現在の視床痛生活になるまでの記録10(娘) | 視床痛熟女の行ったり来たり

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視床痛の痛み・痺れと闘う女のブログです。


今日は下の娘が帰ってきまーす!(^-^)v




なんとアパートにゴキちゃん出没!( ̄□ ̄;)!!


大事件です!!



二人で協力し、3時間ほどかけて退治したそうですが…

その3時間の大半は、動けずに固まっていた時間だそうです。


「どーしよー!どーしよー!どーしよー!」


目に浮かびます。(>▽<)



それで、下の娘は実家(私の家)に亡命!


仕事上来れないのか、上の娘はどうするのやら…

友達のところにでも避難かな?

部屋を空けてバルサンでもやるのでしょう。


このことを上の娘のツイッターで知ったとき、私はとうとうこの時が…

と、大爆笑!


二人の虫さん嫌いは最強ですからね。


一応考えられる限りの対策をして、この季節を迎えたようですが、

なんせ集合住宅ですからねぇ…


可哀そうだけど、少しずつ慣れなければいけませんよね。

まぁ、子供を産むと少しは強くなりますよ。

子供を守らなければという女の強い力が、

不思議と湧いてくるのですから…



では、今日はそんな娘たちのことを想いながら、

記録を綴りたいと思います。







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私は、時々目を覚ましてはお母さんを眺めていた。

いつのことだろう。

何か聞こえたのか私は目覚めた。


私の横の狭いスペースにはたくさんの人がいた。

よく見ると、ゆきちゃんと弟が、そして私の娘達がいた。

私が倒れてから娘に会うのは、それが初めてだった様に記憶する。


下の娘は大人びたスーツを着ていて、何故か声を出さずに泣いていた。

『なんで泣いてるの?どうしたの?』


私は、状況がつかめないでいた。

自分自身のおかれている状況も、体のことも…


弟が、私の頭の横にあるサイドテーブルにビデオカメラを置いて、

セッティングをしている。

映像が流れる。


弟はゆっくりと、こう言ってくれたそうだ。

「卒業式だよ。わかる?」



その頃の私は、声らしきものは聞こえてはいたが、

その時はまだ、理解するということができなかったのだ。



私は何が起きているのかよくわからなかったが、しばらく観ていた。

すると次第にはっきりとした記憶が…


下の娘の小学校の卒業式であると!

行ってあげられなかった卒業式だと!

上の娘の卒業式を終え、

次は下の娘だと、式服を部屋に掛けたまま倒れてしまったのだと!

観ているうちにどんどん目に涙が溜まり、見えなくなった…


『行ってあげられなくて、ごめんね…ごめんね…』



下の娘がその時泣いている理由がわかった…つもりでいた。

私が卒業式に行けなかったことを泣いているのだと。


その時はそう思ったのだが、後で聞くとそれは大間違いであった…


娘は、ただただ『ママ死なないで…死なないで…』

そう思って泣いていたのだそうだ。


小学生の女の子が、呼吸器やいろんな管に繋がれているお母さんを、

いきなり目の前にするのだ。

当然のことである。

さぞかし怖かっただろうと思う。


普通に考えればそうである…

やはりその時の私の頭は、何本かネジが外れていたのだろう…


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その時の記憶ですが、今記した部分だけなんです。

そのビデオがいつ終わったのか、みんながいつ帰ったのか、

全く憶えてないんです…


現実に起こっている事に対する記憶は、このように短く曖昧であるのに、

不思議なものを見ている時の記憶は、長くしっかりとしたものなんです。


不思議でたまりませんわ…




でわでわ、

娘が来たら、さっそく格闘の様子でも拝聴したいと思います。

o(^▽^)oワクワク








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