物の法を知らねば、現場は立てられることなし。


色法とは、信仰と、過去の縁への応答に所以して統べられている秩序構造の率であり、統べられている者は、経済を知り、一日を立て、友人を知り、物事を立てる。(外界の諸関係と、頭(知性)、胸(情感)、腹(意志))


縁への応答とは、苦しみ(義と仁)である。


色法の流れを敢えて理屈で組むならば、リーマンからカントールへ流れて、ポアンカレの様だ。


リーマン予想注釈。(Wikipedia参照)

表面的無秩序の中は内的秩序構造であり、存在発生の優位性は実数よりも虚数(回転元)である。(可視の背後にある不可視な力の優位性)複素数とは諸関係全体、虚数とは信仰態度。実数とは目の前、素数とは数の世界の粒子。

リーマン予想は、世界の構造(素数の配列)は、虚の次元で秩序を保っているという思想であり、目に見えぬものが構造を貫いており、宇宙が虚の一点によって整列しているという仮説。(素数の分布として、零点が一直線上に並ぶ関数がリーマンゼータ関数。)(尚、虚数と実数の統合体が複素数であり、素数は自然数論上の統合要素。)


「果としての世界構造は、縁に応答する業が因」であるとする仏の教えに、リーマンの多様体(空間の生成)やカントールの階層的無限(数の生成)は強く共鳴出来ている。要するに質素性の一点の嘘や、目の前の生産が、複素平面として無限に分岐し得るということ。可視化されている素数の並びは不規則ではない。自然数は存在していない。


集合論の濃度(Wikipedia参照。)

アレフ階層(集まりの濃度ℵ₀, ℵ₁, ℵ₂…)は構造(集まり)の多層的深度。無限とは数が限りなく続くことではなく、階層的に生成される存在論的位相差。「自己なるもの」はそのような生成として現れる。


ポアンカレ予想注釈(Wikipedia参照)

空間とは断絶のない関係であり、端も穴もない空間は、三次元球面と同じである事の証明。(ポアンカレの「閉じている」という表現は、空間が閉じているという意味ではなく、端が無い場合の円や、周る等の意。)


信とは、最初である。最後は想受滅である。故に正見、正思惟。(虚数が自分のなりたいイメージ、実数が自分のやりたいことになってゆくと終わってゆく。)

未来(老死)に進みあらず、縁(中今)に将来あり。


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