男の唇 ⑪ | 明鏡 ーもうひとつの信義ー

明鏡 ーもうひとつの信義ー

韓国ドラマ『信義ーシンイー』二次小説



あの日俺達はまた一つ決断をした
「こうなる事はもう何年も前から分かっていたじゃない」
「そうですね」
しかし時など瞬きほどの瞬間の繋がりでしかなかった

「私はね、賛成しております」

王様の脇に立ち涼しい顔で微笑むイ・ジェ
「本人の意志など関係などない」
この言葉さえなければ俺も「否」と言わぬ
「貴方という奴は」
「その言葉聞き捨てなりませんよ、将軍」
「ならこの話は無かった事にして欲しい」
俺は執務室の扉を強引に開けかけた
「何方にせよ、貰われていくのは目に見えている」
俺の足は一歩も踏み出せなくなった
「はぁ・・・」
振り返った先にあったイ・ジェの顔は
俺が想像していたものではなかった
「アイツが気がつくより先に貴方の娘が気がつくでしょう」
「どういう意味ですか、大臣」
「男の成長より女の成長の方が早いと言うことです」
ならばどうして今決めないないのだ
そうすれば俺の娘は、普通の生き方を選べると言うのに

「チェ・ヨン。それでは意味がないのだ」

王様の声が鎮まりかえった部屋に響く
分かっている、分かっているさ
選ばれるより選ぶ方にならねばなど
王宮を後にし屋敷とする小さな庵へと俺は歩いた
両脇にある竹林から風が吹き霧のような雨が降り出した
濡れるというわけでもない
衣の表面に付いた雨は振り払えばどうって事ない

「選ぶか」

俺は呟き立ち止まり天を見上げた
細く長い竹の先が風でゆらゆら揺れ
隙間から見える夜の空は暗く曇っていた





俺があの方の部屋に頻繁に行っている事など
瞬く間に王宮中に知れ渡った
「馬鹿者」
叔母上はそう言ったが笑っていた
「おめでとうございます」
チュンソク達は、照れ臭そうに俺に真新しい夜着を手渡し
「もう兵営には戻らないでください」
などと言い全員で俺の背を押して追い出した

「そうと決まったわけではなく・・・」
「そうと決まらなくとも居座ってください」

しかし誰もいつ婚姻をするのかとは聞かなかった
夜着の納められた小包を手にあの方の部屋に向かう
「すみませぬ、俺です」
「ちょっと待って」
扉の中でガタガタと音がしあの方が慌てて出てくるのが分かった
「どうしたの?」
肌着の上に羽織った上衣が今にも落ちそうだ
「そんな格好で、この季節は宵はまだ冷えます」
「ありがとう、でもどうしたの?いつもなら勝手に入ってくるのに」
「少々訳ありで」
俺は手にした包をあの方に見せた
「なにそれ」
「俺の夜着だそうです、チュンソク達に兵営から追い出されました」
「え」
数日前はこの扉を挟み俺達はお互いの気配を探り合った
今は扉を開けお互いの気持ちを感じ合う

「いいわよ、べつに」
「簡単ですね」
「ちょっ、簡単な女じゃないわよ」

俺が手にしていた包を強引に奪い取り俺の手を引いた
部屋の中は蝋燭の明かりのせいか、ほんのり温かい

「モドレナイワヨ」

俺の包みを持った貴女は俺に背を向けたまま言った
「チュンソク達に追い出されたのではない」
そうだ俺はそんな事で決断をする男じゃない
「俺が決めたのです」
体面など気にしていてはたった一度しか出会えない女を手放しちまう

「何度も言うわ。私、簡単な女じゃないの」

振り向いたあの方は震えていた
それは蝋燭の灯りが揺れているせいか
これから先にする決断を決めかねているのか
どちらにせよ、俺達は一歩踏み出した

今だから言える
限りある時の中で
俺と貴女の愛の行方の
はじまった瞬間だった