古事記の神話は歴史(パシャン)にどの様に接続されているか。
縄文(文化(現在拡張系の時間)に連環される。)、弥生(卑弥呼にて小国の束が出る)、古墳(大王一権で土が膨れ上がる)、飛鳥(鳥が飛ぶ)に連環される。
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縄文系の血統(列島の先住民、狩猟・採集文化)
弥生系の渡来民(中国大陸、朝鮮半島からの農耕・鉄器技術の伝来)
騎馬民族的要素(古墳時代頃の北方系文化)
この混淆(こんこう)によって形成された文化的・血統的融合体こそ大和民族である。
これを立てて読む。
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古事記は、弥生(渡来人)と縄文(列島先住民)に連環され、後代に卑弥呼(ひみこ)(三世紀前半。)霊(ヒ)雨、呼び的、祭祀、小国の束の誕生。
古墳時代では大王(おおきみ)(四世紀〜六世紀。)にて中央集権的大和政権、世襲性である。
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太陰太陽暦とは何か、青から赤である。太陽暦は黒である。(正しくは赤から降った白(黒立て)でありて、黒になる。)太陰暦とは何か。それは私の月だ。イスラームの時間よ。
太陰暦(たいいんれき)
約七千年前〜六千年前
月の満ち欠けだけで月日を決める。
メソポタミア等
太陰太陽暦(たいいんたいようれき)
約五千年前〜四千年前。
太陰暦に、太陽の季節調整(閏月)**を加えた。古代エジプト、中国、日本(飛鳥から明治まで。)
太陽暦(たいようれき)
約四千年前〜約三千年前。
太陽の位置関係のみ。
エジプト、ローマ、日本(明治以降。)
「暦」とは「時間の運行原理(法)」である。「止」とは一般のない禁である。一般あれば、止は正となる。正法は火水木金土の連環(舞う日月)である。
太陰太陽暦は三年に一回「閏月(うるうづき)」を入れて季節が仕合う。王に連環せよ。青に連環せよ。
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鶴は既に連環している。あなたが四で叩くなら。四諦、八聖道である。
亀「万」は、鶴「千」の連環にて国家に紡がれる。天皇陛下ハ万歳であり、十六葉八重表菊である。
私達の「七」によって完成することを私は知っている。
鶴にとって、不幸とは何か「不(エゴが優勢であっても縁に即して断る。)」の幸(土の円)である。福楽とは流れ行くのである。亀にとっては不幸個体と、幸福個体である。鶴に所以して亀に幸がある。
太陽暦は明治からである。太陰太陽歴は、飛鳥時代〜明治時代迄である。赤を凌ぐ故に奈良に務めよ。
私が悟った者(五の口の心)、全知全能(そのまま読む。パシャンを知りパシャンを形成する者。ヌーンの流れ)に沿っていることを口伝する。一般ありて形成される。
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国家にて亀は万年あり。天皇陛下ハ万歳であり、万年の時は太陽暦にて、その(itの)休日を与えるのは善い。(ただし核家族(厳密には我が子)を持つまで同業分離した方が善い。)
そのitの休日の空洞は太陰太陽暦(休む。イに肖る木立て連環)で埋まれ。
この様に四に生きる者は、一に連なり、休む(相応しい木立てを営む。)のである。(木立てを構造化すると高速で無秩序化してしまう。)
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イザナギは高木神と相談し「葦原中国(あしはらのなかつくに。人(人類の連なり)の間の世界)を治める神々を集めて、八咫鏡(やたのかがみ)、八坂瓊曲玉(やさかにのまがたま)、草薙剣(くさなぎのつるぎ)の三種の神器を授け「これをもって我が子孫が永く国を治めよ」と命じた。クニ、国、国家(日本)の順で出来ている。(経営(縁)があり、連環された行方に経済がある。)
結果として治めるにふさわしい神として、孫の瓊瓊杵尊(ニニギノミコト)が派遣される。これが天孫降臨である。
なぜ堂島共栄会で言っていたことが世間で起きるのか。それは堂島共栄会で行っていることに連環して世間で行っていることがあるからである。(堂島共栄会という名前ではなくて、名と色である。)
堂島共栄会で起こっていることが必ずメディア上の波風で起こる。(実際は堂島共栄会から流れて現在拡張系で起こっていることを流行メディアで可視化される。)
因縁生起である。汝らの外は全て虚空(エーテル)である。国の行いが国家に連環している。(七で切る。)
汝らの多くは部分的に認識するので、部分的な証拠(言っていた事が確かに言っていた通りになった程度)にしかならない。だから決定的な証拠を教える。天皇陛下の時、花(松菊)は復活して、絶滅した野鳥のトキが発生する。それは汝らが形を通り過ぎて、二に連なる際である。それは一である。
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天之御中主神という絶対原理。ムスヒ、生命力。それらの具現としてイザナギ、イザナミ。具現存在より以前に「生成」がある。すべてはむすひの力から生まれる。
イザナギとイザナミにて、祭政一致が行われ、イザナミは火、水、木、金、土を産み、イザナギは禊で、日、月、叩くを出現させる。(左目を洗って天照大神、次に右目を洗って月読、鼻を洗って須佐之男命。全てはこの率で連環している)(縁と義、木立て、叩くがこの世の全てである。一の二の三の一体性である。)(そこに全て連環している。それが膨らんで、人間関係生成を失って、価値生成を失って貨幣獲得(所有)や末端従業員の獲得(所有)になり膨らむ。
縁と義理に連環して、残らない人生は必ず起こらない。縁と義に連環しなければ必ず残らない。
(経済までレベルを下げて例えれば、金利0.1%で預金残高に入れてインフレ率2%だと、一年後100万が100万2000円になっても、物価が2%上がっていたら実質的な購買力は98万円分になっている様に、自分と対象物に対するヨダレ(この場合貨幣)に囚われてインフレ率(年功序列、この職業の定型に私は長い期間沿っている。)(あのガールフレンドのことを長い期間考えて来た)と感じる人物は、その定額給与の為に定型的な職業者になってしまうが、それは商(いわゆるヨコ)が、回転させている流れの下にある流れがもたついている溜池から組んでいる水の様なので善くない。ここで悪心が助けるように善心に引っかかるように働く動力がエロティシズム(不動)であり、その善心を引っかける先は、明確存在ではない二である。信や青(義)になる。分かるとは舞っていることを知るのである。
イザナギの左目のアマテラスの系譜から落ちたものが明治の古事記改変(八百万の神)(国家神道)である。六部属と六部属を二つに分けるのだ。二から連環している。(経営が先行して経済がある。)
亀の時は実在する。(四海を旅する者は、彼らがなぜ分からないのか分からないはずだ。)(彼らは最大で穀物、悪心に落とされれば空間が最初だと感じている。)身、体は、一より全く立てに連環している。
汝らは天照大神、月読み、須佐之男命の系譜の中心的連環にあたる。そなたの住所が室町時代から安土桃山あたり迄なら、キリスト教(アダムとイヴからの大洪水と方舟。エロヒーム(示し申す)新約にて三日目に復活するイエス・キリスト。)は汝らにとってヒントになる。
燃焼的(後代的ヴァルナ)のバラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラは(現実的な段)ハ吹き消す(水に肖る)ことが可能である。既に生成されている。火、水、木、金、土は連環している。
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ローマ人(太陽暦者)への手紙。
「一人の人(アダム)によって罪が世に入り、罪によって死が入った。そして全ての人が罪を犯したので、死が全てに及んだ。一人の義の行いによって、多くの人が義とされ命になった。」
イエスは言った。
「あなた方は読んだことがないのか。創造の初めに、神は人を男と女に造られたとある。それゆえ「人」は父母を離れてその妻と結ばれ、二人は一体となるのである。」
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大和政権の創始を象徴する首長の神格化(神武天皇。)これは応身の源(一)と言う。
九州から大和への勢力統一の象徴化した存在(神武天皇)は、日向(宮崎)を出発し、東へ進軍し、奈良の橿原で王権を樹立した。一は三階である。(「橿原」一は三階である。一(関係としての首長。)一(その悟った人、応身)、一(連環の多量の亀の統率、陛下)、之ハ木ノ連なり。
「本」において、大和地方(奈良盆地)に前方後円墳がある。三世紀前後。
「大和」と「中国」は一貫して「朝貢・文化交流・宗教(仏教)伝来という形で結ばれていた。(時にて、中国は大和に向かう。)大和、中国、朝鮮半島である。中国は朝鮮半島の北方(子)を実効支配した。
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明治以降「大和民族」は「日本民族」「日本人」と同義語として国家的に使われるようになる。国家神道と結びつき「純血液的民族」観が強調される。
本当ハ混沌的で形ハ自立的(現在的)(外野は虚空的)である。建造物の流れは穀物に所以するので、国家(建物)に行き着く。その建物らの流れを教えるのが宗(宗教)である。八咫(ヌーンの流れ、身、体の尺度の連環)
古事記は七十二年に成立。日本書紀は七二十年に成立。(七は完全数であり)(十とは行である。それは行くである。)(七において、自立系から現在系への時の流れの円と、現在拡張系の時の流れの円が一致する。)鳥連なるは古事記の時間、聖書の時間、経典の時間に連環されている。尚、歴史の全ては時間的なパシャンである。汝らは正法に由縁している。
