トモコレをしていて、マイケルジャクソンは好きだったけれど…
亡くなってしまったしどうしようかなぁって、夕べ悩んでしまいました。
結局登録はやめました。
哀しくなるだけだなぁって…
では今日は、哀しいけど、泣いてしまうかもしれないけど、
書きます…
不思議な“私の感覚”です。
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私は、昼のコンビニの仕事とは別に、夜2か所の店で働いていた。
そのうちの一つの店に、私の第二の母がいた。
大好きな“ママ”である。
初めはお客として行っていたのだが、私の事をとても気に入ってくれて、
そのうち働かせてもらうようになったのだ。
ママは、私のことを本当の娘のように想ってくれていた。
私もママのことを本当のお母さんのように慕っていた。
店に行くと、私は「ただいまぁ~」
ママは「おかえりー。おつかれー」と…
働くかどうするかは、好きなようにさせてくれていた。
疲れた時は、カウンター席の隅に座った。
すると黙ってお酒とグラス、
そして、あまり食べられなかった私の事を気遣うように、
体に良い食べ物が、すっと出された。
優しい笑顔で、「食べなさい」と…
私は、そんな時は隣のお客さんの相手をするくらいでした。
お客さんが途切れると、私はママと、たわいもない会話をした。
ママは語りかけてくれる。
「今日はどうだったぁ?」
「うん疲れたぁ。あのねぇ~………」
という具合に。
店を閉めた後など、よく二人でプライベートで呑みに出かけたりと、
とても楽しかった。
とっても心休まるひと時だった。
悲しいことに、それをすべて失ってしまったのだ。
私が倒れる少し前の出来事。
ママはいつも、お腹と腰が痛い痛いと言っていた。
心配で、病院に早く行くよう言っていたのだが、
ママも私同様、時間もお金もないとゆう生活だったのだ。
一人で店をきりもりしていて、買い出しやら何やらすべてやっていた。
余裕などなかったのだ。
癌だとわかったときは、もう末期だった。
私は病院に駆け付けた。
最後に会ったときは、もう誰だかわからなかった。
骨と皮だった…
そっと近づき、泣くのを堪え、小さな声で「ママ…」と言った。
するとママは目を開け、私を見つけると、涙をこぼした。
私も耐えきれず涙がこぼれた。
会話はなかったが、心は通じていた。
しばらく見つめ合ったが、ママは疲れたように目を閉じた。
その時、付き添っていた長女は言っていた。
いつもは目を開けてもうつろで、泣くなど感情を出すようなことはなかったと。
きっと、みっちに会えて嬉しかったんだよ、と…
そう言ってくれた。
そして、数日後、訃報が届いた。
通夜、葬式…と、とても辛く哀しい時が過ぎて行った。
ママはもういないんだ…
にっこり笑って「みっち」って…もう言ってくれないんだ…
私、夜どこに帰ればいいの?
こんなことばかり思っていた。
毎日頭から離れなかった。
それから幾日かして私は倒れたのだ。
一般病棟に移ってからの“不思議な感覚”だが、
それは、ママの存在なのである。
まだ手術をしていないうつろな頃…
あの霊らしきものを見ていた頃…
何故か、いつもママがそばにいるような感じがしていたのだ。
ママが亡くなっているという事実はわかっていた。
夢に出てきてくれたのか、本当にそばにいてくれているのか…
少し話せるようになったとき、私はお母さんに聞いてみた。
「その左の窓の外じゃなくて、反対側の右の向こうにお墓ない?」
「ママのお墓があると思うんだけど」
と…
私はどうしても、
ママのお墓がそこにあるとゆう感じがしてならなかった。
ここの病院は、ママのお墓のそばにあるのだと思い込んでいた。
でも返ってきた答えに、またもや愕然とした。
「全然違うよぉ?というか逆方向だよ?」
「ママのお墓は車に乗ってずっと遠いとこだよ?」
お母さんは変な顔をしてそう言っていた。
『なんでよ~ママいるもん!』
そう思った。
自分の目で確かめるまでは、どうしても納得できなかった。
手術を終え、車いすに乗れるようになったとき、
私は、お墓が見えるはずだと思う窓まで、連れて行ってもらった。
どうしても、確認したかったのだ。
なかった…
自分で車いすを動かせるようになってからも、
何度も何度も探しに行った。
その窓のすぐ横に、いつもいるようになっていた。
他の人がそこにいると、どいてくれるまで待った。
その光景は今でも憶えている。
そこの病院で目にする記憶は本当に少ないが、
その窓と、そこから見える景色は、くっきりと目に浮かぶ。
そんなふうに、私はママのことを追っていたのだ…
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去年、ママの次女から突然電話があったのです。
憶えていますか?と…
憶えてるもなにも!
本当にびっくりしました。
と同時に彼女もびっくりしていました。
今の私がこんな有様ではね…
そうそう、
ICUで体験したことは、臨死体験であると確信した理由ですが、
ひっぱってもしょうがないのでお話します。
だいぶ後々の事になるのですが、リハビリ病院も退院し、
家でリハビリ暮らしをしていたときのことです。
その頃、お母さんは私の家に通い、家事などをやってくれていました。
何の気ない会話でのことです。
私は、初めてICUで体験した出来事を話しました。
みなさん覚えていらっしゃるでしょうか…
あの、おじさんと目が合った瞬間の出来事を…
そのことをお母さんに話した瞬間!お母さんは言いました。
「あんたが死にそうなときねぇ、
ちょうど隣の、お父さんらしい人が息をひきとったのよ!」と…
「お父さんお父さん!」と、それはそれは家族が泣いていたそうです。
私と目が合った左側にいたおじさんだ!と思いました。
間違いないと。
私はその時、隣に人が寝ている事も、しかもおじさん…だなんて、
お母さんに聞くまで知らないんですから。
それに、右側は看護師さんが出入りするドアがあるので、
ベッドはなかったそうです。
そのICUでは亡くなる人が大勢いて、入れ代わり立ち代わりだったそうです。
カーテンで仕切られていたというのも当たっていました。
私が、その部屋には死にそうな人が3~4人いるように感じたのも、
当たっていたのかもしれませんね。
お母さんと興奮気味に話をしました。
私が、おじいちゃんに会えた事を話すと、
お母さんは涙を浮かべて聞いていました。
お母さんは言いました。
「あなたは、おじいちゃんに赤ちゃんの時から本当に可愛がられてたのよ。」
「あなたを守ってくれているのはおじいちゃんだよ」と…
私も大好きだったので、小学3年生の時でしたが、
おじいちゃんの死顔は今でも忘れられません。
今でも毎年、命日には戒名を唱えて想い出します。
おじいちゃんが小指にしていた指輪も、形見として持っています。
写真もロケットペンダントに…
私が体験した、これらの事、力?とでも言いますか、
残念ながら今では全くないのです。
死の淵にいた頃や、手術前のぼんやりした頃は、あったのでしょう。
手術を終えて、少しずつ理性というものを取り戻すにつれ、
その力はなくなっていきました。
少しずつ…
信じる信じないは、人それぞれの自由だと思います。
しかし、こういった体験を通して私は思います。
魂はあると。
臨死体験では、よく言われるような、
お花畑や川などは出てこなかったのですが、自分の魂は感じました。
以前の記事で、私が何度も書いていた“意識”です。
“意識=魂”
であると、私は信じます。
不快な気持ちにさせてしまったのであれば、お詫びいたします。
m(_ _ )m
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