「猫の目停電」に見る組織風土 | 文筆家hideの徒然ブログ

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文筆家、そして経営学の大学教員として活動するhideが、日々の雑感を徒然なるままに綴る。
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昨日肩透かしを食った「輪番停電」。。。。。
 
「今日こそは第2グループも実施する」ということだったので、パソコン周りのモデムのケーブルを抜いたり、あれやこれやと準備して、そのときを迎えたのですが・・・・・・
 
 
30分・・・・・40分・・・・・・!?
 
 
あれ、電気が消えない!
 
 
 
隣家からはテレビの音がする・・・・・・!!!!
 
 
 
どうなっているんだと不審に思い、我が家もテレビをつけてみたら。。。。
 
 
停電のニュースはいっこうにやらず、どの局も、なんとかシーベルトとか言って、原発のニュースのみ。。。。。
 
 
小1時間経って、ようやく停電の話題が出てきたら、調布市を含め第2グループも予定通り停電実施中という・・・・・・・
 
 
どうやら、拙宅のエリアは、今回外されたようです。。。。。。
 
 
やるならやるで、有言実行で貫徹してもらいたいものですね。
 
 
狼少年よろしく、やる、やると言ってやらない・・・・そうした、ジリジリさせる不安定な状態を、延々と、今後も続ける気なんでしょうか?
 
その一方で、最初から停電対象から除外され、今後も決して停電にならないというエリアも多々存在する訳で、不公平感は否めません。
 
そのくせ、被災地域で停電を実施するなど、生活者サイドの視点が感じられません。
 
 
二転三転、まるで猫の目のように変わる東電の発表。
 
 
自治体側でも、正確な情報を市民に伝えるべく東電に何度も電話して確認した上で発表する頃には、東電の方針がまた変更になっているという感じで、対応に苦慮しているのではないでしょうか?
 
「計画停電」という名の「場当たり的無計画停電」になってしまっているのは、直接的には東電の責任ですが、しかし、日本経済や市民生活に甚大な影響を及ぼす停電の決定を、東電に丸投げしてしまった政府にこそ、最大の問題があるのではないかと、個人的には感じています。
 
 
独占企業体としての電力会社は、長年にわたって、ゆるやかな経営環境の中で運営されてきました。
当然、人材も、そうした経営環境にふさわしい人が採用されている訳で、社内調整能力に長けた能吏タイプの人がおのずから多くなりやすいですし、組織としての風土も、現状維持型の穏やかものになるでしょう。
 
その一方、経営環境が、非連続的に変化してゆくような業界にあっては、革新的な気風が育ちますし、ITやエコロジーに代表されるような比較的新しい業界にあっては、自分こそが業界のルールを作るのだという企業家精神に富んだ人が現われやすいものです。
 
 
そういう目で見たとき、電力会社というのは、環境変化の少ない穏やかな状況、すなわち、「平時」のオペレーションに向いた人が多く、今回のような「非常時」ないしは「戦時」の対応には、そもそも不向きなのではないでしょうか?
 
 
言うなれば、実線経験皆無で後方でのデスクワークに長けた能吏型の軍人を、いきなり、最前線の部隊につれてきて、国運を賭けた作戦の指揮を執らせようとしているようなものです。
 
その結果が芳しくないのは、いわば当然のことで、そもそも、そういう人や組織にそういうことを丸投げする方が間違っている訳です。
 
大災害発生といった不測の事態が発生した場合には、複雑かつ不透明な環境の中で、的確かつ、思い切った手を打てるようなタイプの人ないしは組織が、その任に当たるべきです。
 
停電計画の策定・実施の内容如何によって、首都圏の交通が混乱し、流通・販売が遅延・停滞し、市民生活が安定を失い、企業活動全般も低迷して、経済全体に計り知れない打撃を与える・・・などという状況には、東電のような、平時型の1企業では、とてもじゃないけど、適切な対応はできません。
 
東電が混乱するのは、最初から自明のことであり、今回の騒動に関しては、基本的には、東電にそれを任せ切ってしまった側にこそ最大の責任があるのではないか、そんな風に感じます。