男と女は窓際の席に腰をおろしていた。エールフランス機はパリにむかって飛行をつづけている。男はことしで四十九歳になるIT企業の会社の経営者であり、女も人材派遣会社の経営者であり、両社ともに経営は順調に推移している。
「ぜひとも、いい社員を派遣してください」
男が女に社員の派遣を依頼したのがふたりを結びつけたのだ。それがきっかけで食事をする関係になり、やがては不倫の関係にまで発展していった。
ふたりが結婚の約束をしたのは不倫の関係が2年目を迎えたときのことだった。だが、妻子のある男が結婚生活を解消するのはたやすいことではなかったが、最後は慰謝料を奮発することによって折り合いをつけた。そして、女を新妻としてむかえいれることになったのだ。
「ねえ、結婚式はパリの教会で行ないたいの、いいでしょう」
結婚が決まると、女はひとつの条件を出した。
「そんなことお安い御用だよ」
パリに着いた男と女はセーヌ川沿いのノートルダム大聖堂が見わたせるホテルへ宿泊した。女はいつまでも大聖堂に目をそそいでいたが、やがて、「あなたの奥さんの涙が忘れられないのです。悪女になりきれないのです。わたしたちの結婚はご破算にしてください」
「なにをいまさら、キミ‥‥。それでこれからどうするのかね」
男が無念そうに女の顔を見つめながらいうと、「そのうちまた別の男をみつけますわ、わたしは男なしでは生きられませんから‥‥」
と、女ははっきりとした口調でいった。
「キミはほんとうの悪女じゃないか」
「そうかもしれないわ。だからこそわたしには神が必要なのです」
女はじっとノートルダム大聖堂を見つめなおした。