“朽ちていった命”(新潮文庫)を読みました。
NHK「東海村臨界事故(1999年)」取材班が書いた、
被曝治療83日間の記録です。
今日読み始めて、一気に読み終えました。
関係者が取材に協力し合い、
詳細なドキュメンタリーとしてまとめあげています。
これを読むと、他の科学技術と比べて
原子力がいかに危険か、
制御がいかに難しいかが良く判ります。
そしてこの危険性が時とともに風化して、
同じ過ちを繰り返す事が判ります。
本文の一部を引用します。
194頁
大内が死亡した際の記者会見で、最後に前川はこう言った。
「原子力防災の施設のなかで、人命軽視がはなはだしい。
現場の人間として、いらだちを感じている。
責任ある立場の方々の猛省を促したい」
事故など起きるはずがない―――
原子力安全神話という虚構のなかで、
医療対策はかえりみられることなく、臨界事故が起きた。
国の法律にも、防災基本計画にも、
医者の視点、すなわち「命の視点」が決定的に欠けていた。
放射線の恐ろしさは、人知の及ぶところではなかった。
今回の臨界事故で核分裂反応を起こしたウランは、
重量に換算すると、わずか1000分の1グラムだった。
原子力という、人間が制御し利用していると思っているものが、
一歩間違うととんでもないことになる。
そのとんでもないことに対して、一介の医師が何をしてもどうしようもない。
どんな最新の技術や機器をもってしても、とても太刀打ちできない。
その破滅的な影響の前では、人の命は本当にか細い。
しかし、大内は、そして篠原は、その命のかぎりをつくして、
前例のない闘いに挑んだのだった。
放射線や原子力と命の重さの関わりを見つめなおしたい、
と前川は決意した。
219頁 柳田邦男 の解説
そして気づいたこととは、こうだ。
核戦争であれ、核事故であれ、即死者はもちろん悲惨だが、
生き残った被爆者たちあるいは原発事故や核事故の
被曝者たちの多くが、大内、篠原両氏のように、
数日ないし数週間、あるいは数ヵ月、地獄の拷問に等しい経過を経て
死に至る人々が続出するということだ。
さらに、それでも生き残った被爆(曝)者たちも、十年後、三十年後に
がんなどを発症する人々が少なくないことを、歴史は示している。
その苛酷な事実を知らずに、核武装論などを言い出す言論人に、
私は寒気を覚える。