今日のマッチングも100名を優に超す。
作業は、昨日で田んぼが終了したので、その他のニーズに対応。
自分の担当は、鈴木完司さん・奥田Bさん・寺内さんの4人での倉庫解体。
現場に行ってみると、この仮設倉庫を別の場所で転用したいとのことで、
解体はせず、移動場所が近いので重機で吊って移動することになった。
関係者がクレーンを持ってきて、午前中に移動完了。
午後は残工事を済ませ、2時頃には終了。
常連のボランティア仲間の人が、手作りのイカの塩辛を差し入れてくれたので、
昼食時にテント内で、車中泊仲間で賞味させていただいた。
その味というや、あまりにも口当たりが良いので、
御代わりの箸が次々と入り、あっという間に瓶が空になってしまった。
この場を借りて、御礼申し上げます。
ありがとうございました。
午後の後半は、共同食事用のテントの撤収をした。
最後は暗くなってしまったが、夕方までに撤収は完了。
関係者は全員、明日七ヶ浜ボランティアセンターを離れることになる。
テント撤収の時間帯に、自分は参加できなかったが、
ボラセン内で、特筆すべきセレモニーがあったようだ。
長期車中泊の、奥田さんと斎藤さんが帰られるので、
臨時のお別れ会があった時のことだ。
地元の青年の感謝の挨拶が、素晴らしく感動的だったとの事。
彼は通常生活は問題ないのだが、数の計算だけ学習障害の症状がある。
米国の映画監督のスピルバーグ氏の例が、最近では同様の話題だ。
特筆すべきことは、奥田さんと斎藤さんが、
ここ何カ月もかけて、彼の障害を改善するべき援助を続けて来てくれ、
それに対し、彼がお別れの挨拶で、最大限の感謝をしたことだ。
車中泊の二人が、彼の支援を続けていたことは、
この私が身をもって確認している。
自分が1か月前に1週間滞在した時からも、
彼を頻繁に夕食に呼び、計算の仕方を繰り返し繰り返し教えていたのだ。
数日前、自分自身がこの事に深く感動し、涙したこともある。
そんなわけで、そのお別れ会に参加していた約10人全員が涙涙だったそうだ。
ボラセンには、心底優しい人が集まってきている。
その人たちのパワーの集合が、復興の原動力だ。
七ヶ浜のちいさな優しさが、原動力の源だ。
こうしている今も、涙なしには書き続けられない。
七ヶ浜での出逢いが、経験が、
還暦を過ぎた自分にも気づきを与えてくれる。
これを気づきだけに済ませず、
如何に行動に表せるかが、これからの自分の課題だ。
夜は、仙台の菊池師範代の提案で、
仙台市内の“甚家”という店でのお別れ会となった。
9人が集まり、七ヶ浜での友好を確認し合った。
とりあえず、各自の地元に帰るが、心のネットワークは続く。
必要とあれば、みんな集合する。
そんな絆が七ヶ浜で結ばれたことを再認識したお別れ会だった。
自分も、明朝山梨に帰る予定だ。










