17日の3日目は、いよいよ七ヶ浜でのボランティアの日だ。

まずは朝食前に、七ヶ浜を車で一回りしてみた。


堤防が決壊した影響で破壊された菖蒲田浜の公園は、

同じ姿のままだ。全くの池の状態だ。

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完司さん指揮のもと、鼻節神社参道に立て直したのぼり支柱は、

トラマークで保護され、のぼりが立てられ、しっかり活用されている。

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やはり完司さん指揮のもと、修復した石塔関連の基礎部分は、

修復時は冬の凍結でモルタル仕上げができなかったのだが、

その後、これらもモルタル仕上げされている。

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さて、9時過ぎからは今日の作業のマッチングだ。

今日の登録参加者は218名。

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ボラセン内は、“おらほのラジオ体操”のスペースがないほどの人だ。

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自分の担当は、高橋爺の指揮のもと、

菖蒲田浜のモニュメント公園の草取りと、とうに決まっていた。

事前情報で、高橋さんが指名してくれたようだ。
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この公園一帯は、7月27・28・29日の海開きに向けて、

きれいに磨き上げる必要があるとの事で計画された。

草刈りだけでなく、遊歩道部分は草の根一本一本取り去る計画。


この作業に参加してくれたのは、“七里ヶ浜応援隊”の20名。

今回はこの部隊から、強烈な刺激を受けてしまった。


鎌倉の七里ヶ浜の住民が、中里さんを中心に個人的に結成した部隊だ。

“七”つながりということで、月1回、夜行日帰りのバスパックを継続。

今回で15回目、なんと10年計画で続けるとの事。

今回は46名が参加し、2班に分けての20名が草取り班だ。


最初の高橋リーダーの趣旨説明からだと、

どこまで進められるか見当がつかなかったが、

天気も良く、始めてみると順調だ。

写真に写っている範囲は草ぼうぼうだったのに、

終わってみるとこの通り、きれいさっぱりだ。

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この部隊から刺激を受けたのは、

自分が何日来ようと、所詮一人でしかない、ということだ。


この人たちは、行政とは全く無関係で、毎回バス1台、満員で参加する。

それも10年計画で継続するとの事。

声をかけている地域の範囲は、約1500所帯。

最近は他の地区にも口コミで広がっているようだ。


このコミュニケーションの広がりのパワー。

本当に頭が下がります。

ハンマーで頭をぶんなぐられた感じだ。

ボーッとしてられない、というのが今日の最大の感想だった。

ふりだしに戻って考え直さなければ!











16日の2日目は、

朝7時半に“仁三郎”を出発し、

8時に完司さん宅に寄ってから、新庄経由で平泉に向かった。


途中、鶴岡と新庄の間に、風力発電のプロペラが現れる。

海岸沿いではないのに、この辺は風が強いのだろうか?

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道路は快適だが、距離が長いのと山越えの為、

中尊寺に着いたのは、12時を回っていた。
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次に行くのが毛越寺、

この写真は、当時の境内の復元図。

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ここから先は去年の秋と同じルートで、陸前高田に向かう。

時間が押していたので、コンビニで昼食を買い、

走りながら食べたので、3時には高田に着いた。


県立高田病院も3階まで破壊されたままだ。

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海岸沿いのマンションは、4階まで完全に破壊されている。
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奇跡の一本松も、葉の色はまだ緑が残っていた。

向こうに見える建物がバリケードになってくれて残ったと思うが、

地盤沈下で根に海水が周り、枯れてしまうのだろう。
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気仙沼の第十八共徳丸も、そのまま残されている。

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雨で霞んでいたのだが、

志津川中学からの町の眺めも、被災されたままだ。
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午後から雨だったので暗くなるのが早く、

志津川の後は、まっすぐ七ヶ浜に向かい、

7時半にボラセン着き、きずな館にチェックインした。


外食後、テント村で奥田さんたちが会食していたので参加したが、

きずな館の消灯が10時なので、少しで失礼した。




本当に久しぶりに、七ヶ浜に向かう。

今回は3泊4日で、妻と二人で東北を周回し、

最後に七ヶ浜でボランティアさせてもらう予定だ。


15日朝5時少し前に自宅を出発し、

東北道・山形道を順調に経由して、

まずは出羽三山の一つ、湯殿山で鈴木完司さんと12時に合流。


途中、月山には残雪が。
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完司さんと再会するのも3か月ぶりだ。

完司さんの案内で、湯殿山の参拝。
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湯殿山にも残雪があるのに、気温は真夏のように暑い。

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新緑の真っ最中だ。
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次に向かったのは、大日坊瀧水寺。

ここには、即身仏が祀られている。

撮影禁止だったので写真はない。
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次の参拝は、羽黒山。
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出羽三山の信仰は、

ここ山形周辺だけでなく、東北一円にわたっており、

七ヶ浜の旅館“やまに荘”も、銘木を奉納している。
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羽黒山からの、月山の眺めも素晴らしい。
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今日の最後に案内されたのは、鶴岡幼稚園だ。

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ここには、七ヶ浜の幼稚園で使われていた遊具で、

津波で使えなくなったと言われて解体したものが、生き返っている。


昨年秋に、解体の依頼を受け、我々完司さん部隊が解体したが、

十分再利用可能と思われるので、廃棄するのが忍びなく、

完司さんの紹介で、ここに引き取られることになった。

ごく一部の手直しで、このように日の目を見ている。


廃棄の判断には、遊具関連業者が震災にかこつけて、

遊具を新調させようとした、火事場泥棒的な背景がある。

残念なことだが、生き返ったことだけは良しとしたい。

これも完司さんの功績だ。
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そして、この幼稚園は面白い。

子供を自由に遊ばせている。
雨の後の園庭で泥まみれを自由にさせている。
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さんざん遊んだあとは、保母さんがこうして洗ってくれている。
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木登りも自由だ。

こんな幼稚園が頼もしい。
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今日の宿泊は、

鶴岡市の海岸沿いの網本旅館、“仁三郎”だ。

採れたての魚介類で舌鼓をうった。
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この旅館の女将の娘さんと、完司さんの娘さんとは、

高校時代の同級生との事。
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こうして初日が終わったが、

明日は、平泉から、陸前高田・気仙沼と

被災の激しかった三陸海岸を南下して、七ヶ浜に向かう予定。