モラトリアムの延命 -17ページ目

ロールシャッハ

 高校の時に、親友と呼べたであろうやつがいた。k君。

k君とは、疎遠になってしまった。
向こうがどう思ってるかは別として、僕の中では距離が出来てしまったのだ。

僕が仲良かった人と距離を置くことは凄く珍しい。自分からあんまりしない。

変わらないものなんてなに一つないけど 変わるスピードが違ったんだな

という言葉を、彼のことを思い出すたびに噛みしめる。

あの日僕が居た場所にまだいる気がして、僕は昔の自分を肯定できるほど余裕のある大人じゃないから、自分の亡霊のようにみえてしまうのだろう。
 
自然な流れなのだとは、思う。



音楽は素敵だ。

素敵な人になりたい。


最近の僕の全ては、寂しさで説明がつく。

愛されたいと願う人で どこも順番待ち


僕は自分の直感を信じている。

人の好き嫌いは、あいをかんじるかで決めている。直感で。
だから説明できなくて、とてももどかしいんだけど
でも、結構いい感覚だと自分では信じている。

愛されたりない世の中です。

ダイヤモンドダスト

駆け巡ることを、めちゃくちゃに。


人を愛すること、境界を定めて愛すること。
ぼんやりとした中に、自分をおいて、揺れ動いてるのだけど、固定されているということ、だと思う。

星野源はそういうことばっか歌ってると思う。
だから響く。

知りたいと思うには全部違うと知ることなのです。


私は、私の奇特さで辛かったとしても、この自分を変えたくはない。
甘えていようがなんだろうが、鈍感になりたくはないのだ。
辛くても。辛くてもだ。


親しい人にほど、ルーズになる人がたくさんいる。
それは信用ではあるが、いいことではない。
全部違うのだから。
努力とかいう問題じゃなく習性として無理なものは無理なのだろうけど、それでも努力は必要だ。

ルーズな愛だけでは暮らしていくにはいきにくい。忙しすぎて。
少なくとも片方はまっとうであったほうが社会にそうが、それがルーズを許容することは中々難しいだろう。

気持ちがないのは嫌いだが、形も大事と考えるようになったのは人生に多少真面目になったのか。


揺らぐ中の自身の固定に憧れつつも、僕は人として業の塊で中途半端だ。
楽しさを。




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二本足で立つ地球のすみっこ


誰向けてるわけでもない話。

頭がいい人が間違っている。

身近なものを傷つけているのは、善意でも悪意でも気づいた瞬間によろしくない

誰だってあなたが特別だから、特別されるもの同士は傷つけるべきではない。

自分に向けてるでもないはなし。


浮遊感、腐っている感じ。

誰かにとっての僕を保つためにはクスすぶっていてはダメなんだ。


僕の優しさはただのだらしなさだから好かれること自体罪悪感があるけど

それでも人を傷つける理由にだけはしないように。

クソみたいでも、それとなく見せよう。


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