人それぞれに、その人にとっての当たり前とか常識とかがあると思います。



子育て中の私にとっては

①友達がいて当たり前

②学校に行くのが当たり前

③(将来)働くのが当たり前

という大きな当たり前がありました。




①友達がいて当たり前

私が教員をしていた時には、『元気で明るく友達いっぱい』な子どもが、目指す子ども像とされていました。



よく考えてみると、学級の中には活発な子もいれば、物静かな子もいます。



友達と常に群れている子もいれば、1人で行動しがちな子もいます。



そもそも『友達100人できるかな』なんて歌もおかしいのです。



誰とでも仲良くする必要はないと、今の私なら思います。



友達が多ければよいというものでもなく、少ない友達と深い繋がりを作るタイプの子もいます。



それでも、息子には友達ができなかったので、私は不思議でたまりませんでした。



いつかどこかで気の合う友達ができたらと思いますが、本人はそこまで強く望んではいないようです。



1人が好きな子もいるのだと、改めて我が子を通して知りました。





②学校に行くのが当たり前

そもそも自分の小学校時代が楽しかったから、私は小学校の教員になったのです。



だから、あれほど学校を嫌がる息子のことが、長い間理解できませんでした。



『教室で、ただ座っておけばいいのに、なぜそれができないのか』とずっと思っていました。



在職中に担任した児童の中には、2人の不登校の子がいました。(まだ不登校は少なかった)



その頃は、積極的な家庭訪問が推奨されていたので、毎週家を訪ねていました。



片方の保護者からは、子どもと話をしたり、一緒に夕食を食べたりすることを希望されたので、そのようにしていました。



自分としては、最大限配慮していたつもりでした。



でも、我が子が不登校になってから保護者として接した教員の中には、こちらの願いを聞いてもらえない方や話の通じない方もいて、絶望的な気持ちになりました。



それでも、親としては行ければ学校に行ってほしかったし、学校生活を楽しんでほしかったです。



「学校に行かなくてもいい」ということは、頑張ってきた自分の仕事を否定されたような気もしていました。



息子のように学校というシステムが合わない子には、自宅で好きなことを親子でやって、それを伸ばしてやればよかったと悔やまれます。



私が教材を考えてホー厶スクールのようなこともできたのに、当時はそんな発想も気力もありませんでした。



学校への執着をもっと早く手放せたていたら息子は違っていたのではないか、、、と何度も何度も後悔してきました。



執着を手放せるまでに、私の場合は長い年月がかかりました。



中で働いている時には分かりませんでしたが、学校を外から見てみると、かなり時代遅れで閉鎖的で、いびつな世界であることに気づきました。




③働くのが当たり前

これは私の中でなかなか手放せない常識でした。



昭和育ちの私には、『働く=組織に属すること』みたいな思い込みがあって、とにかく息子をどこかに所属させたいと思っていました。



それにこだわればこだわるほど、息子は拒否反応を示します。



組織に属して人から指示されることを息子はひどく嫌います。



働くというのは、ある意味、人の指示に従うことなのだと思っていた私には、理解しがたいことでした。



発達特性も関係していると思います。



けれども、息子は、自分のできることでなんとか収入を得ることを考えてはいるようです。(知らんけどチュー)



これからは、仕事も働き方も親の世代が想像できないようなものになっていくでしょう。



親の口出しは無用なのかもしれません。





つらつらと書いてみれば、息子によって私の思い込みはかなり変化してきたことが分かります。



私の当たり前は、どれも息子には通用しませんでした。



その当たり前が、私自身を苦しめ、息子も苦しめてきました。



思い込みを緩めることで親子関係が改善され、私も生きやすくなりました。



視野を広げて、柔軟に考えることを息子は私に教えてくれましたニコニコ