女の唇 <Second story ⑪> | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



繊細な刺繍の施された布で顔の大半を隠している
その布はとても薄く顔の輪郭ははっきりと分かるくらいだ
しかし色とりどりの絹糸で描かれた花々と蝶により
鼻の形、くちびるの色は分かりはしない

「美人なのでしょうね、将軍」
「そうだな(童顔ではあるが)」
「見たのですか」

ジュノは驚き椅子から立ち上がった
そのように驚く事もないだろう
俺は食い終わった器に入れた匙を縁に沿って指先で回した
さっきの虎騒ぎでどうも気が晴やしない

「気になるのか」
「其れは、誰にも見せてないと思っていたので」
「大体な何処の貴族の娘であっても顔は見せないものだ」

俺はポンと匙を器にもう一度放り込んだ
今戦がないからこんな事で騒ぎになるのだ
有り難くもあるが、迷惑でもある

「もう将軍夕餉を食べ終わったでしょうか」
「お前は口を開けばいちいち将軍将軍とうるさいぞ」

放り投げた匙を指で摘みジュノの額に目掛けてペッチと叩いた
幾分気が晴れるというものだ

「痛いですよ、隊長。それよりそろそろ来るのでは?」
「そうだな、ドンソク。ドンソクは何処だ」

アイツもさっきの出来事でさぞ落ち込んでいるだろう
ちょっとした悪戯だったが、酷いしっぺ返しにあったのだ

「隊長、なんでしょう。そろそろ娘が迎えにくるので」
「其れが言いたかっただけだ」

当のドンソクはケロッとし卓に肘をついて食堂の入口を見ていた
夕方になるとドンソクの娘が兵営にまで迎えにくる
ドンソクは決して入口で待つこともなく卓に肘をつき待つのだ
しかし足はそわそわと所在無さげだ
呼ばれたら即立ち上がり「仕方ねぇな、娘が迎えにきたから帰る」と大声で皆に聞こえるように言うのさ

「父さん」

木綿の薄い桃色をしたチマの少女が廊下からひょっこりと顔を出した
細くて長い髪を一纏めにした同じ色の布が重そうに見える
ーあの将軍がしているような絹の髪紐を買ってやりてぇなー
きっと似合うだろう

「あら、お父さんって誰?」
「だれ?」
「ユオンニって呼んで」

飯の入っていた器を返しに将軍はやってきたようだった
ドンソクの娘の頭をひと撫ぜして食堂の中を見渡す
「俺の娘だ」声をあげたドンソクの顔を見て
「お父さんに似なくて良かったわね、可愛い」
白く綺麗に切り揃えられた爪の手で小さな手を掴んだ
「ご飯は?まだ?」
「お父さんと家で」
「ここで食べて行けばいいのに」
ドンソクと言えば虎に食われそうになったのがまだ尾を引いているのか
立ったり座ったりするばかりで、娘を連れて出て行く気配はない
「ドンソクさんは、食べたの?」
「俺ですが・・・まだ」
「帰って作るの面倒でしょ、食べて帰ればいい。湯だって使って帰ればいいのよ」
郷兵は、兵営の外に家がある者もいる
その分禄は貰っているから余程の事がない限り飯は食わない
「ねぇー美味しかったわよ、えっと名前は?」
「わたし?えっと」
ドンソクの娘はちらりとドンソクの顔を見て言っていいかと聞いた
「いいぞ、この方は」
「黙っていて、ユオンニでいいの。子どもに位は関係ないから」
ドンソクの娘の髪紐を解いて自分がしていた絹の髪紐を結んだ
「あら可愛い、私の父様は女の子は可愛くあって欲しいって」
嘘だろ、そのように育てられて・・・虎を出すのか
「きれい」
「この刺繍はね、私の大事なオンニがしてくれたの(王妃様だけど)」
髪紐にも花と蝶の紋様が刺繍されていた
「ありがとうございます」
「ドンソクさん、お礼など必要はないの」
貴女はドンソクの娘の前でドンソクにとても丁寧に話をされる
将軍の器ってヤツを持っているのだな

「で、名前は?」
「ルビ」
「えっ?」

ドンソクはちょっと照れた顔で

「実は恐れ多いですが、チェ将軍のお嬢様と同じ名前にしました」
「どうしてなの?」
「一度一緒に戦に行った事があり、いや勇敢で憧れちまって」
「勇敢だわ(母様の前では違うけど)」
「娘ができた時に名前はルビと決めてました」

どうしてだろうユ将軍は照れ臭そうにクスリと声に出して笑った
「娘が産まれた時じゃないのね」
「あぁ其れは」
「さぁ飯を食って湯に入ってから帰れよ、ドンソク」
俺はドンソクとユ将軍の話を遮った
小さなルビには聞かせたくない話だ
あの子は戦場でドンソクが拾った赤ん坊だった
置いていけと言うのにあの顔で涙を浮かべてこう言った
「兵営で育てられないなら、出る。だから」
戦でその都度赤子を拾っていたら何人に子持ちになるんだ

「それでも見捨てられない命だ。俺はあやめるだけの人生だった」

娘の口に匙で飯を運ぶ姿は、本当の父親だ
好きな将軍の娘の名前をつけたのは、一生護る為

「健気な男でしょう、ドンソクってヤツは」
「悪くはない。面子と対面は違うわ」
「ユ将軍」
「対面は整えればいいのよ。面子は見栄だわ、ドンソクには見栄がないもの」

貴女は見かけによらず何処までも男の世界を知っていた

「あの子、ルビ。幾つ?」
「五つになります」
「いつか私が欲しいって言ったらドンソク怒るわよね」

綺麗な目をしている
同じ名前の小さなルビ
父様が聞いたらなんて言うかしら

「勇ましい女になりそうだ」





女は強くないと生き抜けないそう言いながら
王妃様は私にいつかあの剣をあげると仰った
五爪の皇双龍剣、公主を守る女将軍の剣