死の選択のできない国 | 0811-weさんのブログ

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とにかく死ねないのだ。毒を飲もうとすればそれはジュースに変わり、線路にに飛び込もうとすれば電車は空を飛び、首をつろうとすればそれはブランコに変わり、飛び降りようとすれば羽が生える。
世の中がこうなり始めたのは3年ほど前だった。 
どうやら、自殺や殺人を食い止めるためにどこかの星の住人に見張られていて、ある意味支配されているらしい。
それらは死に対する意識のレベルで反応するらしく、殺意や、そういうものを感知してなんらかの作用で意地でも死を防ぐという話だ。
私自身も聞いた話なのでよくはわからないのだが。
しかし、犯罪のない平和な世界にはならないのが現実だ。事故死は防ぐことが出来ないようだし、死刑の執行も不可能になった今、人は気が狂ったように暴走し始めているように思える。テレビ番組がワケわからないぐらいグロテスクになったり、どうせ人を殺せないならいいだろうとピストルを平気で所持する人も増えた。
「死の選択肢ってもとからないのかもしれないけど、全くないというのは悲しいよな」友人の小原がうつ伏せになったままそういう。
「自由が1つ奪われた感じだね」私の答えに彼は満足していないのかはたまた眠りについたのかは知らないが黙っていた。
窓の外で電車が飛んでいるのが見えた。
死ねないと知っていても死に向かい突っ込んでいくのか、電車が飛ぶのを見たくて飛び込むのか。後者なら、死の意識レベルが低いから事故死になるのかも知れないか。
「ねぇ、ゆうはどう思う?」「なにが?」「この世界だよ、そのどっかの星の人って一体何を狙ってるんだと思う」「世界征服」「まさか」彼はやっと起き上がると私の食べているポテトチップスに視線をうつしベットからおりてきてつまんだ。
「いずれは、動物や魚をとることも出来なくなって、まあ、そのうち野菜もさ。それで人類は餓死する」
「そんなまわりくどい。そのつもりならそれを先にやるでしょう」
「まあね」
他の星の人の考えは見えないが、殺されないですむという安心感は少なくともあるわけだしその星の人に感謝しないでもない。しかし、その正体が3年もたってまだなにもつかめていないことが何よりも恐ろしいのだ。
恐怖は安心の横にいつも付き添っている。
「じゃあね、お邪魔したよ。これから友達と夕飯食べに行くからさ」小原は口についたポテチの塩を指ではらいながら立ち上がって出ていった。
私もたまに死にたいと思うこともなくはない。しかし、星の住人のフォローがなくても思い止まることが出来る。それは死ぬのが怖いのと、たいして死にたくないからなのだろう。
小原の帰ったあと窓から一匹のハエが転がるように家に入ってきた。羽を逆さにして素早く回転したかと思うと息耐えた。まあ、呼吸してるのかもしれないけど、まもなく死ぬのだとわかった。人だってこんな風に何かの途中で死ぬんだと思う。全てをやり遂げるまでいきられる人間なんていないに等しいんだろうな。
この蝿はとりあえずは幸せな生涯を成し遂げたんだと信じてティッシュでくるんで捨てた。
もし、いつか、私たちを支配している星の住人と会う機会があったら私はなんと言おうか。もっと前に出現してくれていたならよかったのにと、子供を殺された親が泣きながら話しているVTRを見たことがある。彼らは親切なつもりでとても残酷なことをしているという気もする。
その次の日もインターフォンの画面にいつもながらの小原が写っていた。
「お邪魔します」彼はいつも通り手ぶらでふらっとやってきた。そして私のベットにうつ伏せになって茫然とする。それが彼の日課のようになっている。
「もしさ、俺がその星の人だったとしたらどうする?」「質問するね。人間をどうしたいのかって」「俺、子供の頃にさ親二人殺されてさ、こんな能力がついちゃってさ」「嘘つけよ。おばさんもおじさんもぴんぴんしてるじゃんか」「あっちの星での話」
なんだか、訳のわからないこといいはじめた。小原のワケわからない話は長くなる傾向があるから、阻止するために私は台所からピーナッツを持ってきて小原にすすめた。「ありがとう」彼はむっくり起き上がりベットの上であぐらをかいた。
「なんかさ、小学生の頃落花生で豆まきやったよね。」「そのあと教室落花生のからで汚くなってたね、掃いても掃いてもなんかきれいになんなくてさ」「私ピーナッツとか食べてるといつもあの頃のこと思い出すんだよね」
「ずるいよ、星の住人の話の途中なのに」思い出したように言ったあとピーナッツを噛み砕いた。
「わからないことをわからないまま放置するのが得意なのはゆうだけだよ。一体いつまでこの状態が続くのかな」なぜそんなに不安がるのか私にはわからなかった。安全という名の恐怖に支配されたこの国はいいとも悪いとも言いがたいが我々は自由に今まで通り生きているのだから問題はないはずだ。
「人身事故もほぼおきないしさ、平和でいいじゃない」
「心も支配されている気がするんだ。その星の住人にとってまずい思想をするやつはあいつら事故に見せかけて殺せるんじゃないか?」こんな余裕の無さそうな小原をみたのははじめてだった。
「そうなのかな、わからないけど」「俺と死なないか?」「人間失格?」「怖いんだよ、これから先生きるのが」「死ねないから無理だよ、やめよう」
小原が本気でないことくらい知っていた。でも何となく追い詰められている様子はわかった。それなら一緒にその星の住人を探そうかなどといってどうなるのか。死にたいと心から思う演技でおびき寄せるとかどうだろう。くだらなくて言い出せず黙っていると彼は「ゆうのこと好きだったんだ」と突然意味不明な告白をしてきた。「唐突だよお前」「びっくりした?嘘だよ」「そうだろうね。好きな人のベットでごろごろする神経がわからないから」「だって過去形だし。今は好きじゃないんだ」
「は?」「怖い怖い」「で、死ぬって話は?」「なんでマジになってるの?俺がゆうと死ぬわけないじゃん」彼がピーナッツをしゃべりながらたくさん食べたようで袋のなかがずいぶん空いていた。
そんなことを話した一週間後に、人がバタバタと死に出した。数年前に命を救われた自殺しようとした人間と殺害されようとしていた人間が一気に原因不明の死をとげたという。どのチャンネルをまわしてもその話題で持ちきりだった。
自殺志願者はともかく、殺害を免れた人までつれていくことはないと誰もが口にしていた。
こんなとき決まって小原はやって来るはずなんだが、彼も一週間前からうちに来ていない。
たまには私から出掛けてみるかとパーカーを羽織ったとき嫌な予感がした。
まさか、あいつ。
自転車にまたがって線路をこえて小原の家目指して一直線に走った。
「ピンポーン」
「珍しいじゃん、ゆうがうち来るなんて」小原はジャージ姿で寝癖のついた頭をさわりながら笑った。
「この前死のうとか言ってたから死んだかと思った」
「心配ありがとう。でもね、この平和な世界を終わらせたのは俺なんだ。あがりな」
小原の部屋は汚かった。ベットの上の布団もぐちゃぐちゃで、床にはペットボトルや缶やお菓子の袋が散乱している。
躊躇している私に「いいよ、ベットで」という。「いいよっていうか、そこしかないじゃん」
「へへ」
「で、終わらせたって?」
「ゆうの家の近くにあったんだよ、死の再生ボタンが」「え?」「垣根のしたの方に黄色いボタンがあったんだよ」「押したの?」「押した…」彼は戸惑いながらも開き直ろうとしているようだがそれが不完全で泣き出しそうになるのをこらえているようだった。
「まあ、その星の人が押せって意味でボタンを用意したんだろうし」「でも、よかったのかなってこわくなる」「再生しただけじゃん、終わらせたかったんでしょ、この状態を」「俺じゃない誰か、というか、あの星の人が押したってことにしようってさ、黙ってようと思ったけど怖くて苦しくてさ」
「そのボタンって私の家の近くの垣根にあるって言ったっけ?猫が踏んだりさ、なにかの落ちた衝撃ということにしようよ。これは二人だけの秘密にしよう」
そう話し合った3日後、彼は自殺を試みたそうだ。しかし、握っていた包丁が細切れの紙に変わりパラパラと床に積もったという。
また、始まったのだろうか。それなら、突然彼が死んでしまう日が来るのか。そうと思うと怖くてしかたがなかった。私までおかしくなってくる。
やはりその星の人は世界征服を狙っているのかもしれない。
彼の言っていた死の再生ボタンは私には見つけることができなかった。またそれが出現したとき誰もそれを押さないでくれることを祈りながら生きるしかないのだ。