去る2/14は、朝バイトの日だった


この後、副業先の地区の氏神さまに参拝
節分後初に伺い
今までのおみくじを結び、新たに引くつもりでいた


1月には見かけなかった能登半島支援金の賽銭箱が設置されており
賽銭とは別に納めたところ、
たまたま神主さんが通りがかって
署名してくれたら毎朝のお勤めで祝詞あげておくよ(超意訳)
と、言ってくださった

神主さんとは今までほぼ遭遇した事なんてない
今日はなんてラッキーなんだろうと思った








昇天















そして

その日の晩

実父が急死したのである












ヒートショックにより
風呂場で意識を失ったまま
溺れていた







普段は20分程度で母が風呂場の父に声を掛ける
いつもは、うるせえぞ!!などと怒鳴り返されるのが常である
それでも毎回声掛けを欠かさなかった

しかし、その日に限って夕飯の準備等で
30分放置してしまったのである

流石に声を掛けなくてはと見に行ったら
うつ伏せで沈んでいた

急いで救急に電話をし
風呂から引揚げろと言われるも
母の力で引っ張り上げることは不可能である
仰向けにするのが精一杯だったと語った





その後のことは

深夜10時をすぎてから
父が死んだと私に電話を掛けてきた

死亡診断がされ
大学病院(の救急)とズブズブの葬儀屋が
遺体をさっさと運び出した後だった




義父の時は 


市民病院で死亡診断をされた後

近所の葬儀屋リストを看護師さんが見せてくれて
連絡取るから選んでという流れであった
(主人と義姉が直接やっているので話に聞いただけだが)







昇天



不幸ビジネスというのは
確かに存在する

上手く誘導され
餌食になってしまった

告別式ではずっと父の名前を間違えたまま
司会者がベラベラと喋っていた
抑揚があるアナウンスで
尚更白々しい

名前も知らない奴に
父の何が分かると言うのだ

赤の他人に演技がかったトークをされても
全く以て入ってこないのである

まさか、ダウンタウンの笑ってはいけない葬式なのか?
これがドッキリで、父が死んだのは嘘なのではないかと
少しだけ期待した自分がいた







昇天





どうにかして
この負のサイクルから
抜け出したい

この機に乗じて
我が家を狙う輩がまだいるはずだ

四十九日の法事や初盆も
法外な値段を吹っ掛けて
狙われる可能性がある
仏壇を買うのも危ない


幸いにして
親戚がお世話になっているお寺で
良心的価格で永代供養をして貰える事になった
今流行りの樹木葬である







父の命日となったこの日、午前中に引いたおみくじ


これといって
父の死を暗示するようなものは読み取れない



もう私も若くないから
数々の災害を免れることはないだろう


と、いうことぐらいか


とうとうその時が来たなといった感じである











葬儀場から火葬場までのマイクロバスが勝手にキャンセルされていたり
受付が誰もおらず、やむを得ず義務教育中の我が子にさせることになったり
仕出しの弁当がランク上にされていたり
火葬場の予約が取れないと言われ
一番遅く焼くことになったり

多分安いプランに下げた腹いせに
葬祭プランナーにやられたのだと思われる


告別式中ずっと父の名を間違って連呼されたのは
葬祭プランナーのせいではないと思うが



最短だと平日にしか出来ないため
父の兄弟は誰も告別式に来なかった
(通夜には来たが)
父には惨めな思いをさせたと思う

火葬場は他の大きな団体でひしめき合っていた
ぐるりと見渡したが
恐らく我が家が一番みすぼらしかった


父方の祖母の葬式で
20年近く前に買った
7号のブラックフォーマルは
相変わらずキツキツで
喪服をピチピチに着る奴はいない
一番みすぼらしいのは、紛れもなく私だった






母は殆ど何もせず、父への愚痴だけを募らせていた
私と主人と子供であらかた切り盛りした
葬儀屋だけでなくお寺への交渉も私がした

足元を見られるのは承知の上
愛嬌で殴り込みに行く心意気




昨年の義父の時の経験があってこそ
いい意味で慣れていた

ただもっと葬儀屋との交渉の余地があったのではないかと
それだけ後悔している






お父さん
お疲れ様でした
帰りの切符はもう渡された?
あと1ヶ月ちょい
この世を楽しんでね