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9月17日 晴れ


今日は学校を休んだ。

昼過ぎにずるずると階段を降りると
リビングでお母さんが新聞を読んでいた。

パートを休んだらしい。

うちのせいだ、と思った。

「お風呂、入れてあるよ」

お母さんは、新聞から目を離さずに言った。

うちも「うん」とだけ言って、
お風呂場へ、また、ずるずる行った。

なんでもない、平日の、昼間に、
湯船にゆっくり浸かっていると
とっぷりとぜいたくな気分になった。
歌でもうたいたくなったが
まだ
視界のピントが合っていないし
頭の中がどろんと濁っている。


夕方、
ベッドに寝転がっていると
お父さんが帰って来た音がした。
普段より、はるかに早い。

うちのせいだと思った。

「あきこは?」と言う声が
小さな玄関に響く。

こんなに早く帰って来れるなら
いつもそうしてあげればいいのに、
とも思った。
が、それは、いま、関係ないから
そのことは考えるのをやめた。

階段を登る音が近づいてくる。
男の体重の音。
弟よりも大きな音ではないが
沈んだリズムの重たい足音。


お父さんがすっとドアを開けた。
うちはとっさに寝たふりをした。

「あきこ、具合、大丈夫か?」

うちは、いままで寝ていたかのように
まぶしそうな顔で「うん」と答えた。

お父さんは
「そうか」と言ってドアを静かに閉めた。


やりきれなかった。

それからしばらくして
弟が帰って来た。

なんとなく
下の階がにわかに明るくなったのが
わかった。
2段とばしで登ったり降りたりする
リズミカルな足音。

お風呂の音。
テレビの音。
皿の音。

やっと
うちは解放された気分でいた。
そやな
うちがおらんくても
当たり前みたいに
みんなの毎日は流れていっとう。

「ねえちゃん、めしは?」
「いらーん」

「いらへんてー」と叫びながら
一階に降りていく弟。

普段、鼻につく弟の軽い感じは
実は、この家全体の明るさに
つながっているのかも知れへん。

また弟が上がってくる。
やっぱりうるさいな。

「あとなー、」

「なに」

「おかんがな、夕方
マリちゃんと、ヒトミちゃんと、
西田って男の人から電話きたよって
言っとってって」

ケンジだ。

「西田って誰なん?カレシ?」
にやつきながら聞く弟に
全力でクッションを投げた。

「アホか、先生や」

「ねえちゃんの担任、エモトやろ」

「西田、担任ちゃうし」

「担任じゃない先生から
普通かかってけーへんやろー!
ほんなら、その先生と出来とうってこと?
いやーやるな、ねえちゃん!
放課後に誰もおらへん教室とかで、その」

弟が言い終わらないうちに
ベッドから飛び出して
ドアを蹴って閉め、その衝撃で弟は頭を強打した。

ざまあみろ。

「いってー、ねえちゃん全然元気やん!
仮病や、嘘つきや!暴力おんなや!」

最後の
「暴力おんな」というのが
さすがに中学生っぽくて
ベッドの中で笑った。


それからしばらく眠った。


夜中、
弟が最近出来た彼女に
電話している声で起きた。

何度も何度も
「好きやで」と言っている。

そんなことを言わなければ
弟はつながっていれないような、
眠られないような、
そういうもんなんやろうか。

あほやな。
気色悪い。
けれど
なんかいいな、とも思った。

きっと
明日も、明後日も、
弟は、

「好きやで」

と彼女に言う。

そういう
変わらない毎日が
丁寧にあることが
なんかいいなと思った。

出来る事なら
なんにもない日常がいい。
何も起こらない繰り返しがいい。
うちは、ドラマチックなことは
なんにもいらん。