母に面会して、帰途についている新幹線後ろ新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線真ん中新幹線前



施設に入っている母は、会話もままならない状態だ。



脳梗塞の後遺症で動けなくなり、認知症も進み、目も見えなくなっている悲しい



私はそんな、以前とすっかり変わってしまった母をしばらくは受け入れられなかった。



真面目に一生懸命に生きてきた人が、なんでこんな目に遭うのかと



かわいそうでかわいそうでしかたがなかった。



さらに、そばに居てあげられない、母の大切にしていた家に連れて帰ってあげられない



そんな罪悪感にもさいなまれて、辛かった。



会っている時も会っていない時もずっと苦しかった。





その、胸をえぐられるような苦しみはどこから来ているのか



心のことを学んでいくと、少しずつそれが紐解けてきた。



母との共依存

課題の分離

境界線

愛着問題

アダルトチルドレン

私の考え方のクセ

その時代が求める女性像

世の中の価値観



様々なことが絡み合って、私の苦しみができあがっていた。



以前と比べて、少し客観的に自分のことを見られるようになると



だいぶ気持ちが落ち着いてきた。





弟といっしょに母に面会に行った日は、たまたま弟の誕生日だった。



母は同じことばかり繰り返し口にして、今のこともすぐに忘れてしまう。



でも、弟が「今日は、〇月〇日だよ」と言うと



「〇月〇日は、〇〇〇の誕生日!」と、はっきりと母が答えたびっくり



たくさんのことを忘れてしまっても、我が子の誕生日は覚えていた。



弟も心なしか嬉しそうだった。



母の中には、我が子への想いがしっかりと残っていた。



変わってしまった母の中に、変わらないものを私は見つけた。



弟達は「会いに来たことをすぐに忘れてしまうのだから、無理して帰ってこなくてもいい」と言ってくれる。



母に会いに帰るのは、私の自己満足かもしれない。



弟達だけに任せておくのが申し訳ないという気持ちもある。



それ以上に私は、母と通じ合える瞬間を求めてまた会いに帰ろうと思う。



「ありがとう、また来てね」という母の言葉を胸に施設を後にした。





自分と向き合うことで、息子との関係も母との関係も良い方に変わってきていると思うおねがい