見えるもの 見えぬもの | 水脈のブログ

水脈のブログ

読みきかせ記録(絵本等の紹介)と、自分の心に生じた想いや、刻まれた記憶を思いつくままに綴っています。
当ブログ開設当初から好きだった東方神起やジェジュン、ユンジェに関して。そして、2021年以降は、防弾少年団(バンタン:BTS)のことに、思いを馳せることも。


ソラマメ に続き、
今度は、義母の友人から、
小梅を2kgいただきました。
(写真は、1kg分です。
ヘタを取るだけで、肩が凝った…(x_x;))

ソラマメは、
柔らかく炊いたのと、塩茹でと、ソラマメご飯
にしましたが、
さて、この後小梅、どうしましょうね?
夫が高血圧気味なので、
塩分の高い梅干しは、作りたくないんだけど…
( ̄* ̄ )

ちょっと悩ましいですが、
ソラマメにしろ、小梅しろ、
丹精込めて育てた実り、
その収穫をおすそ分けしてくださるのは、
本当に、ありがたいことです。

たんに物質的に、得した ということではなく、
気遣いとか、気持ちも一緒にいただいた物だから。

気遣いや気持ちは、
目には、それ とは見えないけれど、
存在するもの。
詩にも、詩われています。

見えぬけれどもあるんだよ。
見えぬものでもあるんだよ。
                            (金子みすゞ「星とたんぽぽ」より)

退院後、久しぶりに行った図書館で
出会った本です。

『金子みすゞ・金澤翔子  ひびきあう詩と書』
詩 金子みすゞ  書  金澤翔子  監修  矢崎節夫
(JULA出版局)


2015年に、毎日新聞社が主催した展覧会
「金子みすゞ・金澤翔子ーひびきあう詩と書ー」の
第1章および第4章の内容を収録したもの
なのだそうです。

金澤翔子さんは、1985年東京生まれ。
ダウン症という障がいを持って
この世に生まれました。
5歳の時から、
母であり、書家である泰子さんに師事し、
書道を始めた翔子さんは、
現在も、個展、揮毫等で活躍されています。

金子みすゞさんの詩と書のコラボです。
詩が一篇、そのまま書かれている場合も、
その詩の一部、あるいは、
一文字だけが書かれている場合もあります。

翔子さんの感性で受け止めた
みすゞさんの詩のイメージを表現して
書かれている書は、
ある時は、力強く、
ある時は優しく、
堂々と伸びやかで、見るものを魅了します。

書にももちろん惚れ惚れしましたが、
本書中程に挿入されている
お母様である泰子さんの解説(謝辞)に綴られた
一つのエピソードが、胸に刺さりました。


立錐の余地もなく熱気に包まれていた
席上揮毫でのこと。
翔子の筆が静かに進み、満員の会場が深く鎮まった。
その静けさを引き裂くように、
突然、ひとりの男の子の声が会場に鳴り響いた。
五歳くらいのダウン症の男の子が
「わー、おー」と叫び始めたのだ。
この声に会場は緊迫した。彼の声は止まない。
どうしたらいいのか……
        略
翔子は、書いている筆を止めて、
その子に向かって、「応援、ありがとう!」と
大きな声で、はっきりと言ったのです。
         略
皆が騒音と思っていた
「わー」とか「おー」という声は、翔子には
「頑張れ!翔子ちゃん」頑張れ!翔子ちゃん」と
きちんと聞こえていたのだろう。
彼は翔子ダウン症同士の愛情を感じて、
言語にはならないけれどエールを精一杯
送っていたのかもしれない。
翔子も、その心からの声に呼応した。


見えぬだけではなく、
聞こえない(聞きとれない)場合も、
同様ですね。

他者には、わからなくても、
見えなくても、聴こえなくても、
互いの想いをしっかりと受け止め、
感じ合うことができる。

そんな関係も、確かに存在するのだと
思いました。

その一方、
翔子さんが、男の子の声を、
「応援、ありがとう!」と
言葉に表してくれたからこそ、
こうして、お母様が、そのようなことがあったと、
文章に書き表してくださったからこそ、
その 「存在」を、私でもわかるように
知ることできたのです。

口にはっきりと出して言葉にしたり、
文字に書き表したりすることで、
不確かな「想い」も、
確実な「事実」と思える。

例えば、
ずっと「好き」と思っていた
思うだけでなく、
口にして、声に出してみることで、
自分自身もまた、その言葉を聴く。
文字に書いてみることで、
自分自身でもその言葉を見る。
人にもその言葉を伝え、
あるいは、誰かから「好き でしょ?」
と指摘され、改めて、知る。
そんなことを繰り返しているうちに、
「曖昧な想い」だった「好き」が、
どんどん「確信」になっていったりしませんか。

目に見えないもの、
耳に聴き取れない音色、
形もはっきりしないもの、
存在するのだろうけれど、
捕まえて、これ って指し示せないこと…
そんな不確かなもの(こと)を、
なんとか表現したくて、
音楽や、美術や、文学が発達してきたのかな
とも思います。

金澤翔子さんの書も、
金子みすゞさんの詩のイメージ、
翔子さん自身の心の中の想いを
形(文字)に表現したもの。
膨大なエネルギーが
その文字に込められていて、
それが見る人を圧倒し、
人は感動するのだろうと思うのです。