朝一番にテントの修理をした。

旧式の夏用なので、風と雪に弱い。これで4回目の修理となる。

幸いに、2張り持っているので、折れ曲がったパイプもまだ予備がある。


今日のマッチング登録数は、平日なのになんと189名。

学校が春休みになったので多いのか?

よそのボラセンが閉じているので、流れてきているのか?

ボラバスでの団体も多い。


自分の担当は、花渕浜のお宅の屋敷のがれき撤去。

メンバーは、ボラバスのベルプランニングの44名と、個人の19名の合計63名。

幸いに常連の小野寺さんが一緒になってくれたので助かる。

小野寺さんと一緒は、今日が初めてだ。


現場の大物のがれき撤去は住んでいるので、細かいものだけを集めるのだが、

300坪くらいあるので大人数が必要となる。

2時半の終了時間までにきれいに片付き、一日で終了となった。


最後に全員で感想を話し合い、ご主人にも一言いただいたが、

感謝の気持ちがいっぱいで言葉にならない。

今日は夜行日帰りの人が多かったが、

ご主人の感謝の気持ちを感じたことで、十分納得して帰ることができると思う。



ところで、今日は去年の8月に活動した人と再会した。

この時のブログを再掲載するが、

このお宅の飼い犬“トランプ”が家族を津波から救ったという貴重な話だ。

http://ameblo.jp/0826ys/entry-10974884393.html

このお宅は修復可能な状態だったものの、

この場所が今後緑地帯になるということで、解体中だった。

仮設住宅住まいだが、津波の影響で今は奥さん一人住まいとの事。


今日再会したのは、この日に群馬県から来たボランティアがこのお宅と仲良しになり、

再度訪れてくれたのだ。

彼女が多聞山と鼻節神社に行ったことがないというので、

今日も一緒に作業した後、見学して回った。


OTOUのブログ

最後に“トランプ”の飼い主の奥さんが住んでいる仮設住宅に行って、

テントでの夕食に誘ったが、

残された家財を確認しながら、二人で夕食したいということで断られた。

残念。


結局、夕食は完司さんと二人となったが、ここでも新しい話が聞けた。

完司さんが3.11の当日、ディズニー・シーに行っていて、

そこで翌日まで帰宅難民になった際、

ディズニー・シーの危機対応が素晴らしく良かったという話だ。

長くなるので後日書き込む。



今日は七ヶ浜への、21回目の移動日だ。

午後1時過ぎに家を出て、午前中の雨も上がり順調に、8時に着いた。

今日の気温は異常に高い、20℃近くありそうだ。


事前に情報をもらってはいたのだが、テントが壊れている。

数日前の雪でつぶされた。

最近のものはドームタイプなので、雪につぶされることはないのだが

このテントは数十年前の旧式の夏用なので、雪には無防備。

明日の朝、修復を試みる。

テント生活も今回が最後なので、治らなければあきらめよう。


鈴木完司さんは鶴岡に帰っているようで、明日来るとの事。

今晩はテント村で一人だ、完司さんがセットしてくれたテントを借りる。



ところで話が変わるが、NPO“甲斐のめぐみ”が、毎週末ボラバスを出している。

http://www.kainomegumi.jp/


行き先はこのところ陸前高田なので、帰りに気仙沼にも立ち寄る。

今月もあと3回あり、

前回状況把握が不十分だったので、23日・24日には再度行こうと思う。


行き先が特に被害が深刻な場所なので、被害状況がよくわかります。

時間の取れる人は、1回だけでも見てくることをお勧めします。

金曜の夜出発し、土曜の深夜帰ってくる行程です。


陸前高田へが長時間の旅だったので、車中で表題の本を読みました。

この本も、新聞の書評に出ていたもので、精神科医が書いています。

やはり、震災後どう生きるかが、テーマです。

人の持つ深層心理に踏み込んだ、倫理観を探る一冊でした。

テーマが重いので、読み返さないと消化しきれないとも感じました。


一部抜き書きします。


163頁

つまり科学というものと、人間の時間、空間は密接な関係にあり、

人間は最も恵まれた時間と空間を持った存在であるというのでした。


165頁

科学と宗教ははっきりと分かれているものではありません。

科学者はもっと道徳と宗教に注目してほしい。

宗教は大変長い歴史を持っています。

そこには科学とは別の、科学を支える叡智があると思うのです。


168頁~巻末

結局どんな宗教でも、行き着くところは、人知でははかり知れない

あるものとの対決なのでしょう。

科学が発達すれば「わかった」ことが増え、有限の範囲が広がっていく。

けれども同時に「わからない」こと、はかり知れないこと、

無限の暗黒にも触れざるをえない。

そこに祈りが生まれてきます。

(中略)

そして今、私が一番願っているのは、

全世界から原発と原子爆弾がなくなったのを見てから死にたいということです。

それが切なる願いであり、私の希望、私の祈りです。