私の居場所はどこにあるの? 藤本由香里 単行本1998年 文庫2008年 

 

サブタイトルの 「少女マンガが映す心のかたち」 が言うように、少女マンガの表現する世界と現実の社会とをつなぐ。これが、マンガの読み方としても、社会の切り取り方としても秀逸で目を開かれることが多数ある。社会学的な評論としても十分通じるような鮮やかさで、単なるマンガ評論ではない。

 

長いが章立を紹介すると以下の通り

 

・恋愛ー恋愛という罠

・性描写ーことほどかように

・成熟ーオトナになった少女マンガ

・家族ー「明るい家庭のつくり方」

・居場所ーあなたのための場所

・時間ー”閉じられた季節”の向こう側

・トランスジェンダーー女の両性具有、男の半陰陽

・レズビアンー女であることを愛せるか

・女性愛ー時代は明るいレズビアン

・社会ーお仕事!

・組織ー女性総合職、逆転ホームラン?

・生殖ー生殖からの逃走、あるいは世界の再生

・生命ー緑への意思

・進化ー存在の変容へ

 

これらのテーマがすべて少女マンガを中心とした(一部男性向けのマンガも比較で引用される)マンガを通して語られているというだけで驚かれる。それも具体的な作品名とカットまで引用され、非常に論拠明確に語られる。引用作品は巻末にリストがあり、ここに乗っているマンガをすべて読みたくなる。

 

また、その洞察が深く、少女マンガの表現と結び付けて語られる社会事象がいちいち鋭く深い。それは自己承認欲求であったり岡田尊司の言う愛着障害のようなものであったりするし、宇野常寛がいうリトル・ピープルであったりする。これらをここに挙げた単語が人口に膾炙する前と思われる時期に取り上げている。

 

書名にもなっている「居場所」というテーマは「居場所」の章だけではなく、他の章でも繰り返し語られる。

 

前にレビューした「ピアニシモでささやいて」についても、本の中で繰り返し出てくる

 

「そこはあなたのためにあけられた場所なんだよ」

 

という「呪文」として語られている。

 

この居場所という概念は前にレビューした 岡田尊司の「安全基地」という概念と同じだと思う。20世紀にすでにその概念を心理学や精神分析学などと関係ない角度から提示していた点ことは、作者の視点の鋭さの表れと思う。

 

それが、少女マンガのある意味原点である 陰から見つめていて、勇気を出して告白して、いろいろ紆余曲折があって最終的にOKとなって終わる というストーリから説き起こして、その変遷を、ピアニシモでささやいて の歌手としてのステージなども引用しながら語る。

 

存在の変容 では 以下のように語られている。

「自分の感情のどれだけの部分が、例えば卒業式には泣くものだ、(略) とかいう既存のパターンにのっとって動いているかに思いを至らせずぬはいられない。(略)それは特に若い世代が、自分の感情ですら作られたものではないかと疑い始めた、その現れなのかもしれない だからこそ少女マンガは(略)滲みだしてくる思いや、感情の動きを描き出そうとし、なにが感情の源なのか、なにが、誰にも強制されない自分の感情のかたちなのかを探ろうとしているのかもしれない」

 

そのあと出てくる 「同調(シンクロ)」「共鳴」という単語とともに、ビックブラザーによる支配から脱却しつつも、横のつながりを求めていく様子が鋭く描かれていると思う。

 

同じ章で語られる「新世紀エヴァンゲリオン」の作者なりの解釈も、よく理解できるものだった。「居場所」を求める自己承認が父親から社会に広がっていくことがテーマということで、最終的にその自我は社会と溶け合って融合してしまうのか、別個のものとして存在していくのかが問われているとする。私自身はエヴァンゲリオンの映画の方は見ていないのでその妥当性を評価できる立場にはないのだが、作者の説明そのものはよく理解できた。 

 

お仕事の章も、女性の社会進出を反映して非常に面白い。いい加減なお仕事マンガが恥ずかしく思える。

 

マンガにある程度詳しくないとよさがわからないかもしれないが、知識のある人にはとても読み応えのある本

 

★★★★★

 

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