小夜時雨 ③ | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



祭事を行うわけではない
ただ光を放つ穴を貴女はじっと見ていた

「行ってきますか?」

俺は思わず聞いちまった
言ったのは俺自身なのにすぐに後悔をした
薮蛇って言葉もあるだろうに

「行かないわ、又戻って来れるって保証がないもの」
「保証があるとしたらどうしますか」

何を言っているのだ俺は
寝た子も起こしちまうぜ
冬の空は変わりやすいみるみる間に曇ってきた
風も強くなってくる
この風は天門という穴から吹き出しているのか吸い込んでいるのか

「ねぇ、一緒にくる?」
「柵のない生き方をしたいと思っておりました」

俺は何者にも囚われず、あるがままに生きたいと思っていた
其れが自らの命と引き換えになったとしてもだ
しかし今は違う

「貴女と出会い俺は変わった」
「戸惑ったでしょ、私に」
「えぇ大層。難儀なお方なので」

思い出すみたいにクスッと笑ったの
最初に出会った時はこんな顔をする人だって思わなかったわ
私は手を伸ばしてあの人の手を握った
節くれだった指はゴツゴツしてて指を絡めると抜けだせない

「じゃ、儀式をするわよ」
「何をするのですか」
「見てて」

包みからあの冊子を取り出し透明は袋に入れる
貴女は一度その冊子を胸に抱きしめた後、俺に手渡した

「思いっきりこれをあの穴に投げこんで」
「イムジャ、いいのですか」
「いいの。絶対届くように強くよ、手加減したら届かない」

俺は剣を貴女に渡し、冊子を右手に持ち直し力の限り投げ込んだ
天門は投げ入れられた冊子を飲みこんだあと徐々に光が細くなった
最後の一筋が消える頃には雨がまた降り出した

「終わったわ、隊長」
「俺が貴女を守ります」





俺の外套を広げ雨避けにしつつあの時泊まった宿に向かった
宿主は代わり、内装も全く違う
しかしあの日貴女が看病してくれた部屋は同じであった

「あんな事があったのによく建っていたわよね」
「俺も驚きました」

王様と王妃様をこの国に迎えた日も雨が降っていた
馬に揺られ、ずぶ濡れになりこの宿に着いた
あれが一年前だと言うのだから不思議なものだ

「お腹がすいたわ、ヨボ」
「そうですね、待ってください。今なんと?」
「ヨボ、お腹がすいたって言ったのよ」

あの人の口元がゆるみ、なだらかな弧を描く
照れ臭そうで、でも満足そうな顔だわ
ここでと私は決めていたのよ
はじまりの場所でもう一度最初からはじめるの

「あの屋敷で住むの私諦めてないわよ」
「イムジャ、何度も言ったが」
「貴方が休みの日に二人で行くのはどう?」

俺の鼻先を人差し指でチョンと触れる
駄々を捏ねる子どもを言い包めるみたいだ

「俺の休みなどそうそう」
「二人っきりで過ごせるわ」

甘い囁きだ、貴女と二人で誰憚ることなく過ごせる
こんな交換条件を出され否と言う男がいるものか

「休みます」
「よくできました」

鼻先に触れ離れていった指は貴女の口元にあった
その指が俺の顎に触れ、あの方の顔がゆっくりと近づいてくる
俺は目を閉じた
貴女の膝が俺の足の間に突かれ、体を重ねてきた
俺は倒れぬように貴女の腰を手で支えた

「ナイス、ジョブ」

唇が離れ、頬と頬が触れ、貴女の唇が俺の耳に触れた時
貴女は囁いたのだ

「どういう意味ですか」
「この腕は良い仕事をしているって言ったのよ」

貴女は腰を掴んでいる俺の両手を右手で撫ぜた
このまま倒してしまおうか

「ヨボ、戦の前に腹ごしらえを」
「なんと無粋な」
「お腹が鳴ったら恥ずかしいじゃない」

一筋縄ではいかない女だ
たった一つのくちづけで俺を本気にしちまうのに
次の瞬間には色気も何もないことを言ってのける

「酒を呑みますか、イムジャ」
「もちろん、ヨボ」

倒れかかった俺をあの方は手で引っ張りあげ微笑む
今宵は雨音も聞こえない夜になりそうだ