私とお酒 | 視床痛熟女の行ったり来たり

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視床痛の痛み・痺れと闘う女のブログです。


私の家族や友達が、私を思い浮かべるとき、

必ずと言っていいほどお酒をイメージすることでしょう。


それほど私はお酒が好きなのです。



覚えたのは中学校2年のとき。(笑)


その頃私は肺結核を患っていて、大好きなスポーツを取り上げられ…

走ることは勿論、スキップもダメ、ボールを投げるのもダメ…

最悪でした。


で、覚えちゃったのです…(^o^;)



そうそう、ちょっとだけ覚えている嫌なシーンがあります。



中学2年生の待ちに待ったプール開きの日です。


水着を抱え、友達とぺちゃくちゃしゃべりながら、

更衣室に向かっていました。

わくわくぎみに廊下を歩いていると、後ろで私の名前を呼ぶ声が…


「ちょっとこっち来て」

保健の先生が呼び止めました。


言われるままに保健室に入ると…



というのが今でも鮮明に残っている一コマなんですが、

そのあとの事はもうパニックで覚えてませんわ…


肺結核生活の始まりです。



スポーツを取り上げられた他にも辛いことが…



本当ならば、

注射治療をして1年後には治るはずの結核だったのですが、

私にはその注射が合わなかったのです。

もう少しで耳が聞こえなくなるという副作用でした。


ストレプトマイシンというやつです。


それで仕方なく飲み薬での治療に変えたのです。


それは、完治するまでに3年もかかるという代物でした。

量も半端じゃありません…

粉薬が苦手で(今もですが…)、オブラートに包み(今もですが…)、

飲むたびに薬とにらめっこです。

逆流はするわで、毎回涙目です。(T_T)


学校は埃を吸ってはいけないため、昼の掃除の前にお帰りです…

体育は恨めしそうに見学していました。


やなこと続き…そして反抗期…

そりゃあ暴れたくもなりますって…


あ、家の中だけね…小心なもので。

私は人間できてませんから…弱いですから…


お母さんを泣かせたこともあるなぁ…

ごめんなさい…(ノ_-。)



そしてその時に、覚えたのですよ。

お酒とタバコを…


夜、家族が寝静まる頃になると、コップになみなみの日本酒2杯と、

灰皿にするお皿に父からちょろまかしたタバコ数本を持って、

自分の部屋に閉じこもり、一人でくだを巻いていました。


ほとんど毎日です。

さえないオヤジのようですな…(^_^;)



というのが、私とお酒との出会いです。



その後反抗期もおさまり、

普通のJK(昔はこう言いませんよね…ははは)になっても、

お酒は大好きでした。


私の酒好きと、酒の強さは父譲りなのです。


高校1年の終わりに結核が完治した頃からは、

堂々とリビングでも呑んでいました。


父も、その頃私が好きだった“ジョニ黒”を、時々買ってくれたりと、

私がお酒を呑むことには大いに賛成していました。


女の子はお酒が弱いと危ないから、強い方が良いとゆう自論で。

(・ω・)b



体質もあると思いますが、今となっては、

お酒が呑めるということはとてもありがたいことに感じます。

お父さんありがとう。(笑)


痛いというストレスから逃げられる上、

呑んでいる間は痛みが楽になるからです。


でも激痛が酷い時など、あまり食べられもしないのに、

昼から呑んでしまって…

それが続き、お酒が受けつけなくなり呑めなくなったこともしばしば…

辛いでっせ~そうなると…


でも鍼灸の先生がここまで激痛を抑えてくれたので、

そうゆうことは今はなくなりました!(^O^)

感謝します!


それでも夕方までは何とか耐えられるのだけれど…

通常の痛みでも耐えるのってしんどいねん…(iДi)

呑むと次の日が痛いてゆう人もおるけど、

その時に耐えることができない私は、

やっぱりお酒に逃げてしまいます…( ̄_ ̄ i)





まぁ上手くお酒と付き合っていきますわっ!


ちなみに今の私の大好きなお酒はジャックダニエルです!

結構ブーム長いです。








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