その後、3週間ほどで退院し、
会社にも出たり、
ゴルフも行ったりしていたけれど、
抗がん剤を服用すると、
ひどい吐き気と倦怠感で、だんだん弱っていった。
その頃、
私は、父の代わりに会社に出て、
外交的なことから、
単価を決めること、
給料支払い、
税理士さんと打ち合わせなどの
いろいろな業務をこなしていました。
親会社や、
下請けや、
父の親族や友人たちには、
父の病状は伏せていたので、
それが一番しんどかった。
後に、親せきからは、
「嘘つき」呼ばわりされたのは
きつかった。
そんな大変な間にも、
自分の父親の自殺を見つけて
心を病んでいた従業員の一人が暴れ始め、
その人にも病院を紹介したりということもありました。