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はよ帰りたいわ。






燃えながら小さくなっていく


シマチョウを眺めながら


母、優子は思っていた。






介護ヘルパーのパートが終わって


北区から神鉄に乗って二十分。


そこからバスに乗ってまた二十分。


それほど遠いというわけではないけれど、


このごろは職場に着いたときには


すでに身体が重い、ということが多くなった。




若い時分には自慢だった白い肌も


最近ではただ幸の薄さを誇張するだけになり


眉間や目尻の皺をみて


いよいよ母親に似てきたことを実感する。








パートから帰ってきて


バスに乗る前にスーパーに寄り


夕飯の献立を考えながら


ビニール袋に


惣菜や冷凍食品を詰めて


両腕に抱えながら


玄関のドアを開けると


今朝、仕事に行ったはずの旦那と


今朝も学校に行かなかった娘が


お互い複雑な顔で出迎えてくれた。








片付けていったはずのリビングには


リモコン、チラシ、ティッシュ、弁当の殻、新聞、


包装紙、ゴーフル、なにかのごみやチリやほこりや


そのほか、さまざまな、いろいろが散らかっていた。






いま、夕飯の支度するから。






散々の部屋に目をそらすために


土のう袋のようになったビニール袋を抱え


キッチンに入ると


旦那が少し高揚した声をあげた。


いつのころからだろう。


この、高揚した声、のとき、


優子はぞっと鳥肌が立つ。


初めてピエロをみた記憶と近い感覚。


とても浅い虚構、を感じるのだ。






今日、たじま亭、いこかって。


タケル帰ってきたら。








ああそうなんや、久しぶりやね。


あそこのビビンバめっちゃアキコも好きやもんね。




冷蔵庫に買ってきたものを


詰め込みながら。








せやけど明日が祝日やから


今日予約せないっぱいなんちゃうかなあ。




うちは明日もパートやけど。


と思いながら。








電話番号、電話の横のピンクのんに書いとるから


電話しとかなあかんねえ。


あそここないだも夕方のテレビ出とって


そのときなんか国道のとこまで人が並んでて。




ほんならスーパーに行かんで済んどったやん。


と思いながら。








あそこ駐車場無いからタクシーで行こか。


それやったら、もうケンジ直接こさせよか。


何時くらいになるんかな。いつもバラバラやしなあ。




たじま亭の長田独特の大衆酒場の感じ、


あそこで肉を喰らう人の感じも、酒に焼けた顔も、


油ののった肉も、若いころなら良かった。


いつまでこの人は、たじま亭信者なのだろう。


いややな。


と思いながら。








せやけどやっぱり電話して予約せなねえ。


明日、祝日やからねえ。


昔アキコ、あれ、小学一年生くらいのとき、


たじま亭で、ビビンバ来ないゆうて、


めっちゃ泣いたあげく、タケルのジュース


ひっくり返して、となりのひとが見かねて


ビビンバ分けてくれてなあ。


お母さん、顔から火が出るくらい


恥ずかしかったわあ。


なあ、アキコおぼえとお?






リビングに目を移すと


もう誰もいなかった。




散々の部屋に西日が燃えていた。






なあ、アキコ、おぼえとお?




おかあさん、




あんとき、もう全部やめてしまったらよかったわ。






一度も使うこともなく


荷物置きになったキッチンのカウンターの中で


埋もれながら、声が漏れた。








結局、


タケルが帰宅した九時から


たじま亭に予約は取れず


その近くに出来た全国チェーンの


激安のホルモン焼き屋に行くことになり


電話を受けたアルバイトのミスにより


そこでも並ぶはめになった。






大学生らしき男女6人の隣の席に案内され、


バラエティー番組の真似事のような声を聞きながら、


メニューを見ながら、


旦那の「アキコもビールにするか」という


笑えない冗談を聞きながら、


それを聞き流すための


二人の子供の乾いた愛想笑いを聞きながら、


優子はもう、じっとシマチョウが燃えて小さくなるのを


眺めていた。








はよ返りたいわ。




どこにやろか。






シマチョウは焼ききると


赤ん坊の指に似てると


優子は思った。







とても静かだった。
















s.f.






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この沈黙なんとかならんかな


オレって父親として
どうなんやろ。



アキコとこんなに
話が出来へんなんてなあ




優子という通訳がいて
オレとアキコの会話が成り立つわけで




これ優子なしやったら
タケルとの会話にしても
成り立つどうかも分からへん。






それに引き換え
あの親子仲よさそうやったな


一緒にバイクのって

六甲山とか
須磨海岸とか
できたばっかりのハーバーランドとか行って



お茶して
葉巻くゆらせながら


彼氏の話とか聞いたり


学校での悩み事とか聞いたりして


オレが小さいころ見てた
アメリカのドラマで出てくる
かっこいいお父さんの典型的なタイプしてるんちゃうかな





オレのおやじなんて
大正生まれの海軍出身



ほとんど口もきいてくれんかったし
いっつも怒ってた



で母親はいつも
親父の機嫌を伺ってて

俺どころちゃうかった





だから
アメリカおじさんが羨ましかった






親父にくらべりゃ
よっぽどこいつらに
迎合してるつもりなんやけどなあ 







この前だって雨降って
駅まで送る車の中でも
アキコと一言も話すことなかったなあ

信号が赤になれば
ただ互いに窓の外をながめるだけ








きっとアメリカ父さんの家で
話を友達から聞いてるうちに



向こうの家庭の事が
うらやましくて




うちの家族の事が


さびしくて
やりきれなくて

酔っ払ってもたんかな。







としたらオレにも責任があるよなあ









あんま執拗に攻めん方が
ええんかもせえへんな









父親は小さく咳払いをし
テーブルの上のゴーフルの缶を眺め
訥々と話しだした







「アキコ、一言だけ言うわ。


 『飲むな』とはいわへん。
 どうせ言ったところで
 飲むやろうし。







 ただし 女やねんから
 飲んでも飲まれるな。
 



 頬が染まるくらいがちょうどええねん。
 そうゆうのに男が弱いねん

 分かったか?ん?」





 と父親は
 自分でも何を言っているのかよくわからないまま
 話し続け 
  



最後に


「ということで今日は久しぶりに
皆で長田に焼き肉いこうか」と問いかけた





アキコは小さくうなずき
反省し続けているそぶりを続けた。











RO


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ボロロロロロロロドドドドドロンドンドンドンドンドンドンドンドンドンド

けたたましく轟きながら近づいてくるエンジン音に、昼下がりの温い空気を介して、アキコは叩き起こされた。
窓を開け放して寝ていたのだ。

頭痛、吐き気は引いたものの、みぞおちの痛みに、ニ日前に横隔膜が懸命に邪悪な侵入者を胃から排除しようと闘った証しを認めざるを得なかった。

空気を吸い込む度に痛む胃。
意識して呼吸をしなければ、痛みを避けようとする防衛本能のせいで呼吸が止まってしまい兼ねなかった。

今日も休んでよかった。


ピーンポーン


家のインターフォンが鳴った。


二階の窓から覗くと、閑静な住宅街には余りにも不釣り合いな古びた巨大なオートバイが目に飛び込んできた。
アキコはそのバイクに乗って来たであろう人物を直ぐに認めることができなかったが、その人物が来訪者である事は直ぐにわかった。

それは自分の部屋の窓からは、門柱の影に隠れて、インターフォンを押す者が見えない事を、アキコは経験的に知っているからである。

何やら男女の話声が聞こえた。

話の内容までは聞き取れない。

一階に降りてインターフォンに出ようと部屋のドアに向き直った瞬間「はい。」とはっきりとした男の声が、窓の下、門柱にあるインターフォンのスピーカーから聞こえた。


えええ、おと、お父さん?
なんで居るん。


今の今まで睡眠を貪っていたアキコには、自分が置かれたこの状況を理解するには、時間が少な過ぎた。


「あ、あの、すいません。あたし、アッコちゃんの友達の…」


アキコは思わず大きく息を吸った。

いてて。

胃の辺りを押さえて固まった。

サチコやん! どうなっとん?もう一人は、まさか。


更に窓下に、鋳鉄製の門扉が開いて閉じる金属特有の音を聞いた。
来訪者はこの家の主に通された。



そこからのアキコは以外と素早かった。
肩甲骨まである髪の毛を結い、タンスから毛糸の靴下を取り出し、履いた。
レバー式のドアノブを静かに下げ、ゆっくりと開けた扉をかわすように身を翻してフローリング張りの廊下に出た。

毛糸の靴下は足音を消した。


アキコはこの家で16年間暮らしている。
強権的な父、利害によっては敵にも味方にもなり得る弟、全員と強固な同盟関係を結んでいるが故に、執拗に介入してくる母。
アキコはこのバランス・オブ・パワーの中で培った生き残る術として、緊急時に自分の気配を消す方法を編み出していたのだ。


アキコは階段の中段まで降りてきて座り、玄関の動向をうかがった。


「本当に、申し訳ございませんでした。」

男の声である。

アキコは階段の手刷りから手鏡を出して、玄関を映して見た。


ぶっ!マスターやん!
まさか謝りに?
でもいつもと雰囲気が違う。


玄関の土間に立つ男は続ける。

「私が居りながら、当時は居りませんでしたが、そんな事は理由になりません。私の家で、あんな子供らがお酒を、飲むやなんやして、遊んでおった事に、責任がありまして、ここにこうやって、伺わさせてもろた次第でございます。ほら、サチコお前も謝れ。」


左手でサチコの肩を押した。


「アッコちゃんのおじさん、ごめんなさい。私の家で友達らとお酒を飲んでて、あんな事になってしまいました。アッコちゃんは、大丈夫ですか?」


二人が親子のように装っている事を、アキコはこの時悟った。


「あ、アキコはもう、恐らく大丈夫やと思いますが、まぁ、なんでこんな事になったのかねぇ、私も妻も本人から聞いてませんのでねぇ、ただ、びっくりしておったんですが。ま、なんとか。」


父は明らかに緊張していた。


「ほんと、今後こんな事がないように、厳しくしていきますんで、ほんと申し訳ありませんでした。」


ぶっ、マスター何かおかしいと思ったら、髭剃ってるやん。


「ほんとつまらない物ですが。」

と言ってサチコの父親になりすましたマスターは、持っていた紙袋から包みを出した。



「いやいや、そんなん、あ、まぁほな、すんません、頂きます。」


この時アキコは父の背中に、彼の表情の変化を見ていた。眉間の皺が和らいだ瞬間だった。


後でわかった事だが、この時マスターからもらった包みは、風月堂のゴーフルだった。
アキコの父の大好物である。

風月堂のゴーフルは丸い缶に入っている。缶の蓋のぐるりには透明のテープで留められていて、アキコはそれを剥がすのが好きという、変わった性癖を持っていた。
まだ小さい頃は、家族の他の誰かが剥がそうものなら、すねてすねて、両親をよく困らせた。
家庭用のセロファンテープを貼って復旧しても、駄目だった。
アキコに言わせれば、テープを引っ張った時の伸び方が違うのだ。
家庭用のセロファンテープはさほど伸びない。しかしゴーフルのそれは、適度な弾力性に由る伸びがあり、剥がす時にある種の心地よさを生む。
アキコはそれにはまっていた。
そして何より、新品を開封する喜びを独り占めして、嬉しがっていたのだ。


「君は今日は学校は?」

玄関の父はサチコに問いかけた。


「早引けしました。アッコちゃん、今日も来てへんし、昨日他の友達らが電話しても出られる状態じゃないって言われましたし、一番近くに居って責任があるのは私ですし、ほんと心配で…。」

「そうですか。来てくれてありがとう。お父さんも、わざわざ休まれて、うちの娘ごときに、ほんとご心配おかけしまして、今日はすんませんでした。」


アキコの父の思い込みは、サチコとマスターにとって、好都合に働いた。

更に父は続けた。

「実は、今日は私も休んだんです。そう言えば近頃、親子の会話が足りてないのかな思いまして。親子らしい事、してないなてね。ま、お互い年頃の娘を持つ身やないですか。うちとは違うかも知れませんが、難しい時期やからこそ、もっとちゃんと向き合わなあかんな思いましてね。何ができるか、考えておったんですわ。ま、今回の一件では、私ら親も、反省させられました。」


やばい、なんなんこの展開。

アキコは鼻水を啜らずに垂れるがままにした。
啜ると音で気付かれると思ったからだ。
そして部屋に戻ろうと静かに立ち上がった。その時膝がパキッと音をたて、廊下に響きわたった。だがそこに居る誰の耳にも、届いてはいなかった。
アキコは部屋の扉を静かに閉め、ベッドに腰を掛けた。

間もなく窓からは執拗なまでに「恐れ入ります。」「すんませんでした。」の応酬、鋳鉄製の門扉の開け閉めの音がした。

アキコは窓際に立ち、マスターとサチコをただ黙って見送った。

ボロローン ボロローンドドドドドドドドドドドドドバスッドドドドドドドド

足元から響いてくるエンジン音が遠ざかって行った。

アキコはサチコ達の姿が見えなくなるまで見届けた。そして一階に降りた。

胃の辺りを押さえ、一呼吸ついてからリビングに通じる扉を開けた。

お父さん会社休んだの?

少し大袈裟に言った。

父はソファーで新聞を広げていた。

「お、起きたか。んー、どうや気分は。」

うん、だいぶましになった。


お互いとてもぎこちない。


「ああ、さっき友達来とったぞ。誰さんやったっけ、お父さんも休んで、一緒にバイクで来とったわ。」


ああ、サチコ!


「そうやそうや。で、それ、そこの上のそれ…」

父は外した眼鏡で食卓を指した。

「お見舞いに言うて持って来てくれたんや。開けてみ。」


アキコは紙袋から包みを取り出した。


ゴーフルやん。お父さんの大好物。


「そうや、はよお前、降りて来んかな思て待っとったんや。ほら、缶かん開けてくれや。」


うん。


アキコは子供の頃のように蓋のぐるりのテープを剥がした。
今は、その快感よりも、開封できる喜びよりも、家族や友達のありがたさを、痛い程感じていた。


「なぁアキコ、サチコちゃんのあのお父さん、何しとう人や?」


え?


時間が止まったように固まるアキコ。


「いや、若そうにしとうけど、お父さんよりも年上やろ?ちゃんとしてはったしな。ただ、何してはんのか、聞いてなかったなぁ思て。」


さ、さぁ。

お茶を濁すアキコ。


あかん、このままやと辻褄が合わなくなるかも知れへん。
お母さんかタケル、早く帰って来てー!


心の中で叫んだ。


だがその叫びは誰に届くはずもなく、恐怖の親子水入らずの時間は、この後、母が帰って来るまでの二時間余り、続いた。






K.C.


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現在、夜中の2


重ぐるしい空気を紛らわすためか

つけっぱなしになっているテレビから

アホみたいな笑い声が響く


このお笑いの二人組、最近よく見るけど

なんて名前やったけ


今、私のすぐ近くの現実で修羅場というものが起きているのに

すごい他人ごとのような気がして

どうでもいいようなことを考えてしまう



母親が泣き出して

父親が怒鳴りだして

弟が駆けつけて


それを、観客のようにみつめている私


「私のせいなの?」「私が悪いの?」

と母親が髪をふり乱しながら叫べば


「誰のために」「誰のことを思って」

と父親がせわしく煙草を吸いながら怒鳴り


「やめてよ」「もうやめてと」

と弟が涙を浮かべながら繰り返し


たった一人の観客として

静かに成り行きを見守る私



何か涙がこぼれそうになる



自分の今の状況が哀れなのか

今の家族のありさまが悲しいのか

母親が父親が弟が切なくさせるのか

これからが不安なのか



いっそのことビデオみたいに早送りできたら

いや、巻き戻しがいいかと考えたり



とりあえず、明日も休もう


N.F

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「アキコ、なにがあったんや。

 悩みとかあるんなら、お父さんに話してみい」


出た、模範解答のようなコメント。

たまに、はよ帰ってきたと思うたら、

これやもんな。

そんなんで、人の気持ち聞き出そうなんて

甘すぎるわ。

なんかの有名選手に質問する、

新聞記者やらコメンテーターらと変わらん。


「学校でなにかあったんか?

 イジメか? 友達とうまくいっとらんのか?」


「お父さんはな、いつでもおまえを一番に考えてるんや」

とでも言いたげな父親。

台所で後片付けに精を出しているようで

実は耳をダンボにしている母親。

うん、なんかのドラマで見たことある。

「えらそうに、父親面すな!」

ってわたしが言うて

「なんだと、親に向かってその口の聞き方は……」

ってなって、

「やめてください、お父さん」

って母親が止めに入ったら、もう完ぺき。


それだけ、どこにでもある風景ってことか。

ま、わたしの場合、

あえてケンカを売るようなことは言わへんけど。


どうやら我が家は、フツーらしい。

わたしが学校休もうが、

グルグルになろうが、

基本的にはなにも変わらへん。

フツーに毎日が流れる仕組みになっとう。


少し安心した。


と思った矢先、

母親が泣き出した。




a.s


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昼間寝すぎたせいで全く寝れない。



寝ようとすればするほど
弟のこそこそした話し声が
気になって仕方がない。





文句言いに行こうかな、


でも彼女に嫌われても嫌やしな



昨日の今日で
私が文句を言える立場じゃないしな。





と考えること15分





父親のどなり声が聞こえてきた。











「オイコラ!
 

おまえ いつまでしゃべってんねん、


男のくせに長電話しやがって。

誰が電話代払ってるか知っとんか」








男が女のくせにっ
て言うのは嫌いだけど


男が男のくせにっ
て言葉はなんか好きな言葉やねんな


と思いながら聞いていると





受話器越しの彼女にカッコつけてるのか
弟が予想外の反抗をしだした


「うっさいねん、たまたま早く帰ってきたからって
 父親面すんなや。


オレの長電話より姉ちゃんの酔っ払い事件を
怒る方が先ちゃうの?」






バカだ、アイツ。






その言葉を聞くやいなや
荒れ狂った父親は
誰にも止められなかった。





聞こえてくるのは
鉄拳制裁を受けている弟の泣き声と


母親のT・K・Oの掛け声




しかしゴングは父親の耳にかすりもしない







とにかく寝たふり寝たふり




いつもであれば
アキコが止めに入る場面であるが
ミイラ取りがミイラ取りになってはたまらない






あのバカに憐れみなんていらないと思いながらも
「ご愁傷様」とアキコは呟き




暗闇の中の布団の中の
暗闇に全身もぐりこみ


イヤフォン越しでAMの深夜のヒットチャートを聞いていると




ふと急に



明日 確実そしていよいよ行われるであろう
父親との話し合いに恐怖を覚えると同時に




一本も連絡をくれなかったサチコに




悔しさと



情けなさと



悲しさを感じ





全ての感情を紛わせるために
大きなため息を二、三度ついた途端

大量の涙が耳元を伝い、うなじまで流れ落ちた。






うなじがとてもかゆくなり
ブランケットで涙の経路をなぞっていると







ノックと同時に



「おい、アキコ。
おきろ、話がある。、

居間に来なさい」と




冷静さを取り戻した父親が
少し開けたドアの隙間から呼びかけた














ただいま午前0時半
夜明けはまだまだ 長い。




r.o

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9月17日 晴れ


今日は学校を休んだ。

昼過ぎにずるずると階段を降りると
リビングでお母さんが新聞を読んでいた。

パートを休んだらしい。

うちのせいだ、と思った。

「お風呂、入れてあるよ」

お母さんは、新聞から目を離さずに言った。

うちも「うん」とだけ言って、
お風呂場へ、また、ずるずる行った。

なんでもない、平日の、昼間に、
湯船にゆっくり浸かっていると
とっぷりとぜいたくな気分になった。
歌でもうたいたくなったが
まだ
視界のピントが合っていないし
頭の中がどろんと濁っている。


夕方、
ベッドに寝転がっていると
お父さんが帰って来た音がした。
普段より、はるかに早い。

うちのせいだと思った。

「あきこは?」と言う声が
小さな玄関に響く。

こんなに早く帰って来れるなら
いつもそうしてあげればいいのに、
とも思った。
が、それは、いま、関係ないから
そのことは考えるのをやめた。

階段を登る音が近づいてくる。
男の体重の音。
弟よりも大きな音ではないが
沈んだリズムの重たい足音。


お父さんがすっとドアを開けた。
うちはとっさに寝たふりをした。

「あきこ、具合、大丈夫か?」

うちは、いままで寝ていたかのように
まぶしそうな顔で「うん」と答えた。

お父さんは
「そうか」と言ってドアを静かに閉めた。


やりきれなかった。

それからしばらくして
弟が帰って来た。

なんとなく
下の階がにわかに明るくなったのが
わかった。
2段とばしで登ったり降りたりする
リズミカルな足音。

お風呂の音。
テレビの音。
皿の音。

やっと
うちは解放された気分でいた。
そやな
うちがおらんくても
当たり前みたいに
みんなの毎日は流れていっとう。

「ねえちゃん、めしは?」
「いらーん」

「いらへんてー」と叫びながら
一階に降りていく弟。

普段、鼻につく弟の軽い感じは
実は、この家全体の明るさに
つながっているのかも知れへん。

また弟が上がってくる。
やっぱりうるさいな。

「あとなー、」

「なに」

「おかんがな、夕方
マリちゃんと、ヒトミちゃんと、
西田って男の人から電話きたよって
言っとってって」

ケンジだ。

「西田って誰なん?カレシ?」
にやつきながら聞く弟に
全力でクッションを投げた。

「アホか、先生や」

「ねえちゃんの担任、エモトやろ」

「西田、担任ちゃうし」

「担任じゃない先生から
普通かかってけーへんやろー!
ほんなら、その先生と出来とうってこと?
いやーやるな、ねえちゃん!
放課後に誰もおらへん教室とかで、その」

弟が言い終わらないうちに
ベッドから飛び出して
ドアを蹴って閉め、その衝撃で弟は頭を強打した。

ざまあみろ。

「いってー、ねえちゃん全然元気やん!
仮病や、嘘つきや!暴力おんなや!」

最後の
「暴力おんな」というのが
さすがに中学生っぽくて
ベッドの中で笑った。


それからしばらく眠った。


夜中、
弟が最近出来た彼女に
電話している声で起きた。

何度も何度も
「好きやで」と言っている。

そんなことを言わなければ
弟はつながっていれないような、
眠られないような、
そういうもんなんやろうか。

あほやな。
気色悪い。
けれど
なんかいいな、とも思った。

きっと
明日も、明後日も、
弟は、

「好きやで」

と彼女に言う。

そういう
変わらない毎日が
丁寧にあることが
なんかいいなと思った。

出来る事なら
なんにもない日常がいい。
何も起こらない繰り返しがいい。
うちは、ドラマチックなことは
なんにもいらん。











078-003-0046


「なあサチ、マスターとどうやって知り合ったん?」




四杯めのラムコークを口にしながら
質問したのを最後にアキコの脳は
完全に途切れた。























どこにいるんやろう、


頭が割れるほどいたい
斧で頭をかち割られたほど痛い




地球がグルグル回って
目を開けるたびに気持ちが悪くなる


目を閉じてたらもっと気持ち悪い。




どこにトイレがあるんやろう


私はどこかで横たわっている



どこかのココから
トイレはどうやっていけばいいのだろう



とにかく吐きたかった。



必死で我慢しつつ 口の隙間から
流れ出る酸っぱい液体





ドアらしきものの隙間から
かすかに漏れている光を目指した




暗闇の中を四つん這いで
様々な立体物にぶつかりながら進んでいくと






暗闇の外から
聞いたことのある父親と母親の
罵り合いが聞こえてきた。



聞いたことのある
どっちにも加担せず
癇癪を起しているどちらかを
なだめている弟の声も聞こえてきた。






自宅にいる事にようやく気づいたアキコは
激しい頭痛と吐き気に襲われながらも
妙にホッとした



ホッとしたせいか緊張が一気に途切れ



ドアノブを掴んだ瞬間
アキコの体が爆発を起こし


雄たけびのように部屋中に嘔吐しだした







「大丈夫か?」
「大丈夫なの?」



父親と母親が部屋の明かりをつけ
私を助けに入ってくる映像が
コマ送りでみえてきた


サウンドと映像が一致しない



それがまた気持ち悪い


どちらがアッコを看取るかを
競い合っているようだった 





グルグル 母親は泣いている


グルグル 父親は呆れている





グルグル二人の合間から
汚物にまみれた
アッコを眺め、弟はグルグル顔をそむけている



グルグル グルグル
地球が回っている





「ごめんなさい」
「お父さん、お母さん本当にごめんなさい」


といいながら また嘔吐した。


アキコは何故
こうなったのかの記憶さえもまだ
取り戻せない

だから
謝っている意味すらも分かってなかった









「とりあえずお風呂に入ってきて
 今日は薬飲んで寝なさい。
 
 担任の先生には明日休むこと伝えてるから」
 


と一気に述べたのち

鼻孔を全開にし深呼吸をするグルグル父親





「明日落ち着いてから ゆっくり話ししょーか」



グルグル母親は
映画に出てくる思慮深いイギリス人教師のように囁きながら
パジャマとバスタオルと薬をアキコに手渡した








R.O

078-003-0045


「いらっしゃい。おう、サチぃ、今日は遅いやんけ。」


「マスターごめんなさい。
その代わり、同伴出勤やから。」


「おう、アッコちゃんか。いらっしゃい。」


こないだは、どうも…。

アキコは伏し目がちに言った。


「ええ、ええ。ま、座りぃ。何しますか?」


コーラで。


「マスター、私作るわ。」
サチコは勢い勇んでカウンターの中に潜り込んだ。


「アッコちゃん、もう来うへんかと思たで。あの後のサチコの荒れ様は酷かったな。」

マスターは肘でサチコの肩甲骨辺りを小突いた。

「おちょちょっ、マスター、入れすぎたやん。」


「まぁええがな。」


「はいアッコ。お疲れさん、乾杯。」


サチコはアキコにグラスを手渡すと、それに自分専用のバカルディのロゴ入りグラスをカチリと当てた。


アキコはグラスに顔を近づける。
ピリピリと弾ける泡を鼻先に感じながら、グラスの中のこげ茶色の液体を少し口に含んだ。
優しい炭酸の刺激と、甘いのと酸っぱいのが舌を包み込む。
のどちんこの要求に従い、そいつを一気に飲み込んだ。
喉の奥にシュワシュワの潮が引いて行くと、爽やかな解放感に満たされた。
鼻の奥には、甘い香りがまとわりついた。


なんなん!このコーラ!めっちゃおいしい!


アキコはギュッと目をつむったと思うと今度は見開いて、顔の横に持ち上げたグラスを指さした。


「あんた、コーラのCM出れるわ。めっちゃ美味しそうに飲むなぁ。」


てへ。


「それは、ラム・コークて言うねん。ラム酒のコーラ割り。ちょっと入れすぎたから、ゆっくり飲みや。」


「そぅ、又の名をクーバ・リブレ。」

急にマスターが入って来た。

「キューバ独立を祝って飲んだ酒やね。」
「Viva Cuba Libre!」

叫ぶマスター。

ポカンとする二人。

「オレもラム飲みたなって来たわ。こんな時は、ハバナクラブ・キューバンバレルプルーフや。」

ロックグラスに大きめの氷を入れ、軽く掻き回した後、融けた水を捨て、そこへ青いラベルの瓶からとくとくとくと、琥珀色の酒を注いだ。

サチコはマスターの所作を食い入る様に見つめ、アキコはうっとり眺めていた。
マスターはそれを一口含み、眉間にしわを寄せて、少し間を置いてからゆっくりと息を吐き出した。

「うまいなぁ。こうなったら…。」

グラスを置き、掌を高速で擦り合わせたと思うと、おもむろにカウンターに背を向け、棚の一番下の段に置かれた、光沢のある複雑な木目の箱の蓋を開け、そこから葉巻を一本取り出した。
その顔は終始、にやけていた。


「マスター、ボクもおくれ。」

突然、テノールのような声が響いた。

サチコとアキコは一斉に声のした方向を向いた。
この店の一番奥に当たる、カウンターの端で一際暗い一画に、小柄な中年の男が座っていた。

二人はこの時始めて、この店に自分たちとマスターの三人以外に、人が居た事を知った。

「さっきから、居ったよ。」

奇異の眼差しを向ける二人に、申し訳なさそうにその男は言った。


「マスター、えらい若い子が入ったんやなぁ。お客さんも若いし。」


「そや。青田買い言うやつやね。」


「未成年かいな?ほんで、さっちゃんに、アッコちゃんやんな?」
「ずっと居ったからわかっとう。よろしく。ボク、ハリー。」

男は奥目をパチクリさせて言った。


「ハリー、ほんで何吸うねん?」


「マスターとおんなじヤツでええわ。わからんし。」

「ハリー、ラッキーやな。パルタガスのショートコロナや。カットは?」


「任すわ。」


マスターは手に取った葉巻を隈無く指の腹でさすり、鼻に近づけて、葉巻特有の湿り気を帯びた香りを嗅いだ。
ギロチンカッターで葉巻の丸い方の先端を丁寧に切り落として吸い口を作り、やたらと長いマッチを擦った。

その時
「その葉巻、どこのん?」
ハリーが聞いた。


「オレはキューバ産しか吸わん。」
マスターは言った。


マッチの角度を変え、炎の大きさが一定になったところへ、葉巻の先を炎に近づけた。
次第に焼き栗のようなほのかに甘い薫りが漂い始めた。
均等に火がまわるように炎の中で葉巻を回し、中心のフィラーにまで火が着いたところで、口にくわえ、何度か吹かしながらマッチの火を振り消した。
そしてゆっくりと吸い、だらしなく口を開くと、真っ白な煙がどんよりと広がりながら出てきた。
アキコはそれを見て、マーライオンを連想した。
狭い店の中は、焦げた木やナッツやスパイスや焼きナスの薫りが漂った。

タバコ嫌いのアキコは、家では誰も吸わないという事もあり、自分で吸うのはもちろん、周りで吸われるのも、タバコを吸った直後の人と会話するのも嫌いだった。
タバコの臭いが嫌いでたまらないのだ。
そして、マナーの悪い喫煙者を多く見てきたせいで、タバコを吸う人間の人格も嫌うようになっていた。

それが今、マスターの一連の行動を、なんとなく肯定的に受け止める自分に気付いた。
自分の親よりも十は歳上の老いぼれたオッサンが、少し格好良く見えた。


サチがこのマスターと一緒に居るのは、こういう事なんかなぁと、ぼんやりと考えていた。

そのうち、このマスターが何者なのか、ものすごく興味を駆り立てられる存在になってきた。

サチの事もまだ知らん事ばっかりやのに…。


「アッコ?どうした?」
サチコがカウンター越しにアキコの顔を覗き込んだ。

あぁ、大丈夫。
ただお店の名前、なんで『トゥームストーン(墓石)』ていうんかなって思って。
不意を突かれたアキコにしては、気の利いた質問が出た。


「それはな、オレの実家が高砂で墓石屋やってんねん。…ていうのは冗談でぇ…。」


「ごめん、マスター、わかりにくい。」


「さっちゃんツッコミ鋭いなぁ。」
感心するハリー。


「いやいや、『OK牧場の決斗』ていう西部劇映画が好きでぇ、早い話がその舞台となる街の名前がトゥームストーンやねん。」
「アリゾナ州に実際にある街でな、百年ぐらい前に銀の鉱脈が見つかって、人が一気に集まって、急激に栄えた街やねん。アメリカンドリームそのものやなぁ。
街は活気に溢れ、酒場には絶えずお客が居てて、毎夜大盛況てな感じやな。
そんなんになったらええなぁ思て。
お客がポーカーやってるところへ、お尋ね者が入って来るみたいなの、格好ええやん。」

「でもその街、銀が十年程で掘り尽くされたら、一瞬で衰退して荒れ果てたんやけどな。
そういうところも、なんかものすごええやん。」


「オレ、ここが、神戸の街が好きやから、このトアロードが好きやから、ここで死んでもええなぁ思てんねん。
その時はこの店がオレの墓標っちゅう訳よ。」


「マスター、何を言うん。」
サチコがマスターを睨み付けた。


「冗談やがな。まぁええがな。」
「でも君ら『OK牧場の決斗』知らんやろ。おもろいから見てみぃ。」


「マスター、さすがに女の子にはわからんやろう。」
とハリー。


でもサチ、“オッケー牧場”って単語、なんかかわいいやんなぁ。


「ほんまや。『今日一緒に帰ろうよ』――『オッケー牧場!』とか、使えるよなぁ。」


使って行こうよ。


この日から、この合言葉は二人の女子高生の間で使われ始め、瞬く間に全国へと広まっていった。
しかしその後、某タレントがメディアで乱用するようになり、むしろ巷で聞かれる事は無くなっていった。


アキコは『トゥームストーン』に来て、大人って面白いなぁって思うようになっていた。

サチもハマるのわからんでもないなぁ。
でも、サチとマスター、どうやって知り合ったんやろう。
そんな事を考えながら、アキコは二杯目のラム・コークに舌鼓を打っていた。






K.C.

078-003-0044

97日 曇りのち曇り


夏休み明けて学校が始まって1週間


何か沖縄、ハワイ、バリ行ったとか

旅行自慢大会だらけ



ヒトミらがアキはて聞くから

私も宇宙人にさらわれたてゆうたろうかと思ったけど

変な目でみられるやろうし


どこも行ってないないねん

羨ましそうな目でいいな~てゆったった

じゃあ、嬉しそうに自慢の嵐

アホや



それよりブタシャカが休み明けてから来てない



誰も気にしてないのか

誰もそのことを口にしない

もとから居なかったような雰囲気や

私が休んでも同じようなもんやろうか

いや、サチは気にしてくれるよね

友達やもんな

友達、ともだち、トモダチ・・



今まで生きてきて小学校・中学校・高校て

仲良くなって、色々話して、遊んで

友達やんねて互いに言い合ったきた子は

何人もいる、数え切れないくらいいる



友達なんやろうか、友達てなんなん

悪いとこは触れずに互いに褒めあう関係かな、

羨ましく思ってもらえる人


少なくてもサチとは違うな

ムカついたらその場できっと言い合いになるな()



サチに逢いたくなった

バー・トゥームストーンに一緒にまた行きたい

次はコーラーおかわりしよう






N.F