現在【日本国民の約80%】が【存続に対して賛成】または、やむを得ないと答えている刑罰【死刑】

事件の被害者となった遺族達は凶悪犯罪者は死をもって償うべきという考えが多いのも事実である。

日本の法律で死刑が適用される犯罪は、殺人や強盗致死の他に、暴動を起こして国家転覆を企てる内乱首謀、爆弾や科学薬品を使ったテロなど全部で18種類。

死刑方法は明治時代にイギリスから導入されたロングドロップ方式【絞首刑】とされている。

↑※ロングドロップとは1874年にイギリスの靴職人ウィリアム・マーウッドが開発した、死刑囚を【即死】させる事の出来る絞首刑方法。

刑場については信頼出来る資料も無く、具体的内容、実態を証言する者も殆ど居ないため刑事施設の中で最も謎とされている。

しかし近年、法務省により刑場の報道公開が行われ今まで謎とされた執行までの流れが徐々に明らかになり国民の注目を集めた。

以降は退職した刑務官や関係者の証言を元に構成した死刑執行までの流れである。


《死刑確定》

裁判で死刑が確定した死刑囚は【刑務所ではなく】全国7ヶ所にある、いずれかの【拘置所】に収容されている。

その数131人。

↑※2014年3月現在。

死刑囚は通常の受刑者とは全く異なり【死ぬ事で刑に服す】という事で【労働は無く】服装や髪型も自由である。

しかし入浴や僅かな運動時間(写真1)を除いて、広さ3畳程の独房の中で1人で生活しており、行動は全て【監視カメラ】で録画されている。

もちろん冷暖房設備も無く、冬は霜焼け、夏は汗疹に悩まされる(写真2)


《死刑囚の1日》

午前7時、刑務官の『起床!』の言葉で死刑囚達は速やかに布団を畳み、歯磨きをした後に独房前部に正座する。

次に『配湯、食事』と号令がかかり、白湯が差し出され、死刑囚達が顔や足などを簡単に洗った後、食事が配られる。

食事は1日3食分で約500円(写真3)

しかし生野菜が殆ど無く、ビタミン不足になるので、近親者による差し入れで果物などを摂取しなければならない。

正月には軽い御節料理や餅が出る事もある。

食事や夜の就寝時間までは特に何もする事も無く自由であるため、独房の中で勉学に励む者、書道などの習い事をする者、ひたすら祈りを捧げる者など様々な死刑囚が居るという。

しかし【私語は厳禁】とされており【話す相手は刑務官のみ】となっている。

そのため相談や悩み事がある場合は、要望を出すと刑務官と個室で話せるようになっている。

また購入手続きをすれば、雑誌やお菓子、歯磨き粉といった日用品など【拘置所内で買い物】が許される。

近年においては月に1、2回はハリウッドの最新映画のDVDも鑑賞出来るようになっている。

↑※性的描写があるものや刑事施設に関する内容の映画は除外される。

面会や手紙はもちろん可能とされているが、1日に1回のみで【内容は全て記録】される。

↑※手紙は便箋7枚以内。

面会時間は15分から20分程だが話の内容、つまり死刑囚の【精神状態が危ぶまれる会話】などの場合、立ち会っていた刑務官により【強制的に終了】させられてしまう事もある。

面会が出来るのは親族や婚姻関係、死刑囚の心情安定に繋がる者のみとされるが、親しい友人や取材者も許可される場合もある。

しかし『施設の事を口外しない』という主旨の【誓約書】を書かせられる。

↑※各拘置所により異なる。

夜9時になると『就寝!』と号令がかかり独房内は照明が薄暗くなる。

↑※死刑囚の精神安定のため照明は消さないようになっている。

しかし深夜になると死刑囚が悪夢で魘されたり『幽霊が居た』などと幻覚を見て大声を出してパニックになり、拘置所内の非常ベルがけたたましく鳴り響く事もある。


過去には時間をかけて鉄格子を切断して脱獄しようとした死刑囚も居たため、現在は年に1度必ず【転房】が行われる。

死刑囚が拘置所に居る期間、つまり死刑が執行されるまでには短い者で1年、長い者は50年近くにも及ぶ。

法律では死刑確定後は半年以内での執行となっているが、日本国が死刑に対して慎重に考えを進めている姿勢のためである。


《死刑執行命令》

審議において選ばれた死刑囚が執行に問題無いと判断された後【法務省】の担当者30人以上の許可を得た後【法務大臣】が最終的命令を下す。

↑※精神的異常をきたしていたり、女性死刑囚の場合、妊娠している時は除外される。

この執行命令書が拘置所に届くと【5日以内に死刑が執行】される事となる。

しかし死刑囚がその事を知るのは【当日の朝】である。

そのために日頃から死刑囚達は【拘置所内の"足音"】に対して【かなり敏感になっている】という。

入所から間も無くして死刑囚達は【刑務官達の足音の違い】を全て覚え、その足音で誰が来たか分かるようにまでなる。

つまり【聞き慣れない足音】がした場合は死刑囚の誰か、もしくは自分が死刑執行されるのではという極度の恐怖状態になるのである。

【以前は執行前日に通知】して死刑囚が望んだ食事、タバコなどを刑務官達が振る舞うという、いわゆる【お別れ会】をしていたのだが、耐えかねた死刑囚が【自殺】するという事件があったため当日朝の通知となった。

これは執行に携わる刑務官達にも【同じく当日の朝】に執行任務の通知が来る。

事前通知した場合、情報漏洩の危れや、執行を嫌がった刑務官が当日欠勤しないためである。

しかし刑務官が通院中の場合や新婚、妻の出産時には執行任務から外される。

土日、祝日、12月29日から1月3日までの間は死刑は執行されない。

【執行は1つの施設で1人】が基本だが【共犯関係】にあたる死刑囚の場合【同じ日】に時間を分けて執行される事もある。

統計的には【木曜から金曜日】に刑が執行される事が多いが、【別の凶悪事件が起きた直後】には死刑が執行される事も多い。

それは国民に知らしめる、いわゆる警鐘として犯罪予防効果を狙うためとされている。
【無零危《ブレーキ》】◆オリジナル作品◆


1918年(大正7年)長崎市内ー

「古谷惣吉だな。お前に用がある」

『おじちゃん誰?変な格好してるね。ヨウって何?』

「自分自身を恨むんだな」

『痛い!!やめて!!…助けて………!!』

この日…4歳の子供が何者かに誘拐された。

そしてそれから4年後の1922年(大正11)岡山県ー

「都井睦雄だな。お前に用がある」

『誰か助けて……!!』

日本全土で幼い子供が誘拐され行方不明になる事件が相次いだ。

総勢3000人以上の警察官が捜査に加わったが、身代金等の要求も無く、犯人像や動機も全く不明で時効以前に既に迷宮入りが囁かれた。

そしてその後も…

1929年(昭和4年)大阪市内、西口彰(4歳)行方不明。

1939年(昭和14年)群馬県、大久保清(4歳)行方不明。

1945年(昭和20年)北九州市内、丸山博文(3歳)行方不明。

1951年(昭和26年)東京都内、片桐操(3歳)行方不明。

1952年(昭和27年)広島市内、梅川昭美(4歳)行方不明。

1954年(昭和29年)北海道、永山則夫(5歳)行方不明。


大正から昭和にかけて凡そ50数件にも及ぶ誘拐行方不明事件が発生した。

最も謎に満ちたのは1972年(昭和47年)に名古屋から鹿児島市内で小島茂夫(3歳)を含む6人の子供が同時に行方不明になった事件である。

それぞれ違う場所でありながら同時に子供達が誘拐されるという不可思議な出来事に世間は驚き恐怖した。

そして僅か2年後の1974年(昭和49年)から1年の間には東京都内で宮野裕史(3歳)含む6人の子供達が次々と誘拐され行方不明となり、日本犯罪史上類を見ないものとなった。

述べ65000人以上の警察官を動員したが全く手掛かりが掴めないまま事件解決をする事は出来なかった。

唯一共通する目撃例は、

『奇妙な格好をした人が子供を誘拐して煙のように消えた』

という実に不可解なもので、その後も行方不明事件は続いた…












それから約180年後…

















西暦2178年4月26日ー

人類は【タイムトラベル】の開発に成功。

そして…
















【過去に起きた凶悪事件の犯人達が犯罪を行う前の幼少時代にタイムトラベルし、拉致して未来へ連れて帰る事で後の被害者を救う】

という、

【時空裁判】

が新たに法律に採り入れられた。

こうして時空警察達は次々に過去へ送り込まれ、未来へ連れて来られたその子供達…すなわち将来の罪人達は、その後々に犯す罪と同じ方法で刑が執行…つまり処刑された。
【病刑】◆オリジナル作品◆


西暦2023年2月19日ー

「長元さん…落ち着いて聞いて下さい。あなたは末期癌です。他に転移もしているので余命は1ヶ月程でしょう…」

『そ…そんな…』

「投薬治療法しかありませんが2週間後には痛みが身体中を蝕み、レーザー治療等も期待出来ないでしょう」

『そんな…嫌だ…死にたくない…死にたくない…』

「1つだけ僅かではありますが助かる望み…方法ならあります。今現在まだ試作の段階ですが近い将来に末期癌の治療に使われるとされる新薬があります。これは手術など一切無く、飲むだけで結構です。どうなされますか?」

『お願いします…!死にたくない…!お願いします…』

「…分かりました。では今から早速入院です。この治療方法はまだ極秘ですので一般病棟ではなく完全隔離病棟になります。よろしいですね」

『何でも良いです…!お願いします』


「新薬は食後30分後に6錠を飲んで下さい。必ず6錠飲まないと効果ありません」

『分かりました…先生早く薬をお願いします…お願いです…』

「分かりました」




数日後ー

『おい!どういう事だ!!薬が4錠しか無いじゃないか!ふざけるな!殺すつもりか!』

「長元さん!落ち着いて下さい!!試作段階の新薬だと言ったはずです!まだ薬の材料となるものも少ないんです!とりあえず今日は4錠だけ飲んで下さい!今、研究者が作っていますので」

『6錠飲まないと効果が無いんだろ!早く薬を作ってくれ!』






















「ふぅ…全く大した効果だ。






長元拓也被告…強盗6件、殺人2件、傷害7件……裁判所での反省の態度も無く、たかが懲役刑だと思って不適に笑った彼もこれで終わったな」










2015年ー

日本では激増する凶悪犯罪により国会では死刑制度を含む法律の改正見直しが連日厳しく議論されていた。

しかしそれと併用して死刑反対派が街中で凄まじいデモを行い、警察や機動隊でも鎮圧が難しいほどの混乱を見せていた。


通常、死刑判決を受けた死刑因は拘置所へ移送された後に法務大臣が死刑認可を下すまでの平均約1~50年の拘置所生活を送るため、多数の刑務官の人件費や死刑因の食費等が全て税金で補われ、それが不況の日本において痛手となっていた。


そして2017年…

日本は【死刑制度廃止】を発表。

法律を改正し加算式の懲役刑を採り入れた。

しかしそれは…












【極秘に新たな死刑制度】を進めるための仮の姿であった。



日本が開発した方法は…
















【健康状態の人間に医師が余命宣告した場合にどうなるか】

という実験を、

【死刑制度の中に組み込む事】であった。

また、

【助かる望みがあるかもしれないという新薬と称された単なる小麦粉を処方する】

という、

【プラシーボ効果】

別名、偽薬効果の実験も導入され、死刑因が新薬と信じている薬を徐々に少なくしていき精神的に追い詰めていく事も同時進行された。



実験の結果、余命宣告を受けた死刑因は小麦粉を新薬と信じて飲み続け、その余命日数に比例して徐々に体調不良になり、処方薬が少なくなり始めたのを境に精神に異常をきたし苦しみ続けた後、何らかの形で死に至った。


執行人無く、

拘置所を増設する事無く、

年間の莫大な予算も無く、

死刑因自身の【絶望】という先入観…思い込みのみで自らを死刑に処する新たな方法…












【自己死刑法】が正式に採り入れられた。