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中庸章句 (漢文叢書)
編者:朱熹
大正十年
1921年

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子程子曰:「不偏之謂中,不易之謂庸。中者,天下之正道,庸者,天下之定理。」此篇乃孔門傳授心法,子思恐其久而差也,故筆之於書,以授孟子。其書始言一理,中散爲萬事,末復合爲一理,「放之則彌六合,卷之則退藏於密」,其味無窮,皆實學也。善讀者玩索而有得焉,則終身用之,有不能盡者矣。
〈子程子していし曰いはく、偏かたよらざる之これを中ちうと謂いひ、易かはらざる之これを庸ようと謂いふ。中ちうは天下てんかの正道せいだう、庸ようは天下てんかの定理ていり、此この篇へんは乃すなはち孔門こうもん傳授でんじゆの心法しんはふ。子思しし其その久ひさしくして差たがはんことを恐おそる。故ゆゑに之これを書しよに筆ひつして以もつて孟子まうしに授さづく。其その書しよ始はじめは一理りを言いひ、中なかは散さんじて萬事ばんじと爲なり、末すゑ復また合がつして一理りと爲なる。之これを放はなてば則ち六合りくがふに彌わたり、之これを卷まけば則ち密みつに退藏たいざうす。其その味あぢわひ窮きはまり無なし。皆みな實學じつがくなり。善讀者ぜんどくしやの玩索がんさくして得うる有あらば、則すなはち終身しゆうしん之これを用もちいて、盡つくす能あたはざる者あらん。〉
天命之謂性,率性之謂道,修道之謂敎。道也者,不可須臾離也,可離非道也。是故君子戒愼乎其所不睹,恐懼乎其所不聞。莫見乎隱,莫顯乎微,故君子愼其獨也。喜怒哀樂之未發,謂之中;發而皆中節,謂之和。中也者,天下之大本也;和也者,天下之達道也。致中和,天地位焉,萬物育焉。

〈天てんの命めいずる之これを性せいと謂いひ、性せいに率したがふ之これを道みちと謂いひ、道みちを修をさむる之これを敎をしへと謂いふ。道なる者は、須臾しゆゆも離はなる可べからざるなり、離る可きは道に非あらざるなり。是この故ゆゑに君子くんしは其その睹みざる所ところに戒愼かいしんし、其その聞きかざる所に恐懼きようくす。隱かくれたるより見あらはるゝは莫なく、微かすかなるより顯あきらかなるは莫なし。故ゆゑに君子は其の獨ひとりを愼つゝしむ。喜き怒ど哀あい樂らくの未だ發はつせざる之これを中ちうと謂いひ、發はつして皆みな節せつに中あたる之これを和くわと謂ふ。中ちうなる者は、天下てんかの大本たいほんなり。和くわなる者ものは、天下てんかの達道たつだうなり。中和ちうくわを致いたして、天地てんち位くらゐし、萬物ばんぶつ育いくす。〉

右第一章。子思述所傳之意以立言:首明道之本原出於天而不可易,其實體備於己而不可離,次言存養省察之要,終言聖神功化之極。蓋欲學者於此反求諸身而自得之,以去夫外誘之私,而充其本然之善,楊氏所謂一篇之體要是也。其下十章,蓋子思引夫子之言,以終此章之義。
〈右みぎ第だい一章しやうは、子思しし傳つたふる所ところの意いを述のべて以て言げんを立たつ。首はじめには道みちの本原ほんげんは天てんに出いでて而しかして易かふ可べからず。其その實體じつたい己おのれに備そなはつて、而して離はなる可べからざるを明あきらかにす。次つぎには存養そんやう省察せいさつの要えうを言いひ、終をわりには聖神せいしん功化こうくわの極きよくを言いふ。蓋けだし學者がくしや此こゝに於おいて、諸これを身みに反求はんきうして、而しかしてこれを自得じとくし、以もつて夫かの外誘ぐわいいふの私わたくしを去すてて、而して其その本然ほんぜんの善ぜんを充みたさんことを欲ほつす。楊氏やうしの所謂いはゆる一篇いつぺんの體要たいえう是れなり。其の下しも十章しやうは、蓋けだし子思しし夫子ふうしの言げんを引ひき、以もつて此章このしやうの義ぎを終をふ。〉
仲尼曰:「君子中庸,小人反中庸。君子之中庸也,君子而時中;小人之反中庸也,小人而無忌憚也。」

〈仲尼ちうぢ曰いはく、君子くんしは中庸ちうようし、小人せうじんは中庸に反はんす。君子の中庸や、君子にして時ときに中ちうす、小人の中庸に反するや、小人にして忌憚きたん無なきなり。〉

右第二章。
〈右第二章〉
子曰:「中庸其至矣乎!民鮮能久矣!」

〈子し曰いはく、中庸ちうようは其それ至いたれるかな。民たみ能よくする鮮すくなきこと久ひさし。〉

右第三章。
〈右第三章〉
子曰:「道之不行也,我知之矣,知者過之,愚者不及也;道之不明也,我知之矣,賢者過之,不肖者不及也。人莫不飮食也,鮮能知味也。」

〈子し曰いはく、道みちの行おこなはれざるや、我われ之これを知しる。知者ちしやは之これに過すぎ、愚者ぐしやは及およばざるなり。道の明あきらかならざるや、我われ之これを知しる。賢者けんじやは之これに過すぎ、不肖者ふせうしやは及ばざるなり。人ひと飮食いんしよくせざる莫なし、能よく味あぢはひを知る鮮すくなきなり。〉

右第四章。
〈右第四章〉
子曰:「道其不行矣夫!」

〈子し曰いはく、道みちは其それ行おこなはれざるか。〉

右第五章。
〈右第五章〉
子曰:「舜其大知也與!舜好問而好察邇言,隱惡而揚善,執其兩端,用其中於民,其斯以爲舜乎!」

〈子し曰いはく、舜しゆんは其それ大知たいちなるか、舜しゆん問とひを好このんで而して好みて邇言じげんを察さつす。惡あくを隱かくして而して善を揚あげ、其その兩端りやうたんを執とつて、其その中ちうを民たみに用もちふ。其それ斯これ以もつて舜しゆんたるか。〉

右第六章。
〈右第六章〉
子曰:「人皆曰予知,驅而納諸罟擭陷阱之中,而莫之知辟也。人皆曰予知,擇乎中庸而不能期月守也。」

〈子し曰いはく、人ひと皆みな予われ知ちありと曰いふ。驅かつて諸これを罟擭こくわく陷阱かんせいの中なかに納いれて、而しかして之これを辟さくるを知しる莫なきなり。人ひと皆みな予われ知ちありと曰いふ。中庸ちうようを擇えらんで、而しかして期月きげつを守まもる能あたはざるなり。〉

右第七章。
〈右第七章〉
子曰:「回之爲人也,擇乎中庸,得一善,則拳拳服膺而弗失之矣。」

〈子曰く、回くわいの人ひとたるや、中庸ちうようを擇えらび、一善ぜんを得うれば則すなはち拳拳けんけん服膺ふくようして、而して之れを失うしなはず。〉

右第八章。
〈右第八章〉
子曰:「天下國家可均也,爵祿可辭也,白刃可蹈也,中庸不可能也。」

〈子曰く、天下てんか國家こくかは均ひとしくす可べきなり、爵祿しやくろくは辭じす可べきなり、白刃はくじんは蹈ふむ可べきなり、中庸ちうようは能よくす可べからざるなり。〉

右第九章。
〈右第九章〉
子路問强。子曰:「南方之强與?北方之强與?抑而强與?寬柔以敎,不報無道,南方之强也,君子居之。衽金革,死而不厭,北方之强也,而强者居之。故君子和而不流,强哉矯!中立而不倚,强哉矯!國有道,不變塞焉,强哉矯!國無道,至死不變,强哉矯!」

〈子路しろ强きやうを問とふ。子曰く、南方なんぱうの强か、北方ほくぱうの强か、抑そもそも而なんぢの强きやうか。寬柔かんじう以もつて敎をしへ、無道ぶだうに報はうぜざるは、南方なんぱうの强なり。君子くんし之これに居をる。金革きんかくを衽しとねとして、死しして厭いとはざるは、北方の强なり。强者きやうしや之これに居をる。故ゆゑに君子は和くわすれども流ながれず、强きやうなるかな矯けう。中立ちうりつして而しかして倚かたよらず、强なるかな矯。國くに道みちあれば、塞そくを變へんぜず、强きやうなるかな矯けう。國くに道みちなければ、死しに至いたるも變へんぜず、强なるかな矯。〉

右第十章。
〈右第十章〉
子曰:「素隱行怪,後世有述焉,吾弗爲之矣。君子遵道而行,半塗而廢,吾弗能已矣。君子依乎中庸,遯世不見知而不悔,唯聖者能之。

〈子曰く、隱かくれたるを素もとめ怪あやしきを行おこなふ。後世こうせい述のぶる有あらんも、吾われは之これを爲なさず。君子くんし道みちに遵したがひて行おこなひ、半塗はんとにして而して廢はいす、吾われは已やむ能あたはず。君子は中庸ちうように依よる。世よを遯のがれ知しられずして而して悔くいざる、唯ただ聖者せいしや之これを能よくす。〉

右第十一章。
〈右第十一章〉
君子之道費而隱。夫婦之愚,可以與知焉,及其至也,雖聖人亦有所不知焉;夫婦之不肖,可以能行焉,及其至也,雖聖人亦有所不能焉。天地之大也,人猶有所憾。故君子語大,天下莫能載焉;語小,天下莫能破焉。詩云:「鳶飛戾天,魚躍於淵。」言其上下察也。君子之道,造端乎夫婦;及其至也,察乎天地。

〈君子くんしの道みちは、費ひにして隱いん、夫婦ふうふの愚ぐも、以もつて與あづかり知しる可べし。其その至いたれるに及およびてや、聖人せいじんと雖いへども、亦また知しらざる所ところあり。夫婦ふうふの不肖ふせうも以もつて能よく行おこなふ可べし、其の至れるに及びてや、聖人と雖も亦また能よくせざる所ところ有あり。天地てんちの大なる、人ひと猶なほ憾うらむる所ところ有あり。故ゆゑに君子くんし大だいを語かたれば、天下てんか能よく載のする莫なく、小せうを語れば、天下能く破やぶる莫なきなり。詩しに云ふ、鳶とび飛とんで天てんに戾いたり、魚うを淵ふちに躍をどると。其その上下じやうげに察あきらかなるを言いふ。君子くんしの道みちは、端たんを夫婦ふうふに造なす。其その至いたれるに及びてや、天地てんちに察あきらかなり。〉

右第十二章。子思之言,蓋以申明首章道不可離之意也。其下八章,雜引孔子之言以明之。
〈右みぎ第十二章しやうは、子思ししの言げん、蓋けだし以もつて首章しゆしやうの道みちは離はなる可べからざるの意いを申明しんめいするなり。其の下八章は、孔子の言を雜引ざついんして以て之これを明あきらかにす。〉
子曰:「道不遠人。人之爲道而遠人,不可以爲道。詩云:『伐柯伐柯,其則不遠。』執柯以伐柯,睨而視之,猶以爲遠。故君子以人治人,改而止。忠恕違道不遠,施諸己而不願,亦勿施於人。君子之道四,丘未能一焉:所求乎子,以事父未能也;所求乎臣,以事君未能也;所求乎弟,以事兄未能也;所求乎朋友,先施之未能也。庸德之行,庸言之謹,有所不足,不敢不勉,有餘不敢盡;言顧行,行顧言,君子胡不慥慥爾!」

〈子曰く、道みちは人ひとに遠とほからず、人ひとの道みちを爲なして人ひとに遠とほければ、以もつて道みちと爲なす可べからず。詩しに云いふ、柯かを伐きり柯かを伐かる、其その則のり遠とほからずと。柯かを執とり以もつて柯かを伐かる、睨にらんで之これを視みる、猶なほ以もつて遠とほしと爲なす。故ゆゑに君子くんしは人ひとを以もつて人ひとを治をさめ、改あらためて止やむ。忠恕ちうじよ道みちを違さること遠とほからず。諸これを己おのれに施ほどこして願ねがはずんば、亦また人ひとに施ほどこす勿なかれ。君子の道みち四、丘きう未いまだ一いつを能よくせず。子こに求もとむる所ところ、以もつて父ちちに事つかふるは、未いまだ能あたはざるなり。臣しんに求もとむる所ところ、以もつて君きみに事つかふるは、未いまだ能あたはざるなり。弟おとうとに求もとむる所、以て兄あにに事ふるは、未いまだ能はざるなり。朋友ほういうに求もとむる所ところ、先まづ之これを施ほどこすは、未いまだ能あたはざるなり。庸德ようとくを之れ行おこなひつゝ庸言ようげんを之れ謹つゝしむ。足たらざる所ところ有あらば、敢あへて勉つとめずんばあらず。餘あまり有あらば敢あへて盡つくさず、言げんは行おこなひを顧かへりみ、行おこなひは言げんを顧かへりみる。君子くんし胡なんぞ慥慥璽さうさうじたらざらん。〉

右第十三章。
〈右第十三章〉
君子素其位而行,不願乎其外。素富貴,行乎富貴;素貧賤,行乎貧賤;素夷狄,行乎夷狄;素患難,行乎患難;君子無入而不自得焉。在上位不陵下,在下位不援上,正己而不求於人則無怨。上不怨天,下不尤人。故君子居易以俟命,小人行險以徼幸。子曰:「射有似乎君子;失諸正鵠,反求諸其身。」

〈君子くんしは其その位くらゐに素そして行おこなひ、其外そのほかを願ねがはず、富貴ふうきに素そしては富貴ふうきに行おこなひ、貧賤ひんせんに素そしては貧賤ひんせんに行おこなひ、夷狄いてきに素しては夷狄に行ひ、患難くわんなんに素しては患難に行ふ。君子入いるとして自得じとくせざる無なし。上位じやうゐに在ありて下しもを陵しのがず、下位かゐに在りて上を援ひかず、己おのれを正ただしくして人ひとに求もとめずんば則すなはち怨うらむなし。上かみ天てんを怨うらみず、下しも人ひとを尤とがめず。故ゆゑに君子くんしは易やすきに居ゐて以もつて命めいを俟まつ、小人せうじんは險けんを行おこなひて以もつて幸さいはひを儌もとむ。子曰く、射しやは君子くんしに似にたる有り、諸これを正鵠せいこくに失しつすれば、反かへつて諸これを其身に求む。〉

右第十四章。
〈右第十四章〉
君子之道,辟如行遠必自邇,辟如登高必自卑。詩曰:「妻子好合,如鼓瑟琴;兄弟既翕,和樂且耽;宜爾室家;樂爾妻帑。」子曰:「父母其順矣乎!」

〈君子くんしの道みちは、辟たとへば遠とほきに行ゆくに必かならず邇ちかき自よりするが如ごとく、辟たとへば高たかきに登のぼるに必かならず卑ひくき自よりするが如し。詩しに曰いはく、妻子さいし好合かうがふして、瑟琴しつきんを鼓こするが如ごとし、兄弟けいてい既すでに翕あひ、和樂わらくし且かつ耽たのしむ、爾なんぢの室家しつかに宜よろしく、爾なんぢの妻帑さいどを樂たのしましむと。子し曰いはく、父母ふぼは其それ順じゆんなるか。〉

右第十五章。
〈右第十五章〉
子曰:「鬼神之爲德,其盛矣乎!視之而弗見,聽之而弗聞,體物而不可遺。使天下之人齊明盛服,以承祭祀。洋洋乎!如在其上,如在其左右。詩曰:『神之格思,不可度思!矧可射思!』夫微之顯,誠之不可揜如此夫。」

〈子曰く、鬼神きしんの德とくたる、其それ盛さかんなるか。之これを視みれども見みえず、之これを聽きけども聞きこえず、物に體たいとなりて遺わする可べからず、天下てんかの人ひとをして齊明さいめい盛服せいふくして、以もつて祭祀さいしを承うけ、洋洋乎やうやうことして、其上そのかみに在あるが如ごとく、其その左右さいうに在あるが如ごとくならしむ。詩しに曰く、神かみの格いたる、度はかる可べからず、矧いはんや射いさふ可べけんやと。夫それ微びの顯あきらかなる、誠まことの揜おほふ可べからざる此かくの如ごときか。〉

右第十六章。
〈右第十六章〉
子曰:「舜其大孝也與!德爲聖人,尊爲天子,富有四海之內。宗廟饗之,子孫保之。故大德必得其位,必得其祿,必得其名,必得其壽。故天之生物,必因其材而篤焉。故栽者培之,傾者覆之,詩曰:『嘉樂君子,憲憲令德!宜民宜人;受祿於天;保佑命之,自天申之!』

〈子曰く、舜しゆんは其それ大孝たいかうなるか。德とくは聖人せいじんたり、尊たふときこと天子てんしたり、富とみ四海しかいの內うちを有たもち、宗廟そうべう之これを饗うけ、子孫しそん之これを保たもつ。故ゆゑに大德だいとくあれば必かならず其位そのくらゐを得え、必ず其祿そのろくを得え、必かならず其名そのなを得え、必ず其壽じゆを得う。故ゆゑに天てんの物ものを生しやうずる、必かならず其材そのざいに因よりて篤あつくす。故ゆゑに栽たつ者もの之これを培ばいし、傾かたむく者もの之これを覆くつがへす。詩しに曰いはく、嘉樂からくの君子くんしは、憲憲けんけんたる令德れいとくあり。民たみに宜よろしく人ひとに宜よろしく、祿ろくを天てんに受うく、保佑ほいうして之これに命めいじ、天より之れを申かさぬと。故に大德ある者ものは必ず命めいを受うく。〉

右第十七章。
〈右第十七章〉
子曰:「無憂者其惟文王乎!以王季爲父,以武王爲子,父作之,子述之。武王纘大王、王季、文王之緖。壹戎衣而有天下,身不失天下之顯名。尊爲天子,富有四海之內。宗廟饗之,子孫保之。武王末受命,周公成文武之德,追王大王、王季,上祀先公以天子之禮。斯禮也,達乎諸侯大夫,及士庶人。父爲大夫,子爲士;葬以大夫,祭以士。父爲士,子爲大夫;葬以士,祭以大夫。期之喪達乎大夫,三年之喪達乎天子,父母之喪無貴賤一也。」

〈子し曰いはく、憂うれへ無なき者ものは、其それ惟ただ文王ぶんわうか。王季わうきを以もつて父と爲なし、武王ぶわうを以て子と爲なす、父之これを作なして子こ之これを述のぶ。武王ぶわうは大王だいわう・王季わうき・文王ぶんわうの緖しよを纘つぎ、壹ひとたび戎衣じゆういして天下てんかを有たもち、身み天下てんかの顯名けんめいを失うしなはず、尊たふときことは天子てんしたり、富とみは四海かいの內うちを有たもち、宗廟そうべうは之これを饗うけ、子孫しそんは之これを保たもつ。武王ぶわう末つひに命めいを受うけ、周公しうこう文武ぶんぶの德とくを成なして大王だいわう・王季わうきを追王ついわうす。上かみ先公せんこうを祀まつるに天子てんしの禮れいを以もつてす。斯この禮れいや諸侯しよこう大夫たいふ及および士し庶人しよじんに達たつす。父ちゝ大夫たいふたり、子こ士したれば、葬ほうむるには大夫たいふを以てし、祭まつるには士しを以てす。父士たり、子こ大夫たいふたれば、葬ほうむるには士しを以てし、祭まつるには大夫を以もつてす。期の喪もは大夫に達たつし、三年の喪もは、天子てんしに達たつす。父母ふぼの喪もは、貴賤きせんと無なく一いつなり。〉

右第十八章。
〈右第十八章〉
子曰:「武王、周公,其達孝矣乎!夫孝者:善繼人之志,善述人之事者也。春秋脩其祖廟,陳其宗器,設其裳衣,薦其時食。宗廟之禮,所以序昭穆也;序爵,所以辨貴賤也;序事,所以辨賢也;旅酬下爲上,所以逮賤也;燕毛,所以序齒也。踐其位,行其禮,奏其樂,敬其所尊,愛其所親,事死如事生,事亡如事存,孝之至也。郊社之禮,所以事上帝也,宗廟之禮,所以祀乎其先也。明乎郊社之禮、禘嘗之義,治國其如示諸掌乎。」

〈子曰く、武王ぶわう・周公しうこうは、其それ達孝たつかうなるか。夫それ孝かうは、善よく人ひとの志こゝろざしを繼つぎ、善よく人ひとの事ことを述のぶる者ものなり。春秋しゆんじうに其その祖廟そべうを脩をさめ、其その宗器そうきを陳つらね、其その裳衣しやういを設まうけ、其時食じしよくを薦すゝむ。宗廟そうべうの禮れいは、昭穆せうぼくを序じよする所以ゆゑんなり。爵しやくを序じよするは貴賤きせんを辨べんずる所以ゆゑんなり。事を序じよするは賢けんを辨べんずる所以なり。旅酬りよしうは下上しもかみの爲ためにするは、賤いやしきに逮およぼす所以ゆゑんなり。燕毛えんまうは、齒よはひを序じよする所以なり。其位くらゐを踐ふみ、其その禮れいを行おこなひ、其樂がくを奏そうし、其その尊たふとぶ所ところを敬けいし、其の親したしむ所ところを愛あいし、死しに事つかふこと生せいに事つかふるが如ごとくし、亡ばうに事ふること存そんに事つかふるが如ごとくするは、孝かうの至いたりなり。郊社かうしやの禮れいは、上帝じやうていに事ふる所以ゆゑんなり。宗廟そうべうの禮れいは、其その先さきを祀まつる所以ゆゑんなり。郊社かうしやの禮れい、禘嘗ていしやうの義ぎを明あきらかにせば、國くにを治をさむること其それ諸これを掌たなごゝろに示みるが如ごときか。〉

右第十九章。
〈右第十九章〉
哀公問政。子曰:「文武之政,布在方策。其人存,則其政舉;其人亡,則其政息。人道敏政,地道敏樹。夫政也者,蒲盧也。故爲政在人,取人以身,脩身以道,脩道以仁。仁者人也,親親爲大;義者宜也,尊賢爲大;親親之殺,尊賢之等,禮所生也。在下位不獲乎上,民不可得而治矣!故君子不可以不脩身;思脩身,不可以不事親;思事親,不可以不知人;思知人,不可以不知天。」天下之達道五,所以行之者三:曰君臣也,父子也,夫婦也,昆弟也,朋友之交也:五者天下之達道也。知、仁、勇三者,天下之達德也,所以行之者一也。或生而知之,或學而知之,或困而知之,及其知之一也;或安而行之,或利而行之,或勉强而行之,及其成功一也。子曰:「好學近乎知,力行近乎仁,知恥近乎勇。知斯三者,則知所以脩身;知所以脩身,則知所以治人;知所以治人,則知所以治天下國家矣。」凡爲天下國家有九經,曰:脩身也,尊賢也,親親也,敬大臣也,體群臣也,子庶民也,來百工也,柔遠人也,懷諸侯也。脩身則道立,尊賢則不惑,親親則諸父昆弟不怨,敬大臣則不眩,體群臣則士之報禮重,子庶民則百姓勸,來百工則財用足,柔遠人則四方歸之,懷諸侯則天下畏之。齊明盛服,非禮不動,所以脩身也;去讒遠色,賤貨而貴德,所以勸賢也;尊其位,重其祿,同其好惡,所以勸親親也;官盛任使,所以勸大臣也;忠信重祿,所以勸士也;時使薄斂,所以勸百姓也;日省月試,既稟稱事,所以勸百工也;送往迎來,嘉善而矜不能,所以柔遠人也;繼絕世,舉廢國,治亂持危,朝聘以時,厚往而薄來,所以懷諸侯也。凡爲天下國家有九經,所以行之者一也。凡事豫則立,不豫則廢。言前定則不跲,事前定則不困,行前定則不疚,道前定則不窮。在下位不獲乎上,民不可得而治矣;獲乎上有道:不信乎朋友,不獲乎上矣;信乎朋友有道:不順乎親,不信乎朋友矣;順乎親有道:反諸身不誠,不順乎親矣;誠身有道:不明乎善,不誠乎身矣。誠者,天之道也;誠之者,人之道也。誠者不勉而中,不思而得,從容中道,聖人也。誠之者,擇善而固執之者也。博學之,審問之,愼思之,明辨之,篤行之。有弗學,學之弗能弗措也;有弗問,問之弗知弗措也;有弗思,思之弗得弗措也;有弗辨,辨之弗明弗措也;有弗行,行之弗篤弗措也;人一能之己百之,人十能之己千之。果能此道矣,雖愚必明,雖柔必强。

〈哀公あいこう政まつりごとを問とふ、子曰く、文武ぶんぶの政まつりごとは、布しきて方策はうさくに在あり、其人そのひと存そんすれば、則すなはち其の政まつりごと擧あがり、其人亡ばうすれば、則すなはち其政そのまつりごと息やむ。人道じんだうは政に敏さとし、地道ちだうは樹じゆするに敏さとし。夫それ政まつりごとなる者は蒲盧ほろなり。故ゆゑに政を爲なすは人ひとに在あり。人ひとを取とるに身みを以もつてし、身みを脩をさむるに道みちを以もつてし、道みちを脩をさむるに仁じんを以てす。仁じんは人なり、親を親したしむを大だいと爲なす。義ぎは宜よろしきなり、賢けんを尊たふとぶを大だいと爲なす。親を親したしむの殺さい、賢けんを尊たふとぶの等とうは、禮れいの生しやうずる所ところなり。下位かゐに在ありて上かみに獲えられずんば、民たみ得えて治をさむ可べからず。故ゆゑに君子くんしは以もつて身みを脩をさめざる可からず。身を脩めんと思はば、以もつて親おやに事つかへざる可からず。親おやに事つかへんと思はば、以て人を知らざる可からず。人を知らんと思はば、以て天てんを知らざる可からず。天下てんかの達道たつだう五いつつ、之これを行おこなふ所以ゆゑんの者もの三みつ。曰いはく、君臣くんしんなり、父子ふしなり、夫婦ふうふなり、昆弟こんていなり、朋友ほういうの交まじはりなり。五いつつの者ものは天下てんかの達道たつだうなり。知ち仁じん勇ゆうの三者しやは、天下てんかの達德たつとくなり。之これを行おこなふ所以ゆゑんの者もの一ひとつなり。或あるひは生うまれながらにして之これを知り、或は學まなびて之れを知り。或は困くるしみて之を知る、其その之を知るに及およびては一いつなり。或あるひは安やすんじて之これを行おこなひ、或あるひは利りして之れを行ひ、或は勉强べんきやうして之れを行ふ。其の功こうを成なすに及およびては一いつなり。子曰く、學がくを好このむは知ちに近ちかく、力つとめ行おこなふは仁じんに近ちかく、恥はぢを知しるは勇ゆうに近ちかし。斯この三者しやを知しれば、則すなはち身みを脩をさむる所以ゆゑんを知しる。身みを脩をさむる所以ゆゑんを知しれば、則すなはち人ひとを治をさむる所以ゆゑんを知る。人を治むる所以を知れば、則すなはち天下てんか國家こくかを治をさむる所以ゆゑんを知る。凡およそ天下てんか國家こくかを爲をさむるに九經きうけいあり。曰く、身みを脩をさむるなり、賢けんを尊たふとぶなり、親しんを親したしむなり、大臣だいじんを敬けいするなり、群臣ぐんしんを體たいするなり、庶民しよみんを子ことするなり、百工ひやくこうを來きたすなり、遠人ゑんじんを柔やはらぐるなり、諸侯しよこうを懷なつくるなり。身みを脩をさむれば則すなはち道みち立たつ。賢けんを尊たふとべば則ち惑まどはず、親しんを親したしめば則すなはち諸父昆弟しよふこんてい怨うらみず。大臣だいじんを敬けいすれば則すなはち眩げんせず。群臣ぐんしんを體たいすれば則すなはち士しの報禮はうれい重おもし。庶民しよみんを子ことすれば則ち百姓ひやくせい勱つとむ。百工ひやくこうを來きたせば則ち財用ざいよう足たる。遠人ゑんじんを柔じうすれば則ち四方しほう之これに歸きす。諸侯しよこうを懷なつくれば則ち天下てんか之これを畏おそる。齋明盛服さいめいせいふくし、禮れいに非あらざれば動うごかず、身みを脩をさむる所以なり。讒ざんを去さり、色いろを遠とほざけ、貨くわを賤いやしみて德とくを尊たふとぶ、賢けんを勸すゝむる所以ゆゑんなり。其の位くらゐを尊たふとくし、其祿ろくを重おもくし、其好惡かうをを同おなじくす、親しんを親したしむを勸すゝむる所以なり。官くわん盛さかんにして任使にんしせしむ、大臣だいじんを勸すゝむる所以なり。忠信ちうしん祿ろくを重おもくす、士しを勸すゝむる所以なり。時ときに使つかひて薄うすく斂れんす、百姓ひやくせいを勸すゝむる所以なり。日ひに省せいし月つきに試こゝろみ、既稟きりん事ことに稱かなふ、百工ひやくこうを勸すゝむる所以なり。往わうを送おくり來らいを迎むかへ、善ぜんを嘉よみして不能ふのうを矜あはれむ、遠人ゑんじんを柔じうする所以なり。絕世ぜつせいを繼つぎ、廢國はいこくを擧あげ、亂らんを治をさめ危あやふきを持ぢし、朝聘てうへいは時ときを以もつてし、往わうに厚あつくして來らいに薄うすくす、諸侯しよこうを懷なつくる所以なり。凡およそ天下てんか國家こくかを爲をさむるに九經きうけい有り。之れを行おこなふ所以ゆゑんは一いつなり。凡およそ事こと豫あらかじめすれば則ち立たち、豫あらかじめせざれば則ち廢はいす。言げん前まへに定さだまれば則すなはち跲つまづかず、事こと前まへに定さだまれば則すなはち困くるしまず、行おこなひ前まへに定さだまれば則ち疚やましからず、道みち前まへに定まれば則ち窮きうせず。下位かゐに在ありて上かみに獲えられざれば、民たみ得えて治をさむ可べからず。上かみに獲らるゝに道みち有あり。朋友ほういうに信しんぜられざれば上かみに獲えられず。朋友に信ぜらるゝに道みち有あり。親おやに順じゆんならざれば朋友ほういうに信しんぜられず。親おやに順じゆんなるに道みち有あり。諸これを身みを反かへして誠まことあらざれば親おやに順じゆんならず。身みを誠まことにするに道みち有り。善ぜんに明あきらかならざれば身みに誠まことあらず。誠まことは天てんの道みちなり、之これを誠まことにするは人ひとの道なり。誠まことは勉つとめずして中あたり、思おもはずして得え、從容しようようとして道みちに中あたるは聖人せいじんなり。之これを誠まことにする者は善ぜんを擇えらんで固かたく之これを執とる者ものなり。博ひろく之これを學まなび、審つまびらかに之これを問とひ、愼つゝしんで之これを思おもひ、明あきらかに之これを辨べんじ、篤あつく之れを行おこなふ。學まなばざる有あり、之れを學まなびて能よくせざれば措おかざるなり。問とはざる有あり、之これを問とひて知しらざれば措おかざるなり。思おもはざる有あり。之れを思ひて得えざれば措おかざるなり。辨べんぜざる有り、之これを辨べんじて明あきらかならざれば措おかざるなり。行おこなはざる有あり。之れを行ひて篤あつからざれば措おかざるなり。人ひと一ひとたびにして之これを能よくすれば己おのれ之これを百ひやくたびにす。人ひと十とたびにして之これを能よくすれば、己おのれ之これを千ちたびにす。果はたして此道このみちを能よくすれば、愚ぐと雖も必かならず明あきらかに、柔じうと雖も必かならず强つよし。〉

右第二十章。
〈右第二十章〉
自誠明,謂之性;自明誠,謂之敎。誠則明矣,明則誠矣。

〈誠まことなるより明あきらかなる、之れを性せいと謂いひ、明あきらかなるより誠なる、之れを敎をしへと謂いふ。誠まことなれば則すなはち明あきらかに、明あきらかなれば則ち誠まことなり。〉

右第二十一章。子思承上章夫子天道、人道之意而立言也。自此以下十二章,皆子思之言,以反覆推明此章之意。
〈右第二十一章、子思しし上章じやうしやう夫子ふうし天道てんだう人道じんだうの意いを承うけて言げんを立たつるなり。此れより以下十二章は、皆みな子思ししの言げんにして、以もつて此章このしやうの意いを反覆はんぷく推明すゐめいせり。〉
唯天下至誠,爲能盡其性;能盡其性,則能盡人之性;能盡人之性,則能盡物之性;能盡物之性,則可以贊天地之化育;可以贊天地之化育,則可以與天地參矣。

〈唯ただ天下てんかの至誠しせいは、能よく其性せいを盡つくすを爲なせば、則ち能よく人の性せいを盡つくす。能く人の性せいを盡つくせば、則すなはち能よく物ものの性せいを盡つくす。能よく物ものの性せいを盡つくせば、則ち以て天地てんちの化育くわいくを贊さんす可べし。以もつて天地てんちの化育くわいくを贊さんす可べければ、則すなはち以もつて天地てんちと參さんたる可べし。〉

右第二十二章。
〈右第二十二章〉
其次致曲,曲能有誠,誠則形,形則著,著則明,明則動,動則變,變則化,唯天下至誠爲能化。

〈其次そのつぎは曲きよくを致いたす。曲きよくなれば能よく誠まこと有あり、誠あれば則ち形あらはる、形あらはるれば則すなはち著いちじるしく、著いちじるしければ則ち明あきらかに、明あきらかなれば則ち動うごく、動うごけば則すなはち變へんじ、變へんずれば則ち化くわす。唯ただ天下てんかの至誠しせいは、能よく化くわすることを爲なす。〉

右第二十三章。
〈右第二十三章〉
至誠之道,可以前知。國家將興,必有禎祥;國家將亡,必有妖孽;見乎蓍龜,動乎四體。禍福將至:善,必先知之;不善,必先知之。故至誠如神。

〈至誠しせいの道みちは、以もつて前知ぜんちす可べし。國家こくか將まさに興おこらんとすれば、必かならず禎祥ていしやう有あり。國家將に亡ほろびんとすれば、必かならず妖孽えうげつあり、蓍龜しきに見あらはれ、四體たいに動うごく。禍福くわふく將まさに至らんとすれば、善ぜんも必かならず先まづ之れを知り、不善ふぜんも必かならず先まづ之れを知る。故ゆゑに至誠しせいは神しんの如ごとし。〉

右第二十四章。
〈右第二十四章〉
誠者自成也,而道自道也。誠者物之終始,不誠無物。是故君子誠之爲貴。誠者非自成己而已也,所以成物也。成己,仁也;成物,知也。性之德也,合外內之道也,故時措之宜也。

〈誠まことは自みづから成なすなり。而しかして道みちは自みづから道みちびくなり。誠まことは物の終始しゆうしなり、誠まことならざれば物ものなし。是この故ゆゑに君子くんしは之れを誠にするを貴たふとしとなす。誠まことは自みづから己おのれを成なすのみに非あらざるなり、物ものを成なす所以ゆゑんなり。己おのれを成なすは仁じんなり、物ものを成なすは知ちなり。性せいの德とくなり、外內ぐわいないを合がつするの道みちなり。故ゆゑに時に之れを措おきて宜よろしきなり。〉

右第二十五章。
〈右第二十五章〉
故至誠無息。不息則久,久則徵,徵則悠遠,悠遠則博厚,博厚則高明。博厚,所以載物也;高明,所以覆物也;悠久,所以成物也。博厚配地,高明配天,悠久無疆。如此者,不見而章,不動而變,無爲而成。天地之道,可一言而盡也:其爲物不貳,則其生物不測。天地之道:博也,厚也,高也,明也,悠也,久也。今夫天,斯昭昭之多,及其無窮也,日月星辰繫焉,萬物覆焉。今夫地,一撮土之多,及其廣厚,載華嶽而不重,振河海而不洩,萬物載焉。今夫山,一卷石之多,及其廣大,艸木生之,禽獸居之,寶藏興焉。今夫水,一勺之多,及其不測,黿鼉、蛟龍、魚鱉生焉,貨財殖焉。詩云:「維天之命,於穆不已!」蓋曰天之所以爲天也。「於乎不顯!文王之德之純!」蓋曰文王之所以爲文也,純亦不已。

〈故ゆゑに至誠しせいは息やむなし。息やまざれば則すなはち久ひさし。久ひさしければ、則すなはち徵しるしあり。徵しるしあれば則すなはち悠遠いうゑんなり。悠遠いうゑんなれば則すなはち博厚はくこうなり。博厚はくこうなれば則すなはち高明かうめいなり。博厚は物ものを載のする所以ゆゑんなり。高明かうめいは天てんに配はいし、悠久いうきうは疆かぎりなし。此かくの如ごとき者ものは見しめさずして章あらはれ、動うごかずして變へんじ、爲なすことなくして成なる。天地てんちの道みちは、一言げんにして盡つくす可べきなり。其の物ものたる貳にならず、則ち其の物ものを生しやうずる測はかられず。天地てんちの道みちは博はくなり、厚こうなり、高かうなり、明めいなり、悠いうなり、久きうなり、今いま夫それ天てんは、斯この昭昭せうせうの多きなり。其の窮きはまりなきに及およんでや、日月星辰繫かゝり、萬物ばんぶつ覆おほはる。今いま夫それ地は、一撮土さつどの多きなり。其廣厚くわうこうなるに及およんでは、華嶽くわがくを載のせて而しかして重おもしとせず。河海かかいを振をさめて洩もらさず、萬物ばんぶつ載のせらる。今いま夫それ山やまは、一卷石けんせきの多きなり。其の廣大くわうだいなるに及んでは、艸木さうもく之これに生しやうじ、禽獸きんじう之これに居り、寶藏はうざう興おこる。今いま夫それ水みずは、一勺しやくの多おほきなり。其の測はかられざるに及およんでは、黿鼉げんだ蛟龍かうりよう魚鱉ぎよべつ生しやうじ、貨財くわざい殖しよくす。詩しに云ふ、維これ天てんの命めい、於あゝ穆ぼくとして已やまず。蓋けだし天てんの天てんなる所以ゆゑんを曰ふ。於乎ああ顯あきらかならざらんや、文王ぶんわうの德とくの純じゆんと。蓋けだし文王ぶんわうの文ぶんたる所以ゆゑんを曰ふなり。純じゆんも亦また已まざるなり。〉

右第二十六章。
〈右第二十六章〉
大哉聖人之道!洋洋乎!發育萬物,峻極於天。優優大哉!禮儀三百,威儀三千。待其人而後行。故曰苟不至德,至道不凝焉。故君子尊德性而道問學,致廣大而盡精微,極高明而道中庸。溫故而知新,敦厚以崇禮。是故居上不驕,爲下不倍,國有道其言足以興,國無道其默足以容。詩曰「既明且哲,以保其身」,其此之謂與!

〈大だいなるかな聖人せいじんの道みち、洋洋乎やうやうことして萬物ばんぶつを發育はついくし、峻しゆんとして天てんを極きはむ。優優いういうとして大だいなるかな、禮義れいぎ三百、威儀ゐぎ三千。其人ひとを待まつて而しかる後のちに行おこなはる。故ゆゑに曰く、苟いやしくも至德しとくならざれば、至道しだう凝ならず。故ゆゑに君子くんしは德性とくせいを尊たふとんで問學もんがくに道よる。廣大くわうだいを致きはめて精微せいびを盡つくす。高明かうめいを極きはめて中庸ちうように道よる。故ふるきを溫たづねて新あたらしきを知しり、敦厚とんこうにして禮れいを崇たふとぶ。是この故ゆゑに、上かみに居つて驕おごらず、下しもと爲なりて倍そむかず、國くに道みち有れば、其言げん以もつて興おこるに足たり、國くに道みちなければ、其默もく以もつて容いれらるゝに足たる。詩しに曰ふ、既すでに明めい且かつ哲てつ、以もつて其身みを保たもつと。其それ此これを之れ謂いふ與か。〉

右第二十七章。
〈右第二十七章〉
子曰:「愚而好自用,賤而好自專,生乎今之世,反古之道。如此者,菑及其身者也。」非天子,不議禮,不制度,不考文。今天下車同軌,書同文,行同倫。雖有其位,苟無其德,不敢作禮樂焉;雖有其德,苟無其位,亦不敢作禮樂焉。子曰:「吾說夏禮,杞不足徵也;吾學殷禮,有宋存焉;吾學周禮,今用之,吾從周。」

〈子曰く、愚ぐにして自みづから用もちふるを好このみ、賤せんにして自ら專もつぱらにするを好み、今の世よに生うまれて、古いにしへの道みちに反かへる。此かくの如ごとき者は菑わざはひ其身みに及およぶ者なり。天子てんしに非あらざれば、禮れいを議ぎせず、度どを制せいせず、文ぶんを考かんがへず。今いま天下てんか、車くるま軌きを同おなじうし、書しよ文ぶんを同おなじうし、行おこなひ倫りんを同おなじうす。其位くらゐ有ありと雖いへども、苟いやしくも其德とくなければ、敢あへて禮樂れいがくを作つくらず。其德とくありと雖いへども、苟いやしくも其位くらゐなければ、亦また敢あへて禮樂れいがくを作つくらず。子し曰く、吾われ夏かの禮れいを說とけども、杞きは徵ちようとするに足たらず。吾われ殷いんの禮れいを學まなぶ、宋そうの存そんするあり。吾われ周しうの禮れいを學まなぶ、今いま之れを用もちふ。吾われは周しうに從したがはん。〉

右第二十八章。
〈右第二十八章〉
王天下有三重焉,其寡過矣乎!上焉者雖善無徵,無徵不信,不信民弗從;下焉者雖善不尊,不尊不信,不信民弗從。故君子之道:本諸身,徵諸庶民,考諸三王而不繆,建諸天地而不悖,質諸鬼神而無疑,百世以俟聖人而不惑。質諸鬼神而無疑,知天也;百世以俟聖人而不惑,知人也。是故君子動而世爲天下道,行而世爲天下法,言而世爲天下則。遠之則有望,近之則不厭。詩曰:「在彼無惡,在此無射;庶幾夙夜,以永終譽!」君子未有不如此而蚤有譽於天下者也。

〈天下てんかに王わうとし、三重ぢゆうを有いうせば、其それ過あやまち寡すくなきか、上かみなる者は、善ぜんと雖いへども徵しるしなし、徵しるしなければ信しんぜられず、信しんぜざれば民たみ從したがはず、下しもなる者ものは、善ぜんと雖いへども尊たふとからず、尊たふとからざれば信しんぜられず、信しんぜざれば民たみ從したがはず。故ゆゑに君子くんしの道みちは、諸これを身に本もとづけ、諸これを庶民しよみんに徵ちようし、諸これを三王わうに考かんがへて繆あやまらず、諸これを天地てんちに建たてて悖もとらず、諸これを鬼神きしんに質たゞして疑うたがひなし。百世ひやくせい以もつて聖人せいじんを俟まつて惑まどはず。諸これを鬼神きしんに質ただして疑うたがひなきは天てんを知しればなり。百世ひやくせい以もつて聖人せいじんを俟まつて惑まどはざるは、人を知しればなり。是この故ゆゑに、君子くんしは動うごいて世よゝ天下てんかの道みちとなり、行おこなひて世よゝ天下てんかの法はふとなり、言いひて世よゝ天下の則のりとなる。之れを遠とほざくれば則すなはち望のぞむ有り。之れを近ちかづくれば則ち厭いとはず。詩しに曰く、彼かれに在ありても惡にくまるゝなく、此これに在ありても射いとはるるなし、庶幾こひねがはくは夙夜しゆくや、以もつて永ながく譽ほまれを終をへんと。君子くんし未いまだ此かくの如ごとくならずして、蚤はやく天下てんかに譽ほまれある者ものはあらざるなり。〉

右第二十九章。
〈右第二十九章〉
仲尼祖述堯舜,憲章文武;上律天時,下襲水土。辟如天地之無不持載,無不覆幬,辟如四時之錯行,如日月之代明。萬物竝育而不相害,道竝行而不相悖,小德川流,大德敦化,此天地之所以爲大也。

〈仲尼ちうじ、堯舜げうしゆんを祖述そじゆつし、文武ぶんぶを憲章けんしやうし、上かみ天てんの時ときに律のつとり、下しも水土すゐどに襲よる。辟たとへば天地てんちの持載ぢさいせざるなく覆幬ふたうせざるなきが如ごとく、辟たとへば四時じの錯行さくかうするが如ごとく、日月じつげつの代明だいめいするが如ごとくし、萬物ばんぶつ竝ならび育いくせられて相害あひがいせず、道みち竝ならび行おこなはれて相悖あひもとらず、小德せうとくは川流せんりうし、大德だいとくは化くわを敦あつくす。此これ天地てんちの大だいたる所以ゆゑんなり。〉

右第三十章。
〈右第三十章〉
唯天下至聖,爲能聰明睿知,足以有臨也;寬裕溫柔,足以有容也;發强剛毅,足以有執也;齊莊中正,足以有敬也;文理密察,足以有別也。溥博淵泉,而時出之。溥博如天,淵泉如淵。見而民莫不敬,言而民莫不信,行而民莫不說。是以聲名洋溢乎中國,施及蠻貊;舟車所至,人力所通;天之所覆,地之所載,日月所照,霜露所隊;凡有血氣者,莫不尊親,故曰配天。

〈唯たゞ天下てんかの至聖しせいは、能よく聰明そうめい睿知えいち、以もつて臨のぞむあるに足たるなり。寬裕かんいう溫柔をんじう、以て容いるゝ有あるに足たるなり、發强はつきやう剛毅がうき、以て執とる有るに足たるなり、齊莊せいさう中正ちうせい、以もつて敬けいする有るに足たるなり、文理ぶんり密察みつさつ、以て別わかつ有あるに足たるなり。溥博ほはく淵泉ゑんせんにして、時に之これを出いだす、溥博ほはくは天てんの如ごとく、淵泉ゑんせんは淵ふちの如ごとく、見みて民たみ敬けいせざるなく、言いうて民信しんぜざるなく、行おこなうて民たみ說よろこばざるなし。是これを以もつて聲名せいめい中國ちうごくに洋溢やういつし、施ひいて蠻貊ばんばくに及およぶ。舟車しうしやの至いたる所ところ,人力じんりよくの通つうずる所ところ、天てんの覆おほふ所ところ、地ちの載のする所ところ,日月じつげつの照てらす所ところ,霜露さうろの隊おつる所、凡およそ血氣けつきある者は尊親そんしんせざる莫し。故ゆゑに天てんに配はいすと曰いふ。〉

右第三十一章。
〈右第三十一章〉
唯天下至誠,爲能經綸天下之大經,立天下之大本,知天地之化育。夫焉有所倚?肫肫其仁!淵淵其淵!浩浩其天!苟不固聰明聖知達天德者,其孰能知之?

〈唯ただ天下てんかの至誠しせいは、能よく天下てんかの大經たいけいを經綸けいりんし、天下てんかの大本たいほんを立たて、天地てんちの化育くわいくを知しると爲なす。夫それ焉いづくんぞ倚よる所ところあらん。肫肫じゆんじゆんとして其れ仁じんなり。淵淵ゑんゑんとして其れ淵ゑんなり。浩浩かうかうとして其それ天てんなり。苟いやしくも固まことに聰明そうめい聖知せいち天德てんとくに達たつせる者にあらずんば、其それ孰たれか能よく之これを知しらん。〉

右第三十二章。
〈右第三十二章〉
詩曰「衣錦尙絅」,惡其文之著也。故君子之道,闇然而日章;小人之道,的然而日亡。君子之道:淡而不厭,簡而文,溫而理,知遠之近,知風之自,知微之顯,可與入德矣。詩云:「潛雖伏矣,亦孔之昭!」故君子內省不疚,無惡於志。君子之所不可及者,其唯人之所不見乎。詩云:「相在爾室,尙不愧於屋漏。」故君子不動而敬,不言而信。詩曰:「奏假無言,時靡有爭。」是故君子不賞而民勸,不怒而民威於鈇鉞。詩曰:「不顯惟德!百辟其刑之。」是故君子篤恭而天下平。詩云:「予懷明德,不大聲以色。」子曰:「聲色之於以化民,末也。」詩曰:「德輶如毛」,毛猶有倫。「上天之載,無聲無臭」,至矣!

〈詩しに曰く、錦にしきを衣きて絅けいを尙くはふと。其文ぶんの著あらはるゝを惡にくむなり。故ゆゑに君子くんしの道みちは、闇然あんぜんとして日ひに章あきらかに、小人せうじんの道みちは、的然てきぜんとして日ひに亡ほろぶ。君子くんしの道みちは、淡たんにして厭いとはれず、簡かんにして文ぶん、溫をんにして理り。遠とほきの近ちかきを知しり、風ふうの自よるを知しり、微びの顯あらはるゝを知しる。與ともに德とくに入いる可べし。詩しに云ふ、潛ひそまりて伏ふすと雖いへども、亦また孔はなはだ之れ昭あきらかと。故ゆゑに君子くんしは內うちに省かへりみて疚やましからず、志こゝろざしに惡にくむ無なし、君子くんしの及およぶ可べからざる所ところは、其それ唯たゞ人の見あらはれざる所ところか。詩しに云ふ、爾なんぢの室しつに在あるを相みるに、尙こひねがはくは屋漏をくろうに愧はぢざれと。故ゆゑに君子くんしは動うごかずして敬けいし、言いはずして信しんず。詩に曰く、奏假そうかして言いふなく、時ときに爭あらそふこと有る靡なしと。是この故ゆゑに君子くんしは賞しやうせずして民たみ勸すゝみ、怒いからずして民たみ鈇鉞ふゑつより威おそる。詩しに曰く、顯あきらかならざらんや惟これ德とく、百辟へき其それ之れに刑のつとると。是この故ゆゑに君子くんしは篤恭とくきようにして天下てんか平たひらかなり。詩しに曰いふ、予よ明德めいとくを懷おもふ、聲こゑと色いろとを大だいにせじと。子曰く、聲色せいしよくの以もつて民たみを化くわするに於おけるは、末すゑなり。詩しに曰いはく、德とくの輶かろきこと毛けの如ごとしと。毛けは猶なほ倫りん有あり。上天じやうてんの載ことは聲こゑもなく、臭にほひもなしと。至いたれり。〉

右第三十三章。子思因前章極致之言,反求其本,復自下學爲己謹獨之事,推而言之,以馴致乎篤恭而天下平之盛。又贊其妙,至於無聲無臭而後已焉。蓋舉一篇之要而約言之,其反覆丁寧示人之意,至深切矣,學者其可不盡心乎!
〈右第三十三章、子思しし前章ぜんしやう極致きよくちの言げんに因よりて、其本もとを反求はんきうし、復また下學かがくして己おのれの爲ためにし、獨ひとりを謹つゝしむの事こと自より、推おして之これを言いひ、以もつて篤恭とくきようにして天下てんか平たひらかなるの盛せいに馴致じゆんちし、又其その妙めうを贊さんして、聲こゑ無なく臭にほひ無なきに至いたりて、而しかして後のち已やむ。蓋けだし一篇ぺんの要えうを擧あげて之これを約言やくげんす。其反復はんぷく丁寧ていねい人ひとに示しめすの意い、至いたりて深切しんせつなり。學者がくしや其それ心こゝろを盡つくさざる可べけんや。〉