先日、想像力について書きましたが、言葉の力というものは過小評価してはいけません。いわゆる炎上というものは、動画や写真でも起こりますが、最近ではフワちゃん騒動のように不用意な発言から起こるものも多いです。勿論全く誤解が生まれないように文章で自分の意図を表現することは難しいですが、短文の表現は正確な意図が伝わりにくく言葉足らずな状況に陥りやすいです。Xに代表される発信ツールで有名人が発信した内容は切り抜かれたときに、更に過激な表現になっていたりします。更に謝罪の仕方も非常に重要で、炎上した時よりも謝罪の場面の方が言葉を間違えると大変なことになります。日本語表現は非常に繊細なので、少しの表現の間違いで上から目線ではないかとか、粗を探す人が出てくるので、とりわけ企業はそうした際の危機管理能力を問われることになります。本来は謝罪の場面で、笑いを取れるお笑い芸人さんを見ると、ある意味流石だなと思ってしまいます。
最近はいわゆるコタツ記事(取材に行かずに動画サイトや、テレビ番組の内容をそのまま見て書いたもの)も増えて、分かりにくいニュース記事には辛辣な批判ー何を言いたいか全くわからない、書いた人間の名前を記載するべきだ、こんな漢字も間違えるのか、といったものをよく見かけます。記者も人間で中には新米もいるでしょうから、簡潔にわかりやすいものを最初から書けるわけでもないのでしょう。しかし言葉のプロとして働く以上、そうした批判にさらされるのも仕事の内なのです。私はわかりにくいなあと思っても一切書きませんが。
以前も書きましたが、母校の校長室に「たった一言で人は死に、たった一言で人は救われる」とあったように、私たちは言葉でしか表現できないことが多いので、自分の思いを出来る限り正確に伝えられるように表現力を磨いていくことが大切です。