テスト対策に忙しく、更新する暇がありませんでした。過去問を何年分も教え、体験生に授業をしたりと忙しい週が始まっています。朝活も同時並行で行っているので、なかなかタフな1週間になりそうです。小論文の添削(大量)もあるし、受験生の試験範囲がぶつ切りなおかげで対策プリントを作るのも、時間が足りません。まあマルチタスクはいつものことですが。1つ1つ片付けるしかありません。テスト対策で毎日塾に来ている生徒もさすがに疲れ気味ですね。
先日不登校の生徒の数が過去最高になったというニュースがありました。多様性への寛容は理想論ではありますが、こうした集団行動への嫌悪感や拒絶は後に何を生み出すのでしょうか?かつてゆとり教育の弊害は、彼らが社会人になった時に様々な形で社会から糾弾される結果になりました。α(アルファ)世代と呼ばれる今の彼らは、また先々社会で叩かれるのでしょうか?
私(昭和世代)の場合は家庭が厳しかったので、むしろ学校が息抜きの場所だったからか、学校はなくてはならない場所でした。家庭が憩いの場であることは救いになるけれども、そこから出来る限り出ないという選択は、社会的な動物としての訓練から逃げ出す結果になる可能性はあります。例えば漫画家になるとか、外に出なくても生活ができるのであれば、勉強なんてできなくて構わないのですが、コミュニケーションがある程度問題なく出来るようになること(人との距離感を測る、場の空気を読む)は、円滑な人間関係を構築するうえで、学業では学べない事象だと思っています。学校に行けば自然と手に入るわけでもないのですが、社会生活の序章として世の中には色々な考え方の色んな人がいるということを、なんとなく理解するうえで、よくわからない人との交流を持つことは大事です。一歩踏み出すことで見える世界は簡単に変わるように思います。