「私達は今一緒に現代(令和)住んでいて、昔(古代)の時代の方が良かった。」私はこの様なことを言っていない。
私はこの様に云う。時代は「ときしろ(ときの知らせ)」であり、私達は同じ時代に住んでいない。歴史(字、文化物)はパシャン(沈殿物)
あなた方は弥生から平成までの各々の時代に個別に住んでいる。その個別性は連環(ヴァルナ)である。あなた方は義と命で古に至る。「生」とは、古に向かうことである。
正しいこととは、億(周辺、エロヒーム)が、明治(万)に登ろうとする働きは、全て自立系(我、回る)に由縁していると知ること。弥生から連環で明治に至る。あなたはそれを不思議に思う。
智恵(切る)は、億がエロヒームであると知ること。周辺は外縁であり、見聞きである。(だから周辺を追いかけたら人生が終わって行く。智恵の象徴はいつも刀を持っている。)
内縁(労働連環)を無視して、外縁(億)の所有にて、アイドル(仮初の個人)(外のキラキラした脱出口)に憧れたらば成長(脱出)しない。個人は内縁の最も上に存在する。一義である。あなた方の認識の将来とは十干。十二支である。
(形の沈殿化は明治迄しか現存していない。例えば、最高齢の方でも明治生まれ。その語る歴史は万である。)私達が最初に知り合ったのは、りょうしんである。それは万である。通り道。
一切は、天(一、大)から地(明治)に流れる。一から木は流れ、四に入らせ、万を形成する。森羅万象である。
まず初めに混沌がある。江戸である。あなたは義によりて、江戸に入り、一から流れる二(北)が、安土桃山時代に入るなら、その下位連環は江戸に入る。そこでは、何もかも中央値より高くなる。(分かり易くは女、金(給与や、周囲の価格)が高くなる。)あなた方は、私と会話することは出来ない。私は嘘をつくことになる。私が疲れるとき、あなたの「食事」は次となる。あなた方が十を仕えるのであれば、私は島を引き上げることが出来る。
仁とは、人は二人に思いやる。(汝らにとって艮。)
義とは、最上の我から離れない。
礼とは、億(エロヒーム)を敬う。
智とは、外(億)を切る。
信とは、四は古へ向かう九である。叩かう。
ニルヴァーナというのは、ヴァルナ(線形の身体連環)は、義に依らば、二が流れること。それは義の下で結婚が認められ、北が出る。
二の最初はある夫婦(アダムとイヴ)(イザナギ、イザナミ)である。最初の夫(男)の苦しみの達成にて、ツクヨミ(智恵連環)と、スサノオ(叩き連環)の流れ、アマテラス(女性連環)の流れが形成されている。あなた方の縁がこれ以外で形成されることは起こり得ない。
あなたが内縁を知る前の時間、血液(万年)の時間という過渡期でさえ、パパママという2人の夫婦から始まるのだ。
天(一から大に至る)は、輪廻(回る)(舞う)の中にある存在であり、仏は輪廻を超えた存在である。したがって、仏は天より上位にあるが、天を否定はしない。私が時に臨むとき、その分、あなた方は飢えている。
一(仏)から天界である。仏は舞っているものの上にある。キリストは水の上を歩いていた。
万年の時間に生きる者は知識が広がっている。分かるから膨らんでいる。智恵(切る)にて、徳である。知るのである。徳(十(義)の四(叩く、実行)の心)それ以外の全ては脆くも崩れ去る。(いわゆる個人主義者、個別である自分が個人それ自体だと勘違いする者がモテようと試みる際、対象の個別の女に対して義を投げるが、それは必ず朽ちる様になっている。物の理とは、義ありて女あり。)
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あなたの内縁の周囲を見渡せば証拠である。自分を億の中の一個人だと思い、上も下も億の中の一個人だと思って生きて来た人物。万(血液)を上位概念においている義と仁のない人物は必ず人生は上手く行かない。
上も下も残っていない。智恵(切る)がないので、自信がない。日(ヒ)が立てられていないので、音(アクセント)が不自然。個別具体的な対象物を凝視して何も見れない。子(北)がおらず児童が光になり易い。悩む権利がない状態で悩む。これらは義を軽んじて、エゴを膨らました結果(億はエロヒームではなく実った体だと錯覚した結果)である。彼らは必ず社会の懲罰を受けて、老衰によって万年まで登る。だから初めから智恵(切る)を知るべし。万には与えるべきである。決して守ってもらうべきではない。
東を知らぬ振りをした者がどうなるか。それは私が教えるのではない。彼らがあなたに教える。彼らの朽ち方を見よ。いずれ誰かが分かり易い形で教える。
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私が悟り(五を知る)より以前は、日と月、以外の全てを掌握している実感で長らく滞留したが、ぶち抜いた。抽象性ははっきりとした具体性に伴う。その日は令和七年の九月十日。太陽暦は説明として完璧なのである。(月暦で七月十九日。)その日まで妻がずっと上だった。全てを形成していた。
地は、形なく、虚しく、闇が深淵の面にあり、神の霊は水の面を動いていた。
神は言われた。水の間に大空を造り、水と水を分けよ。
水は一つの所に集まり、乾いた所が現れた。それを地と名づけられた。
天に光るものが置かれた。
水は生き物を群がらせ、空には鳥が飛んだ。
地は獣を生じ、そして神は言われた。我々のかたちに、人を造ろう。神は第七の日に休まれた。
この世は血液にあらず、縁である。縁はアルゴリズム(十)、血液はプログラム(万)である。
無理矢理エゴを働かさない限り人間は懲罰と老衰によって万が保証されている。この世は苦である。あなた方は義を持ち、命の木を食べることが出来る。命令とは、道のりは残った酷だが、あなたにとって冷たくないのだ。あなたは生きることが出来る。
何度でも言おう。日本史の◯◯時代など、残っている言い方、書き方は全て沈殿物である。言(生きられた論)の沈殿物が歴史であるということ。(字は誰も作っていない。)
私から臨時タスクが発するとき、行うとき、私は高徳をつくってしまう。あなた方は、私に時に臨ませてるならば儲からない。あなたは城下町(江戸、梅田)を越えない。
地とは明治、大正、昭和、平成、令和であり、上空に江戸がある。江戸は既に空(名を呼ばれている存在)である。(大企業というのは太古の生産の放射として今昭和である。だから給料が少なく(多量の人が敷かれて)何千億円が回る。切らない者はそこへ向かう。あれは江戸ではない。地の昭和。)
(明治とはニュートンの時間である。(パパママの時間。)ニュートン(個人)の出生時期を見るのではなくニュートンの理論の日本への伝来期を見る。(名の働き)文語に訳す(文字を形にする)も明治期から。万年の論理も明治から。)
最初に混沌(江戸)ありき。「生」が字として貼り付いて、1クリックせずに残ったものをそのまま見よ。
