雪降るある日、いつも通りに投稿したはずの学校に閉じ込められた8人の高校生。開かない扉、無人の教室、5時53分で止まった時計。
凍りつく校舎の中、2ヶ月前の学園祭の最中に死んだ同級生のことを思い出す。でもその顔と名前がわからない。どうして忘れてしまったんだろう───。
(文庫版裏表紙より抜粋)
9年ぶりに「青南学院」へ…
みなさん、2月に金曜ロードショーで放送された映画『かがみの孤城』は、ご覧になりましたか?私はテレビ放送で2回目の鑑賞をしたんですが、感極まって親の前でボロボロに泣きましたよ。
(いじめではなく勉学の不安からではありますが)私は高校時代に不登校を経験しているので、私も、一緒に観ていた両親も、それぞれに思うところがあったのではないでしょうか。やはりこの作品は胸が震えますね……。
ミステリーとしての面にも母が興味を示してくれて、一緒に観られて良かったなぁ…と、素直に思いました。
ところで、『かがみの孤城』を読めば読むほど、私はある光景を孤城のはるか遠くに思い浮かべてしまうんですよね。
降りしきる雪の中、そびえ立つ真新しい校舎。
暗くて、酷く寒い廊下。
壊れたマネキンと赤い液体。
そして、5時53分で止まった時計……。
辻村先生のデビュー作『冷たい校舎の時は止まる』の舞台ですね。
暖炉があって、各々が持ち込んだゲームやお菓子があって、招かれた中学生たちにとっては憩いの場であった孤城。そこから眺める冬の校舎は、暖かいお城とあまりに対照的に寒そうで、無機質で、恐ろしくて、朧気な記憶からは何となく目を背けたくなるけれど、やっぱり気になる光景でした。
そこでは、文化祭の最終日に、1人の生徒が飛び降りて死んだばかりだからです。
実はこの作品、中学3年生だった9年前に1度読んでます。しかし9年も前となると、物語の主軸である「誰が死んだか」は思い出せても、「死んだ奴がどんな奴だったか」「閉じ込められた8人はどんな奴らだったか」という細かいところは思い出せません。読んだ当時の感情も……
というわけで、9年ぶりに『冷たい校舎』を読んでみました。今回はその感想というか、読み返して思ったことや思い出したこともつらつらと書いていきたいと思います。
本の紹介
この作品は第31回メフィスト賞受賞作で、2004年に講談社ノベルスから発行されています。
前述の通り、辻村深月先生のデビュー作です。
講談社文庫版では上下巻合わせて約1170ページ…
ん?
エェットォ……??????(困惑)
す、すげえページ数だ……俺は改めてそう思った
はい。1000ページを優に超える作品を、しかも高校~大学時代に執筆していたそうで……(なんなら次作の『子どもたちは夜と遊ぶ』もなかなかのページ数です)
何がすごいって、1170ページに登場人物の心理描写をミチミチに詰め込んでいるんですよ。これはキャラクターを深く理解し、愛していないとできないです。
とんでもない熱量を感じますよね……。
個人的に、分量としてはめちゃくちゃ長い物語だと思っています。でも安心してください。
校舎に閉じ込められたが最後、読者はページをめくる手を止められなくなります。
登場人物
冒頭のあらすじでもあった通り、この作品の主な登場人物は8人の高校3年生です。
彼らの通う「私立 青南学院高校」は、新しく整備された校舎が自慢の、県下一の進学校です。つまり大抵の登場人物はみんなめっちゃ賢く、それぞれが第一志望の大学合格に向けて必死に勉強をしています。
しかし、センター試験直前の大事な時期に、寒~い校舎の中に閉じ込められて…………!?
そんな大変な目に遭う8人に加え、重要人物である彼らの担任教師の計9人について軽く紹介しておきます。
ちなみに、キャラクターのイメージイラストは拙作です。あんまり上手くはないけど許して…
①鷹野
3年2組の学級委員長。
元陸上部所属で、B級特待生。
優等生だが人当たりも良い。
深月とは幼馴染みで、精神的に不安定な彼女のことをよく気にかけている。
担任教師の榊とは従兄弟どうしだが…?
②深月元陸上部のマネージャー。
鷹野の幼馴染みで、すぐ隣の家に住んでいる。
あるクラスメイトから陰湿な八つ当たりをされ、
一時期は酷い拒食症を患っていたが…?
③景子生徒会役員。
実家が病院で、自身も医学部を死亡している。
容姿や淡白な物言いから、男女問わず人気が高い。
文化祭の劇では「白雪姫」の王子様を演じた。
つまり青南一のイケメンである。
ちなみに姫役は生徒会長の男子。
④梨香
榊くんのことが大好きな子。
榊くんのことが大好きすぎて、彼の担当教科である
数学の成績だけは学年上位になるほど。
妹が2人いるため、実は面倒見が良い。
入学当初は荒れた性格をしていたようだが…?
⑤昭彦
人当たりの良い学級副委員長。
その人望の厚さは、深月が最初に嫌がらせを
受けていることを告白したのが彼だったことから
分かるだろう。あとたぶん相当イケメン
中学時代にも同級生が自殺してしまった過去がある。
授業中に紙で麻雀を作る男。
⑥清水
女子のほうの学級副委員長。
首席で入学したA級特待生で、所属していた美術部でもコンクールで優秀な成績を収めている。
成績が良すぎるゆえに周囲からは敬遠されていた。
⑦充(みつる)
気は弱いけど、とても優しい子。
梨香の意外な一面を目撃してから、
彼女のことを好きになる。
その噂は学年中に広まり、からかわれることも。
充くんは、優しすぎちゃうんだな…どうしようもなく…
⑧菅原
つい先週まで停学をくらっていた不良
…に見せかけて、情に厚いヤツ。
こう見えて教師志望らしいが、こいつがいるだけで
場の緊張が解れるので向いているかも。
常にピアスをしている。
彼がメインのエピソード『HERO』は、
何度読み返しても涙がこぼれてしまいます
そして…
担任教師・榊(さかき)
3年2組の担任。
若くてルックスも良く、生徒の話を親身になって
聞いてくれるので、生徒たちから「榊くん」
「榊さん」と呼ばれ慕われている。
生徒の自殺を受け、責任を取って青南を辞める
という噂が立っているらしいが…?
感想
率直に言うと
クッッッソ面白かったな…………。
それしか言葉が見つからない……。
基本的に小説を読んでいる時に書き手の技術とか伏線がどうのとか考えてなくて、「共感できたか」しか分からないし物語に流れを任せきりなんですよね。
だからもう、感想を書こうとすると私からはありきたりな言葉しか出てきません。つらい。言葉が見つからないってのは、こんなにも胸が詰まるものなんだな……。
こんな面白いのに!!!!(台パン)
辻村深月の「共感させる」力
この作品、辻村作品の中でも“共感力”が特に高い気がします。
校舎に閉じ込められた8人の高校生は、みんな自分の持ち物に対して不満を持っています。「持ち物」というのは各々の性格とか人間関係とかですね。
で、高校生くらいの子ってだいたいみんなそうじゃないですか。満ち足りてるなぁ~幸せだなぁ~と思えるティーンズなんて、果たして存在するのでしょうか……?
辻村先生は、読者の「なぜこんなにも学生の心理をリアルに書き出せるの?」という質問に対して、「私もかつては学生だったから」と回答しています。
また、本作の解説インタビューで「いろんな人の中にある要素を取り込んでばらまいた」と語っています。
辻村先生にも、読者である私たちにも、この8人の中にちょっとずつ似通っているところがあって……そんな彼らの過去が丁寧に丁寧に開示されていくからこそ、深い感動を覚えるのかもしれません。
キャラと物語への愛
そもそもメインキャラが8人って多くないですか!?
核心となるキャラは限られているけれど、それでも
「彼らのその後が見たい」
「8人全員がそれぞれ主人公をやってる物語が見たい」
……と思わせてくれます。
キャラに魅力があるのは、書き手がキャラを愛している証拠です。
8人全員を深く愛し、彼らを深く理解しているからこそ、ここまで繊細な心の機微を描写できるのではないでしょうか。そうして紡がれた物語には、これから先も続いていくような気がするリアリティが生じます。
辻村作品に限らず私が面白いなと感じる作品のほとんどは、キャラと物語に対する解像度が高いな…とつくづく思います。一応自分が創作するタイプの人間なのでそういう分析はしているのですが、「自分が生み出したものを愛する」って “才能” ですよ。
わたし、作品と溶け合う
私にとって辻村作品は「肌によく馴染む」ものばかりなんですけど、一方で苦手な人もいますよね。万人に好かれる物語なんて存在しませんから…
で、ここまで私が辻村作品と馴染むのって、先生と感性というか考え方が似通ってるのが大きいような気がします。恐れ多いことですが、ここまで心の奥底が震え物語と共鳴するようなことってなかなかないですもの……。
中学時代に『ぼくのメジャースプーン』を買った私の嗅覚、これもまた才能なのかもしれない……。
おわりに
お疲れ様でした。
書きたいことがまとまらなかった……「面白い」を噛み砕いてアウトプットするのって、あまりにも難しすぎるよ!!!!
つらつら書いてきたけど、そもそもミステリーとして面白くなかったらここまで絶賛しないので、まずはミステリーとして軽い気持ちで読むことをおすすめします。そうすれば、あっという間に1000ページを読み終えてしまうので……。
死んだ同級生は誰なのか、
彼らを校舎に閉じ込めたのは誰なのか、
閉じ込められた8人の高校生は一体どうなるのか…
ご自身の目で確かめてください。
…次に読み返すのが『子どもたちは夜と遊ぶ』とかいう劇薬なの、怖すぎる。“ヤツ”に脳を破壊されてしまう…!