リトル・ピープルの時代 宇野常寛
 
 
ふらりと入った神楽坂 かもめブックス で「ウキウキ時代ウォッチング」
という特集棚をやっていて、買ってみた本。こういう志のある本屋さんのおかげて
普段の生活ではまず会うことができない本に出会うことができる。感謝。
 
現代の価値観多様化の世界における、個人のアイデンティティ喪失・不安の時代を
村上春樹・ウルトラマン・仮面ライダー・バットマンなどの作品の構図から説明した本。
裏表紙には 「戦後日本の変貌とこれからを大胆かつ緻密に描き出した現代社会論の名著」とある。
 
村上ら各作品とオウム・911・震災などの社会現象の影響、それらの背後にある普遍的概念を引き出す力がすごい。
 
いくつか鋭いと感じた言葉
 
「ビックブラザー」と「リトル・ピープル」という概念
これは、普遍的正義・価値観(ビックブラザー)という物があった時代と、それが無くなり、こでの正義があちらでの正義ではなくなった時代、
=自分の価値観で生きていくことを強いられる時代(リトル・ピープル:村上春樹の造語)ということだが、価値観の多様化、ダイバーシティを認めよう(認めさせられる)というこの時代をうまく表現していると思う。
引用すると「このリトル・ピープルの時代には、ひとつにつなげられてしまった世界(グローバル化)の上で複数の正義が乱立する現実を直接的に受け止めなければならなくなったのだ」
 
「グローバル化」
グローバル化というものを「資本と情報のネットワーク」ととらえ、それが国民国家の上に存在する。それは人格を持たないし、統一された正しいのものなどはない。ああ、そうだなと思う。それが人間を生きにくくさせている。
 
「コミュニケーションの自己目的化」
何かを伝えたくてコミュニケーションするのではなく、コミュニケーションそのものが目的化している。Facebookやtwitterの「いいね」がそうであろうし、自己承認を得るためのコミュニケーションがまさにそれであると思う。
 
「パラレルワードではなく拡張現実」
インターネットなどで作られる虚構の世界は、現実と並行してある別世界でなく現実を拡張し変化させるためにあるというもの。映画やアニメの中で現実の風景を忠実に描きそこへの聖地巡礼が起きていること。虚構の世界のダンスやコスチュームが現実の世界でまねされることなど、この例は枚挙にいとまがない。2007年ごろセカンドライフという仮想空間ゲームが話題になったがすぐすたれてしまったのを思いだす。2チャンネルにしろアスキーアート、初音ミク、さらにオリジナルのキャラやストーリーを加工したn次創作空間などの発達など見事に言い当てていると思う。
 
バットマン「ダークナイト」の分析
映画そのものは見ていないけど、何も理由を持たずに「愉快犯」として悪を実行する人物を「精神分析的なものが通用しない世界の到来」と言うのも面白い。
 
「仮面ライダーアギト」の分析
これも作品は見てはいないのだけれど、その分析の 出てくる超能力者はすべて精神的外傷(トラウマ)を持ち、アイデンティティ不安に晒されていて、それを力に変えている。そして彼らは、それ以外に生を意味づける物語を持ちえないからそのトラウマからの回復にすがる、という分析も鋭く思う。それをナルシシズムと呼ぶときもある。なるほど。
 
本当に、今起きているいろいろなことの根底に横たわる共通項というものを説明してくれる、考えさせる本だった。毎日の生活・ニュースなどを見る中でいろいろと考えを呼び起こしてくれる本。
前半村上春樹パートは読んでいない(完全に忘れてた)とやや苦しいけど、ウルトラマン以降は読みやすい。
 
★★★★★