車椅子親父と息子の『生き抜く哲学』 -35ページ目

第1回 日本の若武者 マラドーナに憧れた14歳の少年

おはよーございます。

今日から『日本の若武者』と題して、
夢を持ち、頑張り続けている若者をピックアップしながら
ブログで紹介していきます。

記念すべき第1回目は、

“マラドーナに憧れた14歳の少年”

$車椅子親父と息子の『生き抜く哲学』


加藤友介(カトウ ユウスケ) 

ポジション・FW 1.5列目 ウイング


経歴
2004年4月  大阪府立刀根山高等学校卒業後 アルゼンチンのHURACAN(ウラカン)のユースチーム(5軍)に  
2006年10月 トップチーム(1軍)に合流 アルゼンチン2部リーグ戦にデビュー
2007年6月  チームが1部に昇格
2008年6月  アルゼンチン3部のDefensores de Belgranoにレンタル移籍
2009年6月  ウラカンに戻り、11月に契約破棄して帰国

参考URL  http://sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/eusoccer/0708/other/column/200710/at00014268.html

2006年6月~2007年6月 (アルゼンチン2部リーグ)
レギュラーで出た試合は 3-1(1アシスト)○、3-0(1アシスト)○、0-0△ の3試合のみ。
途中出場した試合は12試合、すべて後半途中からで、1得点1アシスト

2007年6月~2008年6月 (アルゼンチン1部リーグ)
途中出場が3試合。
サテライトの試合で、でていた。レギュラーで20試合(4得点6アシスト)

2009年6月~2010年6月 (アルゼンチン3部リーグ)
途中出場が15試合(1アシスト)


僕の幼馴染の友達である。
彼とは、小学校、中学校と同じサッカークラブでプレーをしていたが、
明らかに一人だけサッカーへの思いや技術は飛び抜けていた。

中学生時代はクラブが終わり毎日一緒に帰っていて、僕の実家から徒歩2分のところに彼の実家がある。

ある日、彼から相談を受けた。
加藤「オレさ、南米にサッカーしに行きたいと思ってるねんけど、どう思う?」

春山「めっちゃいいやん!!オレも行きたいし!!」

結果的に、中学3年の途中で彼は身一つで
マラドーナの母国、アルゼンチンへサッカーの挑戦が始まりました。

まずは、短期サッカー留学という事もあり2ヶ月で帰国し、
地元の高校へ進学し、大学ではなく再びアルゼンチンへ戻りました。


彼の努力は決して輝かしい結果とは言えなかったが、

確実に今後の日本のサッカー界を変える人物となるだろう!!

アルゼンチンといえば、
元日本代表の高原選手が日本人初アルゼンチンリーグ1部デビューをボカ・ジュニアーズで果たした選手である。
加藤は、日本人で二人目の1軍登録選手でもあり試合にも出場している。

もともと、チーム自体が二部に所属していた時に、
非常に大事な試合で

加藤は決勝ゴールを決め、アルゼンチンでも話題となった!!


そのゴールシーンが
こちらです☆
http://www.dailymotion.com/video/x1p937_gol-de-kato-huracan-vs-talleres



加藤が帰国し彼のサッカーに対しての考え方を聞いていると、

まず日本人が発想する事の出来ない素晴らしい考えをアルゼンチンで蓄積している。
僕と同じ25歳の若武者の今後に期待したいと思います!!
加藤友介
アルゼンチンプロリーグでプレーをした日本人のブログ

丼もの B級グルメの帝王

photo:01



大阪のJR岸辺駅の近くにある

とん丼!!

僕の行ってた高校の近くで
クラブ帰りによく行ってた店!

ここホンマに美味いです!!

友達がこの裏手のマンションに引っ越してきたので
彼と久しぶりに行ってきました!

もちろん、オススメは
名物、とん丼!!
photo:02



ここの味噌カツ丼も半端なく美味いです!!

別れ

photo:01



この時期は別れと新たな出会いの季節です。

ハワイからの付き合いで仲良かった
マメタ君は4月から川崎へ、

そして、
三田のおっこと主も川崎へ!

川崎ブームですかっていうぐらい、
就職で移動!

マメタ君はハワイで一番最初に仲良くなり、
日本の大学へ編入したと思えば関西の神大!!

某大手のパイロットとして
これから頑張るみたいです!
ちなみに、今問題になってない方です!!笑
マメタ君は目が小さいから
授業中に寝てると勘違いされ、
先生に怒られていました!笑

飛行機を居眠り運転と勘違いされないように!!笑


それぞれの門出に嬉しい反面、
ちょっと寂しいようなぁ。

また今年も皆でキャンプに行くぞー!

春山満のメッセージ 壺中有天(こちゅう、てんあり)

序章「こちゅう、てんあり。」
こちゅう、てんあり。

安岡正篤氏の教えに「六中観」という言葉があり、
壺中有天とはその中の一つである。
「壺の中からも満天の世界に通じる」という意であり、
その解釈は、壺の中からも満天の夜空が拝める、
自分の壺の中で小さな別世界を花咲かせる、などといろいろ分かれる。
私自身、進行性筋ジストロフィーという難病を発症してから、
この壺の中から眺める天をしみじみと味わってきた。
それは、ビジネスの場でもあり、家族と過ごす生活の場でもあり、
ひとり物思いにふける場でもあった。
難病を発症したからこそ気がついた、6等星のような些細な事柄も、
集まれば満天の星空に変わることがある。
首から下が動かない私の見上げた「壺中の天」の数々を綴っていく。

第一の天「宿命を嘆くな、自らの命を立てよ」
「宿命を嘆くな、自らの命を立てよ」

人生にはどうしようもない定めがあり、それは「宿命」と呼ばれる。
私にとって進行性筋ジストロフィーの発症は、
まさにその宿命そのものだった。
しかし、宿命の裏には立命というものがある。
「こうしたい、ここへたどり着きたい」。そう自らを勉励することによって、
宿命は立命に変えることができるのである。
自らの命を知って、自らの命を立てる。人生はじつに面白い、と思う。
宿命を嘆くのではなく、限りある命を知り、
自らの力で人生を切り開いていく。そういう志や気力のもとに、
大きな道が開けてくるものなのだ。




久しぶりに、
親父のコラムを紹介させて頂きます。

僕のブログのトップの写真にも
宿命、運命、立命

この3つの言葉を書いていると思います。
これは、親父からの教えなんです。

親父は進行性筋ジストロフィーという難病を抱えたことを宿命として受け入れています。

その宿命を嘆くのではなく、
どうやってこれから生きていこう!!っと、
自分で宿命を運んでいっているわけです。
これが、運命です。

自らが命を立てると書いて、立命。

正直、この立命という事がまだ僕にはわかりません。

ただ、親父の生き方には少なくても色んなヒントがあります。

言い訳するな!!!
親父は、難病を言い訳していても何も始まらなかったんです。
人からは同情してもらえますが、同情されるほど情けないものはないと思います。

首から下が動かない親父が本当に一番辛いのか、
それとも、目が見えない人が一番苦しいのか、

身体は健康だけど仕事を失って途方に暮れている人が一番不幸なのか、

・・・・・

自分におかれた状況が一番辛くて、苦しくて、不幸だと感じるんです。

ただ、親父はこうとも言います。

自分がもった病気が誰よりも一番かるい!!
確かに首から下は動かないけど、自分の頭で考えられる、目が見える、話す事もできるし聞く事もできる!!
オレはラッキーだ!!!!


特に若者には言いたい!!
自分の可能性を信じてほしい!!!
何かをしたい!!今の状況をどうにかしたい!!

何かをしたいなら、どうにかしろ!!!
今の状況をどうにかしたいなら、何とかしろ!!!

どうしたらいいかわからない、何とかする方法がわからない。。。。と思っている方、

わからなくて当たり前でしょ!!答えが簡単に出てくるわけがないんです!!!

何かを探したり、考えたり、とりあえず行動してみたり、出来る事はいっぱいあるんです!!!


社会のせいにしたり、環境のせいにしたり、山ほどの言い訳だけ揃えていても、
何も始まらない!!

社会からどう見られているかを気にする人と、
自分が社会をどう見るか。

考え方一つで、どうにもなるんですよ!!!

メンソーレ☆

メンソーレ♬

昨日の昼御飯は、
沖縄料理店で食べました!

久しぶりの
ゴーヤチャンプル!
結構、美味しかったですよ!

では、これから東京でーす!
photo:01