!とも言い切れない。
言い切れないと思いたい(笑)

でも死ぬ価値はない、と思うので、
訪れるのかどうかもわからない「自分に死ぬ価値を見出す日」を夢見て、
未だにだらだらと地べたを這いつくばっておるわけだなぁ、と、
編み物しながら思った冬の日なのでした。おわり。


あ、そうだ。
なんだかんだ言ってやっぱり、自分が死んだ後誰かの生に加担できたら一番嬉しいので、
死んだ俺を誰かが泣きながら食べてくれたりするとテボは大変喜びます。よろしう。
DARK SOULSⅡの煙の騎士が倒せなすぎてもんがもんがしています。どうもテボリューションです。フロムソフトウエアは俺の心を折りに来すぎ。どんだけなの。

まぁダクソの話はまたそのうち書いたり書かなかったりするとして、
今日は久々に最近の出来事について書きたいと思いま。


自分は期待恐怖症です。
他人に期待したり、他人から期待されたりするのがすごく怖い。

期待すんのが怖いのはもちろん裏切られるのが怖いから。
これは昔からそうだし、たぶんこれからもなかなか変わることはないと思う。

期待されんのが怖いのは、ダメだったときその人を裏切ってしまうから。今はこれがどうしようもなく怖い。
前は期待されることに対してはそんなに怖くなかった。と思う。
なんでかはよくわからない。他人への思いやりとかがなかったからかもしれない。そんなに失敗することもなかったからかもしれない。

前者の恐怖に関しては単純に自分の性質によるものだけど、後者の恐怖が顕著になったのには理由がある。
ずばり、今年の3月の離職。
人に期待されて紹介してもらった職場だったのに、結局自分はその期待には応えられずに1年でまぁなかば辞めさせられる形になってしまって、紹介してくれた人に多大な迷惑をかけてしまったのが原因。
もうそれ以来、誰から期待されるのも怖くて、自分を気に入って他の仕事を紹介してくれる人もいたけど、また同じように期待を裏切る結果になるのが怖くてお願いしなかった。


自分は今、ある訓練を受けている。
詳しく書くと怒られちゃうから書けないんだけども、これぐらいのふわっとしたかんじならたぶん大丈夫だろう。たぶん。

自分を鍛え直そうと思って始めたことで、自分なりにがんばっているけども、やっぱり期待されるのが怖いので他人の評価には一切の関心を払わずにやってきた。
結構よくやれてるようで、自分を買ってくれてそうな教官もいるのは薄々気づいてたけど、自分とは関係ないと言い聞かせてきた。

そんな中、この間訓練中に体調を崩してしまって教官に病院まで連れていってもらうなんて事案が発生。しかもその人の車で、30分もかかるような遠いところまで。
本当に申し訳なかったです。まぁここに書いたところで伝わるわけではないんだけども。

その病院に行く車の中で、その教官がぼそっと「これで成績下がっちゃうな…」と言った。
そもそもその人は自分を買ってくれていたようで、いろいろな人からそういう噂を聞いていたんだけど、本人の口から直接その手を話を聞くことが全然なくて、そのとき初めてやっぱり噂の通りなんだなと意識した。

意識したんだけども。
期待されてるんだって意識したんだけども。

怖いってよりも、嬉しかった。なぜだか。

迷惑をかけている真っ最中なのに、自分のことを心配してくれたような気がしたから。
自分にプレッシャーを与えないような形で期待をしてくれていたように感じたから。
たぶんそんな理由だと思う。

もちろんどっちも大いなる勘違いの可能性は高い。
別段深い意味があってつぶやいたんじゃないかもしれない。

それでも、期待されることを嬉しいと感じることができたのは久しぶりで、それに応えたいと思えたのも本当に久しぶり。
いや、もしかしたら他人の期待に応えたいと思ったのは初めてかもしれない。
今まで期待されようがなんだろうが、自分のためにしかがんばってこなかったから。


そんなわけで今、気持ち新たに物事に対峙できている自分がいます。
きっとこれは大事なこと。
何かを大きく成し遂げたいと思ったら、他人からの期待に潰れされているわけにはいかないはずだから。
その壁に挑戦する気になれる日がまた来るとは思ってなかった。
本当に教官に感謝です。


そんなわけでテボはもりもりがんばります!

あ、あとバンドまた始めました。
ついでみたいになっちゃった。まぁいいや。
それもがんばります!

まだまだ若いもんには負けねえぞこの野郎ー!
世間様では夏の終わりが嘆かれている今日この頃、未だに夏休み続行中(無職)のどうもテボリューションです。

さて始まりました、徒然脳内徘徊シリーズ。

テボが何かを始めるときはだいたい唐突に始まります。

何をやりやがるのかというと、ようするにわちゃっと考えたことをでろっと書き殴る、そんなかんじです。
今日あったこととか世間様の流行とか一切関係なく、なんの前振りもきっかけもなく、お風呂入ったり洗い物したりしてたときにぬるぬると考えたしょーもないことをなかばメモ代わりに書き留めておくと。
まぁそもそもブログってそんなもんなのかもしれんけど。

そんなわけで今日のお題はこれ。

ババン! 『人間とは』

重いですねー、いきなり重いですねー。テボはアホなふりしてたまにそういうしょーもないことを考えているんですねー。

人間とは、と一言で言っても、見方はいろいろですので、今回は主に「人間と動物の違い」的な話をしようと思います。

それに関して、昔の偉い人はこう言いました。
「人間は考える葦である」と。

ぶっちゃけその通りだと思います(笑)

まぁ葦だと感情の発露がわかりにくいので、テボ的には考える猿ぐらいですかね。
実際そのまんまですね。事実人間は考える猿だからね。

一般的に、「人間らしい」というと「感情」のイメージが強いような気がします。
喜んだり、悲しんだり、怒ったり…etc
時には憎んだり恨んだりの極マイナス感情も「人間らしい」で片付いてしまう始末。
しかし、前述した御言葉では、人間の最たる特徴は「考えること」であるわけです。
どうも、「人間とは」と「人間らしい」はイコールではなさげだな、と。

実際のとこ、「人間」について考察する際に、感情も思考も無視できるもんじゃありません。
そんで、どっちの要素の方が人間が人間足り得るのに必要なのかと言うと、それもまた難しい。

例えば思考。これは確かに人間の有する最大の特徴です。言い換えると「理性」ですかね。他の動物だってものを考えているとは思いますが(どうやって餌を取るかとか身を守るかとかね)、人間ほど高度で複雑な考え方はしません。たぶん。まぁ学者じゃねえから正確なとこはわからんけど。
しかし、やはり「人間らしい」というとまず出てくるのは感情の話なんですね。
おまけにあまり理性的になりすぎると「ロボットみたい」とか言われちゃう始末。

例えば感情。こっちは人間らしさの重要なファクターって話はしましたが、それも過ぎたるは及ばざるがごとしで、行き過ぎるとヒステリーとか癇癪とか言われて忌み嫌われ、一気にイメージが「本能的」「動物的」になります。
そんで、まぁこれは完全に自分の話ですが、テボはまず感情を優先して行動します。それを自分では動物的だと思っているし、動物的でありたいが故にそう心がけています。テボはロボットよりも人間よりも動物が好きなんで。
にも関わらず、ある程度だとむしろ人間らしいってことになるらしい、と。
どういうこっちゃ、と。

ここで全然違うファクターを出します(笑)

それは「表現」です。

おっ、なんかくさいかんじになってきたぞ。

この場合の「表現」ってのは、コミュニケーションツールのことではなくアートに寄ったもののことです。もちろん兼ね備える場合もあるけれども。
動物にも感情があり理性がありますが、感情をかたちにして残そうという欲求はありません。たぶん。学者じゃないからね、わからんけどね。
必要に応じて誰かに伝えるために、感情やメッセージを表に出すことはありますが、それをより美しいかたちで残そうとはしない。
表現したい、というのが欲求である以上、それは本来感情の部類に入るはずなんですが、これがそうとは言い切れないんですね。

なぜなら、それをかたちにするには理性が必要だからです。

「芸術は爆発だ!」と昔の偉い人が言ってますが、いくら感情や衝動が膨大でもそれだけで爆発はさせられないんです。
させられる人もいるのかなぁ…。まぁ、いるかもしんない。でもそれは超ド級の天才。まず無理。
いくらダイナマイトが大量にあったって、着火も振動もなしに爆発はしないでしょ。
ようするに理性は着火材なんだね。

もっとわかりやすくいうと、感情は生肉、理性は工場、表現作品はハム。
動物は生肉も工場も持ってるんだけど、ハムは作れないわけです。
どんなに生肉がいっぱいあっても勝手にハムに変質はしないわけです。

だからテボは感情や衝動を優先します。生肉がないと、どんなに工場が高性能でもハムできないからです。

あ、でも理性を馬鹿にしてるわけじゃないんだよ。工場が超優秀だったらよりいいハムできるからね。人間である以上、まるっきり生肉ないってことはないしね。
ただ、テボは生肉の方が好きなだけ。さらに言い換えると感情と理性はエンジンとハンドル&タイヤ。単純にエンジンを優先的にチューンする方が好きなだけです。タイヤから換えて速さを求めていく人もいる。

ただねぇ…「考える」ってことがすでに「考えたい」って欲求なんだって意見もあって、感情とか衝動とか欲求とか思考とか理性とかの線引き自体にもまだまだ議論の余地があるんですねぇ…
もう今日はそこはいいよ。また今度考えるよ。


結論、人間は食肉加工。

もうこの言葉だけだとわけわからん。

あ、あと、話の流れ的に表現を追究しない奴は人間じゃないみたいになっちゃってるけど、表現に結びつかなくても生肉の加工、つまりは感情のコントロールって大事。感情を垂れ流すのよくないと言っても、じゃあ感情なくてええやんてわけではないからね。
まぁその最たるもん、つーかかたちに残るやり方が表現じゃないかとは思いま。

とまぁ、そんなことを顔洗いながらテボは考えていましたとさ。
めでたしめでたし。
なんか急に涼しくってかむしろ寒くなりやがって、洗濯できない鬱憤ばかりが溜まっていきますどうもテボリューションです。まだ8月だっつってんだろ。いいかげんにしろ。

そう、8月も終わりです。
もうすぐ9月です。
前回更新の話はもういいです(爆)
それよりも大事なこと、あるでしょー?ほらー。あれだよーあれあれー。

北とぴあ演劇祭ですよー!
演劇集団おもちゃばこ、今年もやるよー!
『ネガティブ戦隊 ヘタレンジャー』

てわけで9月14日に公演なわけですが、宣伝はしても意味ないのでしません。

とりあえず、ピンチです。もう公演ほぼ2週間前だからね。なんもできてないね。
曲も作らなきゃならんのに、どうにもやる気が出ないね。最近そんなんばっかだね。

空回るぐらい努力する奴が好きです。今回の役はそんな奴。
今の自分から程遠くて、なんだか吐き気がしそうです。
やっぱり楽してんのはダメだなと思っているところです。腐る。死なずに腐る。しかも自分の腐臭が自分で嗅げちゃう。こんなクソなことないです。

がんばらにば。にばね。
チラシ表
チラシ裏