今回は『視野狭窄』について。
三年弱前に、左眼の視野狭窄が出てきました。
最初は左側にあるものによくぶつかるようになって、おかしいなぁくらいにしか思っていませんでした。
だんだん
外に出ると左側の近くに人がいるのとか、左側の下辺りのものは見えなくて、これは明らかにおかしいと思い、病院に行った時に話して、眼科でみてもらいました。
それも、膠原病科で定期で診てもらったときに、話したら自分で何処かの眼科に行ってみたら?くらいでした。
それで近くの眼科に行ったら、左側に視野狭窄があり、視神経炎の痕もあるといわれました。
検査結果をもって、次の定期受診をしたら、今度はその通っている大きな病院でもう一度検査をしました。
正直、『えーっ最初からにしてよぉ、』と思いました。
素直に診てもらいましたが、やはり結果は一緒でした。
その間にも、少しずつ少しずつ見えなくなる範囲はふえたりして、
外に出るのも大変でした。
『見えなくなる恐怖』を初めて感じました。
とにかく、毎日怖くて怖くて、不安で不安でたまりませんでした。
でも、それをどう表していいか分からなかったのです。
だから、若干平気なふりをしていたかもしれません。
全てにおいていえるのですが、
充分周りに甘えているから頑張らなきゃと思っていたのですが、
今思うと甘え方を間違っていたように思います。
自分でもどうしていいか分からなかったのはあるけれど、それならそれでそういって甘えれば良かったんです。
こうやって表現すれば良かったなと思うことは今になってよく思います。
無意識に意地やプライドがあったなと。
でも、今気づけたから、良かったな。
しばらくは、左手を動かしてものなど確認しながら歩いたり、怪我もよくしました。
その頃はあまり外にも出なくなりました。
一番怖かったのは急に左側にくる人や自転車や車でした。
これも外からは分からないという辛さをとても味わいました。
結果、原因は恐らく視神経炎の後遺症だろうということでした。
いろんな所に炎症を起こす為、視神経炎を起こすことも珍しくないのです。
視野狭窄は必ずしも起こすということではありませんが、私の場合は視野狭窄と自覚する前確かに左眼に違和感は感じていました。
なので、徐々にだったのかもしれません。
視野狭窄自体はかわらなくても、
しばらくすれば、脳がついてくるのでだんだん支障はなくなるということでした。
それから一年くらいして、本当に脳は凄いなと思うくらい、ぶつかったり支障もかなり減りました。
後は慣れもあると思いますが。
今はほぼ気にならないくらいです。
でも、気をつけてはいますが。
あと、日や体調によって見えにくかったりもします。
逆に凄く見えやすいときもあります。
しばらくは自転車も控えていましたが、今年になって身体も良くなってきたので、気をつけながら少しの距離なら自転車を使うようにしてます。
今、近くの仕事場に通っているので自転車を使っています。
今日、帰り道で大きな道路の横を通らなければいけなくて、車道にはでれなかったので許可されてる歩道を自転車で走っていました。
かなりノロノロですが。
疲れているので、かなり気をつけながら。
そこで細い歩道があり、何処かの業者さんが道をほぼ塞いでいたので、足をついてゆっくりいき、周りを確認しながら乗ったときに目の前から年配の男性が自転車できていました。
どうしても、
左側に注意をしてなので前と横を様子をみながらゆっくりいって左側にいこうとしましたが、向かってくる自転車の方が速くて間に合わず、お互い止まってしまいました。
私も早く降りることもできないのでとにかく止まって、その時に『すいません』といったと同時に、
年配の男性が苦笑いのような顔をしながら『日本の通行、知ってます?』と言いました。
私はその言葉にあまりにびっくりして呆然としてました。
言いながら、そのままその人は行っててしまいました。
その後、とにかく悲しくなりました。
その言い方はないとも思いました。
でも、病気や後遺症のあるこの状態で、
仕事をするときや外に出るときの何処かにある罪悪感や申し訳なさが一気に出てしまい、感情が一瞬パニックになりました。
それというのも以前、まだ杖とかも使うのが抵抗があった時、
電車に乗って、あまりにしんどくて優先席に座ったことがありました。
その時に、年配の男性に、若いのに優先席に座るなと怒られたのです。
それから、そのことは結構トラウマになっています。
ここでも外には見えない辛さを味わいました。
今回も感情パニックになりながら、そのことをまた思い出したのです。
余計に自分が情けなくて、申し訳なくて、やっぱり普通に生活するだけでもダメなのかもしれないとも思いました。
大袈裟に思われるかもしれませんが、
自分なりにいろんな思いや苦痛を感じて、人からの支えをうけて、
何かをしようと奮起している時、そういうことがあると、本当にたまらない思いになります。
極論にどうしても考えがいってしまいます。
外に出ちゃダメなんだ、自転車も気をつけても乗っちゃダメだ、人と関わっては…とか、もうお得意のスパイラルです。
でも、今日はその思いを胸にぐっとこらえて、家に着いた時、
母に聞いてもらい、受け止めてもらって、スパイラルから抜け出せました。
最近はこうやって母にも自分の思いを出して、受け止めてもらうということができるようになりました。
母は最近になってからですが、
私がほぼ寝たきりになった時もみています。
私が苦しみもがいてる所をみて、
泣きながら代わってあげたいといってくれました。
今は母なりに沢山サポートをしてくれて、
本当に感謝しています。
まぁ、『母なり』というのがポイントですが(笑)
でも、本当に心から感謝しています。
ちょっと、今日のことも視野狭窄に含めてしまいましたが、、
こんな感じでした^_^
そう!
それで、その言われたことの楽しい変換が思いつきません。
何かあったら教えてもらえたら嬉しいです!





