視床痛熟女の行ったり来たり -30ページ目

視床痛熟女の行ったり来たり

視床痛の痛み・痺れと闘う女のブログです。


昨日触れた私の離婚のことを、

少しお話します。





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私は、車椅子に座ってボーっとしていた。


彼が、ネットを被った私の頭を撫でている。

上を見上げると、頭を撫でながら泣いている彼の顔があった。


「ごめんな。俺が悪かった…」


そう言っていた。


私は言っている意味は解った。

でも、なぜ謝っているのかが理解できなかった。

そして、なぜ泣いているのかも…


ゆきちゃんに後で聞いたことだが、

その頃の私は、

結婚する前の私、つまりまだ彼と付き合っていた頃の私に、

戻っていたそうだ。

完璧に。


私は彼のことを、その時のあだ名で“○○ちゃん”と呼び、

彼がいなくなると「○○ちゃんは?」と探し、

いなくなったとわかったとたん、たまらなく悲しい表情でうなだれていたという。


そんな私を見、品定めでもするかのように彼の変化を確認し、

ゆきちゃんはこう思ったそうだ。


『もしかしたら、お姉ちゃんたちやり直せるのかも…』


ゆきちゃんは、私たち夫婦のことをよく知っていて、

私が、倒れるような生活をしなければならない経緯も知っていた。

ゆきちゃんは、私の親に全てを話し、

退院後は離婚させようと決めていたらしい。


だが…気持ちは揺らいだそうだ…


結局私の頭が回復するにつれ、いわゆる赤ちゃん返りのような、

妙な態度は消え、私の彼に対する気持ちも元に戻っていった。


私が憶えていることは、泣いている彼の顔だけだ。

『この人なんで泣いてるんだろう…』

じっと見ていた。


不思議なことに“赤ちゃん返り”は全く憶えていない…


このタイムスリップのような現象は、いったいなんだったのだろう…

幸せな時へと、自分だけ無意識にタイムスリップしていたのだろうか…



彼のこの変化だが、ずっと続いていたのだ。

私の彼に対する気持ちが元に戻っても、続いていたのだ。

リハビリ病院へ移った後もずっと。

私は思った。

『やり直そう』と。

『彼は変わってくれたんだ』と。


そして、そんな事や子供がまだ小さかったということもあり、

親の強く勧める離婚には、至らなかったのだ。



しかし、退院し、視床痛は発症した。

私は悩み苦しみ、わめき…

とうとう彼の許容量を超えてしまい、あの事件が起きてしまった…



娘たちの承諾は得た。

「もういいよママ。我慢しなくて。」

そう言ってくれた。

怖かったので、殆んど何も持たず、すぐ家を出た。



そして、離婚に至ってしまった。


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娘たちには本当に悪いことをしたと今でも思います。

どんな理由があったとしても、

娘たちのことを考えれば、離婚など許されることではないのです。


謝っても謝りきれません…



長女はその後すぐに家を出ました。

そして、これは後で聞いたことなのですが、

次女は私に経済力がなかったため、迷惑が掛かると思い、

高校卒業までは…と考え留まることを選んだらしいのです…

初めて聞いたとき、私は泣きました…



でも今は、二人とも家を出てのびのびとしている様子です。


彼は、次女が高校生の時に再婚しているので、

幸せに過ごせていることでしょう。


よかったと思います。


彼のことはやはり気掛かりだったので、今は安心しています。




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読んでいただきましてありがとうございました。












視床痛の知り合いの中でですが、離婚している人が多いのは何故でしょう…

離婚には至らなくても、それに近い生活をしている人たちも含めてですが…


男性の場合で考えられることは、養うことができなくなった為身を引いた…

或いは、同じ経済的なことで、別れてくださいと相手から言われた…


ん~~~~

でも、愛し合い助け合って生きてきた二人が、

そんなことだけで簡単に別れるとは思えません。



思うに、女性の場合も含めて言うと、

この視床痛を理解できないでいる相手と、一緒に生活するのが辛いから?


毛頭、相手を責めるつもりで言ったのではありません。


四六時中、口を開けば「痛い、痛い」と言ってしまうこちら側を、

寛容に受け入れることができる人は少ないのでは…

と思うのです。


もちろん、受け入れることができない人が、

寛容ではないと言っているのではありません。

気分を害したのでしたらすみません…


要するに、理解したくとも理解しきれなく、頭も心も飽和状態になり、

相手は離婚を決意し、

そしてこちらも自暴自棄になり、離婚に至ってしまう…

そんな気がするのです。



では、離婚せずにいる夫婦がどうして存在するのでしょうか。


それは、“痛い”とゆう現実を、一緒に悩み、考え、

そして助けようとしてくれる寛大さが、

あり余るほど相手にあるからではないでしょうか。

頭が下がります。


そして、その相手の姿を見、心を感じ、こちら側も自暴自棄にならず、

奮起できるのでは…


そう思うのです。



でも、「痛い」などと、すぐに口に出さない視床痛患者もいることでしょう。

とても強い人だと思います。

でも人間、弱さは多かれ少なかれ必ずあると思うのです。

その弱さを見せられるというのが、パートナーなのでは?


そうありたいです。


私の甘えですかね…



私は、視床痛を発症し、1年で離婚しました。

私は弱すぎたのでしょう。

この視床痛を自分でも理解できず、「痛い痛い」と連呼し、

自殺未遂まで起こし、さぞかし辛い思いをさせたことでしょう…




すみません。。。

私なりの考えだけを羅列しましたが、

視床痛患者に離婚が多いのは何故だと思いますか?


容易に理解し合えないから。とゆうことなのでしょうか。


では、結婚て何なのでしょうか。


死が二人を分かつまで…って、あれはなんだったのでしょうか…

それをも壊す力が視床痛にはあるということなのでしょうか…



頭がパニックになってきました。


ではこのへんで…





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読んでいただきましてありがとうございました。








では、倒れてから初めて湯船に浸かった様子を、記録します。





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あれは、手術が終わり、管も取れた時のこと。


相変わらず、私はぼーっとしていた。


突然ストレッチャーに乗せられゴロゴロと…

入ったその部屋は、異様なくらい湿った空気が充満していた。


「お風呂に入りましょうね~」

看護師さんは、そのようなこと言いながら、私を裸にした。

まさに、赤ちゃんの沐浴シーンのようだった。

そしてすぐ横にある別のストレッチャーへ移された。


意識がある上で、裸にされるのは恥ずかしいことなのだろうが、

その時の私は、羞恥心とゆう通常の感覚は持ち合わせていなかった。


そして隣の部屋へ移動すると、2人ぐらいだっただろうか、

看護師さんたちは、私を寝たままの状態で長い浴槽に入れた。

機械的に私を洗い始める。

芋を洗うかのように。

無言のまま。


洗っている間の私はボーっとしていたようだ。

あまり憶えていない…


まんべんなく洗った後、シャワーで泡を流したのだろう。

気が付くと温かいお湯を感じた。

体がすべて浸っていた。

この時の記憶ははっきりしている。


『極楽だぁ~…』


一人の看護師さんが私に言った。

「気持ちいい?」

その言葉もよく憶えている。

いつもキビキビしていて、一番怖い存在だった年輩の看護師さんだった。

優しい声だった。

さぞかし声を掛けたくなるような状況だったのだろう。

口は半開きで、恍惚とした表情を浮かべている私の顔が想像できる。

今思うと少し恥ずかしい…


『ずっとこのままこうしていたい…』


そう思っていた。


おそらく、そのまま眠ってしまったのか、その後の記憶は全くない…



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これが、私の湯船初体験です。


お風呂でよく眠ってしまうという話はよく耳にしますが、

気持ちよすぎると、本当に眠ってしまうんですね!


みなさん気を付けてくださいね!





読んでいただきましてありがとうございました。


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