今回は『視野狭窄』について。

三年弱前に、左眼の視野狭窄が出てきました。

最初は左側にあるものによくぶつかるようになって、おかしいなぁくらいにしか思っていませんでした。

だんだん
外に出ると左側の近くに人がいるのとか、左側の下辺りのものは見えなくて、これは明らかにおかしいと思い、病院に行った時に話して、眼科でみてもらいました。

それも、膠原病科で定期で診てもらったときに、話したら自分で何処かの眼科に行ってみたら?くらいでした。

それで近くの眼科に行ったら、左側に視野狭窄があり、視神経炎の痕もあるといわれました。

検査結果をもって、次の定期受診をしたら、今度はその通っている大きな病院でもう一度検査をしました。

正直、『えーっ最初からにしてよぉ、』と思いました。

素直に診てもらいましたが、やはり結果は一緒でした。

その間にも、少しずつ少しずつ見えなくなる範囲はふえたりして、
外に出るのも大変でした。

『見えなくなる恐怖』を初めて感じました。
とにかく、毎日怖くて怖くて、不安で不安でたまりませんでした。

でも、それをどう表していいか分からなかったのです。
だから、若干平気なふりをしていたかもしれません。

全てにおいていえるのですが、
充分周りに甘えているから頑張らなきゃと思っていたのですが、
今思うと甘え方を間違っていたように思います。
自分でもどうしていいか分からなかったのはあるけれど、それならそれでそういって甘えれば良かったんです。
こうやって表現すれば良かったなと思うことは今になってよく思います。
無意識に意地やプライドがあったなと。

でも、今気づけたから、良かったな。

しばらくは、左手を動かしてものなど確認しながら歩いたり、怪我もよくしました。
その頃はあまり外にも出なくなりました。

一番怖かったのは急に左側にくる人や自転車や車でした。

これも外からは分からないという辛さをとても味わいました。

結果、原因は恐らく視神経炎の後遺症だろうということでした。

いろんな所に炎症を起こす為、視神経炎を起こすことも珍しくないのです。

視野狭窄は必ずしも起こすということではありませんが、私の場合は視野狭窄と自覚する前確かに左眼に違和感は感じていました。
なので、徐々にだったのかもしれません。

視野狭窄自体はかわらなくても、
しばらくすれば、脳がついてくるのでだんだん支障はなくなるということでした。

それから一年くらいして、本当に脳は凄いなと思うくらい、ぶつかったり支障もかなり減りました。
後は慣れもあると思いますが。

今はほぼ気にならないくらいです。
でも、気をつけてはいますが。

あと、日や体調によって見えにくかったりもします。
逆に凄く見えやすいときもあります。

しばらくは自転車も控えていましたが、今年になって身体も良くなってきたので、気をつけながら少しの距離なら自転車を使うようにしてます。

今、近くの仕事場に通っているので自転車を使っています。

今日、帰り道で大きな道路の横を通らなければいけなくて、車道にはでれなかったので許可されてる歩道を自転車で走っていました。

かなりノロノロですが。
疲れているので、かなり気をつけながら。

そこで細い歩道があり、何処かの業者さんが道をほぼ塞いでいたので、足をついてゆっくりいき、周りを確認しながら乗ったときに目の前から年配の男性が自転車できていました。

どうしても、
左側に注意をしてなので前と横を様子をみながらゆっくりいって左側にいこうとしましたが、向かってくる自転車の方が速くて間に合わず、お互い止まってしまいました。
私も早く降りることもできないのでとにかく止まって、その時に『すいません』といったと同時に、
年配の男性が苦笑いのような顔をしながら『日本の通行、知ってます?』と言いました。
私はその言葉にあまりにびっくりして呆然としてました。
言いながら、そのままその人は行っててしまいました。

その後、とにかく悲しくなりました。
その言い方はないとも思いました。
でも、病気や後遺症のあるこの状態で、
仕事をするときや外に出るときの何処かにある罪悪感や申し訳なさが一気に出てしまい、感情が一瞬パニックになりました。

それというのも以前、まだ杖とかも使うのが抵抗があった時、
電車に乗って、あまりにしんどくて優先席に座ったことがありました。

その時に、年配の男性に、若いのに優先席に座るなと怒られたのです。

それから、そのことは結構トラウマになっています。

ここでも外には見えない辛さを味わいました。

今回も感情パニックになりながら、そのことをまた思い出したのです。

余計に自分が情けなくて、申し訳なくて、やっぱり普通に生活するだけでもダメなのかもしれないとも思いました。

大袈裟に思われるかもしれませんが、
自分なりにいろんな思いや苦痛を感じて、人からの支えをうけて、
何かをしようと奮起している時、そういうことがあると、本当にたまらない思いになります。

極論にどうしても考えがいってしまいます。
外に出ちゃダメなんだ、自転車も気をつけても乗っちゃダメだ、人と関わっては…とか、もうお得意のスパイラルです。

でも、今日はその思いを胸にぐっとこらえて、家に着いた時、
母に聞いてもらい、受け止めてもらって、スパイラルから抜け出せました。

最近はこうやって母にも自分の思いを出して、受け止めてもらうということができるようになりました。

母は最近になってからですが、
私がほぼ寝たきりになった時もみています。
私が苦しみもがいてる所をみて、
泣きながら代わってあげたいといってくれました。

今は母なりに沢山サポートをしてくれて、
本当に感謝しています。

まぁ、『母なり』というのがポイントですが(笑)

でも、本当に心から感謝しています。

ちょっと、今日のことも視野狭窄に含めてしまいましたが、、
こんな感じでした^_^

そう!
それで、その言われたことの楽しい変換が思いつきません。
何かあったら教えてもらえたら嬉しいです!


今日のテーマは発疹。(やや紫斑に近い)
 
最近落ち着いたけど、突然出たりとかします。
腫れが酷かったり、体調が悪い時、薬が多い時によくでるかなぁ。

基本痛みはないです。

帯状疱疹みたいになると痛いけど、その時でも普段の痛みであまり分からないくらいです。

後は内出血とかは知らない間に出来てるようになりましたね。

この辺は見た目の問題だからそんなでもないんですが、
こういうのが出てた時は腫れも酷かったのでそちらのが辛かったです。

腫れの方はちょっと勇気がいるので、また載せます。写真ってやっぱりわかりやすいなぁと思うので、これを含めて知ってもらえたらいいなぁと思います。

この写真は一年くらい前のです。
{F802468D-60C5-4AFB-A47D-234F0A2A58D5:01}

今回は体重増加と肉割れ。

一年半前に、体調が凄く悪い時。
四年飲んでいた中で初めて、プレドニンの副作用で一ヶ月に30キロ以上増えました。
プレドニンの副作用に体重増加はよくあるのですが、私は今まででたことがありませんでした。
でも、今回は薬が減らず、体調もよくならず、ご飯も食べれなかったのに、びっくりしました。

急激に増えたこともあり、肉割れが起こりました。
太らなくても皮膚線状といってこんな風に出たりすることがあります。
{94A5A215-F558-49AC-B2F6-5B583D2FF42D:01}
これはほんの一部です。
もし、見苦しかったらごめんなさい。
でも、これは私が闘った証だと、今は思ってます。
なので、こうやってみせることができました。

これは痩せても、跡になります。

今回は足や腹部、二の腕など広範囲ででて、一年半経ってもまだまだ跡は目立ちます。

浮腫みが多い体重増加ではあったので、落ちる時はある程度ドッと落ちます。

でも、停滞します。

足が浮腫んで、靴が全部履けなくなりました。
服も何日か前まで着れたものも、全部着れなくなりました。
未だに着れないもののが多いです。

とはいえ、一次的だと思うと不経済だから買い直すこともできず、痩せても着れるようなものを探したりしました。

私は服とか小物が大好きです。
物持ちは良い方なので、あるもので色々合わせるのが好きでした。

でも、それも出来なくなり、意外に結構なフラストレーションになりました。

今は足の浮腫みがとれて、
靴は履けるようになりました!

でも、身体的にはまだまだ自分のベストには遠いです。

今の自分の見た目にこだわるというより、
服とかのように今までできたことが出来なくなるフラストレーションや、
33年見続けた自分と、一年半の自分ならやはり33年見続けた自分の方がどうしても慣れているから。

このことに関して
自分としては、まだまだ闘いは続きます!



『情緒の安定』
今回は、ふとこれをテーマにしようと思います。

思い出しだけでなく、今もずっと、病気じゃなくても、となりますが、
一応は病気に関連して絞ります。

全身性エリテマトーデスは、全身に炎症を起こす病気です。
症状も人それぞれではありますが、(これは全てにいえることですね)
病気自体から、ホルモンバランスの関係などから鬱や情緒不安定、イライラを起こします。

その上、治療のステロイド剤にも副作用として、鬱や情緒不安定、イライラなどがあります。

そして、心身の痛みや先の見えない不安や、何しろ気持ちと身体がついていかないことは多いので、それでもイライラや情緒不安定にはなると思います。

少なくとも、私はなります。。

痛いし、怠いし、やりたいことも身体がついていかなかったり、
毎日毎日薬がないと何にもできないことを身体に思い知らされたり、
正直、毎日明日が怖いです。

でも、薬で苦痛が減るだけでも、また頑張ろうと思って、、毎日その繰り返しです。

これも結構厄介で、自分でも原因がわからないから、どうしていいかわかんなくなったり、自分を責めたり、
耐えすぎると身体と一緒で心も悲鳴をあげるのです。

コントロールはとても難しいなと思います。

これは他の症状でももちろん言えますが、私はここの所に関して、、
特に!
特に!!
家族や友人の支え、理解が重要だと思ってます。

どんなことでもですが、
『情緒不安定』だけを切り取るのではなく、
他の症状やその人の性格やリズム、多方面からアプローチが大事だと思います。
甘えなのか助けなのか…。

特に、病気と長く付き合っていかなければならないのであれば、
情緒不安定もイライラも、
塵も積もれば山となるですから。

私は、友人に恵まれていて、本当にその辺りをびっくりするくらいサポートしてもらってるから、今の自分がいて、今も色々自分のやりたいことができているんだと凄く思います。

だから、改めて伝えたいです。
沢山のありがとうを。




まず、私の症状については変化はあれど今まで書いていたような以下のことです。

・痛み(頭痛や腹痛など含め)
・怠さ
・発熱
・イライラ
・薬の副作用(ムーンフェイス、体重増加、浮腫み、発疹、内出血、嘔吐、胃痛、食欲低下、情緒不安定など)
・腫れ
・脱力、筋力低下
etc

あとは、後遺症的に左の視野狭窄があることですかね。

その都度、年単位でも、時間単位でも、症状や程度の差は沢山ありますが。

この中で、まずは浮腫。

久しぶりに見つけた写真で少しわかりやすいかもなので載せます。

二年前、薬の副作用でひどくなる前の足の写真です。
{ECA0AF31-434B-4212-BA81-0365F305619A:01}
ちょっとわかりにくいかなぁ。

この少しあと、色々ひどくなりはじめて、
さっきのが夏。そこから秋になってからがこれ。
{3550F891-3410-4625-A2D3-2B9C908E7F14:01}
おわかりでしょうか。

足の甲はパンパンで、足首などありません。

この時は、靴も全部履けなくなりました。
靴下も痛くて、友達が皆ゴムが緩い靴下を選んでくれたことがとても嬉しかったです。

これは、次の春頃、先生を変えてもらい薬を変えて、一ヶ月でほぼ元に戻りました。(足だけはね)
一ヶ月で10キロ落ちたから、あしの浮腫みがほぼ大きいのかなと。

体重増加自体は、今回が初めてでした。
ほんとすごくて足の浮腫みと同時に一ヶ月で30キロ以上増えました。
全然食べれてなかったのにね(涙)ほぼ寝たきりの時だったから。

だから今は、靴はみな、履けるようになりました!
だから、足がでかいのは元々なんだな。
あれは浮腫みだったんだな。

ちょっと事実の公表だけしてみましたが、
これからも、少しずつこうやっていくつかだしてみたり、
気持ちの面も載せてみようと思います。

だから、何をしたいのかと言われるとまだきちんとは定まってないのだけど…

病気を抱えてたり、家族が抱えてたり、
というだけでなく、
いろんな人にこんなことを知ってもらえたらいいな、逆に自分もいろんなことを知りたいという気持ちから書いてます。

なので、よかったら、感想やこんなことはどうしてるの?わたしはこうよ。こう書いたら?!的なご意見、
これからお待ちしています!

私も少しずつでも、こうやって書いてみたいと思います(*^^*)

今のこととか書こうと思うと、前の繋がりがあって、
前の繋がりを書こうとするとキリがない気がして、
結局書けないでいた闘病にまつわることを書こうと思います。

写真もね、徐々に私なりの勇気を出したものも載せようと思いました。

それというのもね、ずっと思ってはいたんだけど、
自分に言い訳したり、
嫌なとこ見せたくなくてカッコつけたかったり、
ただ、書けないくらい心身しんどかったという理由。

でも、読んでもらわなければ、判断するのは私じゃなく読んでくださった方だし、
自分が看護師で、家族が病人ばかりなので見慣れているだけかもと思って。

自分の当たり前は、誰かにとって当たり前じゃないのかもしれない。

自分も悩んだり、乗り越えようとしたこととか、『あっ、一緒!』とか、『こうした方がいいよ』(私にね)とか、『そんなこともあるのだね~』とかとかあるかもしれないと思いまして、拙いながら、順序とか関係なく徒然に書いてみます。

あっ、その前にご報告です。
電話の仕事は続けてるんですが、増やすと言った臨床の仕事は今日が初めてでした!

やっぱり、直接顔をみてというのはそれだけで嬉しいものですねぇ。

認知の方がいらっしゃる所ではあるのですが、
『良い顔してるねぇ』『笑顔がいいねぇ』と昔はあまり言われたことないことを、よく言われました。

『良い顔』って昔ならよくわからなかったけど、今はぼやっとわかるし、嬉しくて、笑顔がまた笑顔を呼ぶともっと嬉しいですね!

体力とかは正直不安だらけですが、慣れていくのかなぁと。
とにかく、今日の自分は褒めてあげます!!
パチパチ。

やばい時はやばいといって、
それでもダメな時は考えれば良いかなと思うのです。

今は、そうしてもいい頃合いかなと。

まずは、こっから!


最近、天候に翻弄されている弥生です。

来週から臨床が増えるので特に不安ですが、
その日に自分ができることを精一杯しようと心に誓った今日この頃。

動くだけでなく、休むことも全力でね。

さて、最近ですが、、体調激悪だった週末の前のこと。

母と近くのアリオで映画をみてきました。

『晴天の霹靂』

いやぁ、めちゃくちゃ良かったです!!

私はとても好きな世界観と、伏線や台詞、説明のチョイスの仕方(言葉以外の説明)、細かい描写がたまらなかったです。
古くて新しい…。

『陰日向に咲く』は原作も読んで、映画もみましたが、原作は世界観は伝わって好きだなぁと思いましたが、映画は私のツボには残念ながらはまらなかったなぁという印象でした。

でも、今回はなんだろう。
シンプルで先も読めるのに、あんなに感動できるんだなぁと思いました。
状況や年齢もあるかとは思いますが、でも、それだけじゃないんだろうなぁと。

なんか批評みたいになってしまった。
違う違う。
すごく良かったよと伝えたかったのです。

母とこんな時間がもてるとは、昔、夢にも思ってなかったから、すごく嬉しいです。

母も喜んでくれました。良かった(*^^*)


最近、改めてよく考えるテーマです。

『痛みの支配』について。

身体も心も痛みに支配されるとどうなるのかな、
今はどうなのかな、
そもそも支配って何かな、
痛みって、、とかきりがないな。

ちなみに『支配』とは、
  • ある地域や国家などを権力下におくこと。 - 実効支配占領占有
  • 言語学における支配。 - 支配 (言語学)
  • あるものや機能が、別のものを指揮したり、監督したりすること。
だそうです。
byウキペディア。

この中で考えると、
自分の身体や心が痛みの権力下におかれること。
又は、
痛みが自分の身体や心を指揮したり監督したりするってこと。
ですね。

そう考えると、同じ事実でも意味も視点も変わってくるんだなぁ。

こんなこと考えてるから余計しんどいんだよ。と自分でも思うんだけど考えちゃう。


私は、小さい頃から痛みに強い子と言われてきました。
それは身体だけなのか、心なのかは定かではありませんが、
少々のことでは痛いといった記憶があまりありません。
泣こうがわめこうが、
どうにもならないことはどうにもならないと子供の時に体験しました。
だから、何も言うのはやめたのかもしれません。
実際、主観だからどのくらい痛かったかはわからないけど、少なくとも外には表現してなかったように思います。

これは、身体だけの痛みのエピソードですが、
骨折して整復される時も、吐くほど痛かったし涙でたけど堪えてて、
先生に『大人でも叫ぶのにすごいね』と後から言われました。

それならそうと先にいってくれたら、叫んだかもしれないのに…。

とまあ、一事が万事そんな感じでした。

そして、病気をしてからはやはり痛みとの闘いは避けられませんでした。

どこが痛いの?と言われると難しく、
結局全部といってしまいます。

そして、痛みの感覚も説明が難しく、
例えば関節なら、一番酷いので釘を関節や骨の中にいれてグリグリした感じ。といいます。
他にも種類はありますが。

眠れないほどの痛みが続く日々もありました。

そして、動けている時でも、地味~に痛いし、他の症状もあります。
日内変動もあるし、、。

ただ一番は、そうやって強弱はあれど、『継続的に続く』ということです。

それによって、体力や精神力はすり減るし、日常生活や社会生活にも支障が出てきます。

痛みは、身体にも心にも『恐怖』さえ植えつけます。

そうやって、『痛みの支配』が起こります。

看護をする側の時は、病気と付き合うとか、痛みと付き合うとかいわゆるコントロールを常に考えます。

コントロールは大事です。
避けられないものを、どうコントロールして生きていくのか。
大事な課題だと思います。
自分もできるようになりたいと思います。

でも、ふと思うのです。
病気と付き合う、痛みと付き合う…。
実際、痛みに支配されてる心身ではそんなことは考える余裕などありません。

とにかく耐える。→疲れる。→嫌になる。
これを毎回繰り返して、わずかな余裕を手にした時、別のことを考えたり行動できるんです。

だから、
日常生活や社会生活にも支障をきたすことも繰り返すことになります。

これは長くなると、
心の痛みのが強いかもしれないです。

恐怖や現実と希望の板ばさみ。

そこを、自分でどう踏ん張るか、勇気をだすか、周りに支えてもらえるかが大事なポイントだなぁと最近改めて思います。

私の場合は、人に助けてもらってるだけなんだけれど(苦笑)
だから、本当に感謝いっぱいで生きてます!

その中で、私はどれだけのことが出来るだろう。

そう思いながら、今んとこ生きてます。

きっと、明日も…。

あー、しんど。(笑)



踏ん張りどころ!!のブログで、読み返したら、まぁ、言葉足らずと言うか、引き出し少ないというか。

自分で振り返ってみて、どうやったら伝わるのかなぁ、逆にどう捉えられるのかなぁとかをふと考えてみた。
そして、もちろん人それぞれなんだけど、
自分がインプットしたことを自分なりのアウトプットの方法や表現ということに視点を置いてみた。

今までも置いてはみたものの、何が得意なのか不得意なのか、何をしたいのかしたくないのかが定まっていないから、
まぁ、ふわふわしていたのだ。

今もこれ!!とはまだ言えないし、模索中なんだけど、
なんかこうやって書いたり、考えたり、振り返ったり、人の話を聞いてたりして、すごーし、もやっと見えてきた気がしました。

セルフプロデュースが下手だとか、思考が四方八方に飛ぶだとか、自分のことを再確認しているのもあるけど、
何か制限されたからといって、
何もしないでいられない自分が辿ってきた道のりで見えてきたんじゃないかと確信のようなものを感じてきてます。

それは、その行動や考えを支えてもらったり、助けてもらったりしたから出来たことで、改めて感謝が溢れました。

同時に、アウトプットの方法を具体的に考えるようになって、
なんか、すべてがワクワクしてくるし、
視点を変えることの凄さを改めて感じました。

そんなこんなでまだ、ふわふわしているのだけど、
ぼんやり見えた未来に向かって、そのために自分のできることを一歩ずつやって行こう!と思った今日この頃でした。

そして、今日こんなのが出た(^-^)
今日は、『なにを、無責任な!!』とは思わず、根拠はないけど『そっか~』と笑顔になれた自分が嬉しかった(笑)

{FC5D4D0B-FEBD-4F51-A940-29195533D5B9:01}


お久しぶりです。

今月初めは母が退院してから、私の疲れがドッときたようで、とても不安定でした。

この気候もかなり影響していますが。

それでも、五月から始めたいことをできています。

最近、無意識に完全にやろうとするから疲れてたんだなと再認識して、
そういいながら長年の癖は早々直らず、相変わらず一喜一憂してました。

自分なりの完璧など求めず、笑って好きなことやってみようと思って、
一喜一憂しながらも、今やっています。

そしてもう一つ、これは色んな友人に言われてたんですが、
『目標が多すぎる』『目標期間が短すぎる』と。

再三言われ続けて、言うことを聞かず痛い目をみていました。
それでもまだ言ってもらえる有り難みを感じながら、それも参考にしてちゃんと生きて行こうと思いました。

生活の上で仕事も無理なくすすめていますが、それ以外のことでは、
まず一つは、踊りの復帰。
友達と家族の皆さん、踊りの先生や他の習っている方々に助けていただきながら、
今月は四回中三回行けました!
自分にマルです(*^^*)

友達のお父さんが整体をされているので、以前もお世話になりましたが、今もお稽古前など診てもらっています。
お陰様で、びっくりするほど動けたり楽になってきました。
良いスパイラルに身体が入っていく感じがしています。すごい嬉しい!
油断せずにこのままいい感じにして行きたいです。

検診でも状態は良くなっているようで、薬も減っていきました。
でも、よくここで間違えられるのが、状態が良いと症状がないとか薬もなくなるという考えです。
あながち間違いではないのですが、
少なくとも、今は症状がなくなってるわけでも、薬なしで大丈夫!とはいきません。
これからも、よくなるかもしれないけど、そう簡単にはいかないと経験してるし、歳のこともあるけど、それだけではない昔と違う所は残るのです。

ここって意外にポイントなんです。
痛みとか症状は主観で見えないから、
仕方ないけど、こういう時ほど気持ちは不安定になります。
希望と一度味わった恐怖の板挟みです。
この辺りはもうちょっと後の話に繋がります。

さて、戻って…もう一つは区でやっている手話の講習です。
区でやっているのでテキスト代だけで受けることができます。
実は高校の時から手話はやりたくて、看護師になってからも実際に患者さんとの意思疎通でもどかしく習っておけばと思いました。でも、そのままズルズルいっていて、四月頃たまたま見つけたこの講習でした。
これはご縁だと飛び込みました。

まだ始めたばかりだけど、ゆっくり頑張ります。

他にも、通信のことやアロマのことが中途半端なのにと思いましたが、必ず自分のペースでやって行こうと思いました。

だから、社会福祉士の通信は一年休学にしました。色々温存と準備をしようと思います。
アロマももう一度ゆっくりとそしてきちんと勉強したいと思います。

目標的なことはこんな感じで、
近況は、今月は高校の友達の新居へみんなでいったり、友達に逢ってもらってぐずったり発散したりしてました。

あと、この間は中学からの友達に誘ってもらって、『モノマチ』というのに行きました!
浅草や御徒町など広い範囲での下町での催しです。
説明が難しいですが、
私の感想では、
『街全体が文化祭みたいな感じ』でした!

私があまり歩き回れないので範囲を狭めてもらいましたが、それでもすごい色々見れて楽しかったです!

こんな地元を感じられる催しがあったとはびっくり。とても素敵でした!
実際の地元よりは離れてるけど、母の実家が浅草だったので、小さい頃を思い出してなんか懐かしかったです。
遠方から来てる人も沢山いたみたいでした。

そして、さっき一度置いといた、希望と恐怖の狭間の話になりますが、

そうはいっても、もちろん予定通り全部はできないし、それですごい落ち込みもします。

ただ、前は予定すらいれなかったけど、
今は予定を入れながら一喜一憂の時期です。

完璧じゃなくてもいい、周りの人が助けてくれて支えてくれて出来ていることに感謝を忘れず、一つ一つと今思えてきています。
実際、少しずつやりたいことをやれている。
動けなかった頃は真っ白だったスケジュール帳も、随分色がついてきている。
それがとても幸せに感じます。

ただ、久しぶりにこの間は病気をして二度目になる同じ辛さを味わいました。

芝居のチケットをとって、ほんとにほんとに楽しみにしていたのに行けなかったのです。
前日から嫌な予感はしていたんですが。
休んでても何も変わらんかった(苦笑)

四年ぶりでした。
その時もしばらく引きずりました。
しばらく芝居のチケットはとれませんでした。
でも、最近はほとんど行けてた矢先に、ほんとにとれないチケットを不意にしました。

そりゃあ、凹みます。
他のことにも関連して凹んでいきます。

前は行かなくて良かったのだと思い込ませることでなんとかしてましたが、
今回は不思議と時間が経って、
観たかったけど観れなかった事実を受け入れて、、うん、それだけ。
だから、これからは控えようとか、
あーだった、こーだったといっても、なんも変わらんし。

だから、これからも一喜一憂しながら、不安定でも今を生きようかなと。

なんて言うと大げさだけど、
今はそんな感じな今日この頃。

{C629A14B-3185-4501-833C-32F172A2E806:01}