最近、改めてよく考えるテーマです。

『痛みの支配』について。

身体も心も痛みに支配されるとどうなるのかな、
今はどうなのかな、
そもそも支配って何かな、
痛みって、、とかきりがないな。

ちなみに『支配』とは、
  • ある地域や国家などを権力下におくこと。 - 実効支配占領占有
  • 言語学における支配。 - 支配 (言語学)
  • あるものや機能が、別のものを指揮したり、監督したりすること。
だそうです。
byウキペディア。

この中で考えると、
自分の身体や心が痛みの権力下におかれること。
又は、
痛みが自分の身体や心を指揮したり監督したりするってこと。
ですね。

そう考えると、同じ事実でも意味も視点も変わってくるんだなぁ。

こんなこと考えてるから余計しんどいんだよ。と自分でも思うんだけど考えちゃう。


私は、小さい頃から痛みに強い子と言われてきました。
それは身体だけなのか、心なのかは定かではありませんが、
少々のことでは痛いといった記憶があまりありません。
泣こうがわめこうが、
どうにもならないことはどうにもならないと子供の時に体験しました。
だから、何も言うのはやめたのかもしれません。
実際、主観だからどのくらい痛かったかはわからないけど、少なくとも外には表現してなかったように思います。

これは、身体だけの痛みのエピソードですが、
骨折して整復される時も、吐くほど痛かったし涙でたけど堪えてて、
先生に『大人でも叫ぶのにすごいね』と後から言われました。

それならそうと先にいってくれたら、叫んだかもしれないのに…。

とまあ、一事が万事そんな感じでした。

そして、病気をしてからはやはり痛みとの闘いは避けられませんでした。

どこが痛いの?と言われると難しく、
結局全部といってしまいます。

そして、痛みの感覚も説明が難しく、
例えば関節なら、一番酷いので釘を関節や骨の中にいれてグリグリした感じ。といいます。
他にも種類はありますが。

眠れないほどの痛みが続く日々もありました。

そして、動けている時でも、地味~に痛いし、他の症状もあります。
日内変動もあるし、、。

ただ一番は、そうやって強弱はあれど、『継続的に続く』ということです。

それによって、体力や精神力はすり減るし、日常生活や社会生活にも支障が出てきます。

痛みは、身体にも心にも『恐怖』さえ植えつけます。

そうやって、『痛みの支配』が起こります。

看護をする側の時は、病気と付き合うとか、痛みと付き合うとかいわゆるコントロールを常に考えます。

コントロールは大事です。
避けられないものを、どうコントロールして生きていくのか。
大事な課題だと思います。
自分もできるようになりたいと思います。

でも、ふと思うのです。
病気と付き合う、痛みと付き合う…。
実際、痛みに支配されてる心身ではそんなことは考える余裕などありません。

とにかく耐える。→疲れる。→嫌になる。
これを毎回繰り返して、わずかな余裕を手にした時、別のことを考えたり行動できるんです。

だから、
日常生活や社会生活にも支障をきたすことも繰り返すことになります。

これは長くなると、
心の痛みのが強いかもしれないです。

恐怖や現実と希望の板ばさみ。

そこを、自分でどう踏ん張るか、勇気をだすか、周りに支えてもらえるかが大事なポイントだなぁと最近改めて思います。

私の場合は、人に助けてもらってるだけなんだけれど(苦笑)
だから、本当に感謝いっぱいで生きてます!

その中で、私はどれだけのことが出来るだろう。

そう思いながら、今んとこ生きてます。

きっと、明日も…。

あー、しんど。(笑)