諸葛孔明の軍略ー2-将苑 | 覚書き

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将苑
(1)兵権
そもそも兵権(軍隊を動かす権力)は、全軍の命運を左右するものであり、将軍の威勢
のもとです。将軍が兵権を手にとり、兵士の勢いをコントロールして、下にいる人たちを
統率するなら、たとえば虎に羽をつけたようなもので、天下を自由に横行でき、どんな出
来事にも対応できます。
もし将軍が兵権を失い、その勢いをコントロールできないなら、たとえば魚や龍が川や
湖から出たら、大海をゆうゆうと泳ぎまわる勢いで、うねりに乗り、波を楽しみたいと思
っても、どうにもならないようなものです。
(2)逐悪
そもそも軍事と国政にとっての弊害として、五害があります。
第一は、派閥をつくって徒党を組み、賢くて良い人材を悪く言ってけなすことです。
第二は、その衣服を豪華にし、その冠や帯を特別なものにすることです。
第三は、ウソの妖術を大げさに語り、ありもしない魔法を本当のように言うことです。
第四は、良し悪しを勝手に決めつけ、私心で兵隊を動かすことです。
第五は、損得を計算し、ひそかに敵と手を結ぶことです。
以上は、「邪まで嘘つきで徳にもとる人」と言い、遠ざけて親しくしてはいけません。
(3)知人性
そもそも人の本性を知ることは、とても察するのが難しいことです。善と悪はまったく
違っており、気持ちと見た目は一緒ではありません。おだやかで素直だけど、ウソをつい
ている人がいます。外見はきちんとしているけれど、内心はあざむいている人がいます。
外見は勇ましいけれど、内心は怖がっている人がいます。力をつくしているけれど、真心
のない人がいます。
しかしながら、人を知る方法が七つあります。
第一は、相手に物事の是非を質問して、相手の意志を観察します。
第二は、相手に言いがかりをつけて、相手の臨機応変の才能を観察します。
第三は、相手に策略についての意見を質問して、相手の見識を観察します。
第四は、相手に困難なことを告知して、相手の勇気を観察します。
第五は、相手を酒で酔わせて、相手の本性を観察します。
第六は、相手に利益をちらつかせて、相手の清廉さを観察します。
第七は、相手に期限のある仕事を任せて、相手がどれだけ信用できるかを観察します。
(4)将材
将軍の素質には、9つのタイプがあります。
①徳によって兵士を導き、礼によって兵士をきちんとさせて、兵士の飢えや寒さを知り、
兵士の苦労を察する将軍は、「仁将」と言います。
②物事については一時しのぎで責任を逃れようとすることがなく、利益で動かされたりせ
ず、命をかけることを名誉とし、命を惜しむことを屈辱とする将軍は、「義将」と言いま
す。
③出世しても
おご
奢らず、勝利しても浮かれず、賢明でへりくだることができ、タフで我慢す
ることができる将軍は、「礼将」と言います。
④神出鬼没の作戦を展開して敵に予測されず、あらゆることを臨機応変に処理でき、災難
をたくみに処理して幸福に変え、危険にうまく対応して勝利をつかむ将軍は、「智将」と
言います。
⑤立ち向かうなら厚く賞し、尻込みするなら厳しく罰し、賞すべきならすぐに賞し、罰す
べきなら高官でも罰する将軍は、「信将」と言います。
⑥足は馬よりも速く、気迫は千人を圧倒し、国境地帯の守りを上手に固め、剣術と槍術に
長じている将軍は、「歩将」と言います。
⑦高いところを乗り越え、険しいところを踏み越え、疾走する馬の上から弓矢を射る姿は
飛んでいるかのようであり、進むときは先を行き、退くときは後を守る将軍は、「騎将」
と言います。
⑧気迫は全軍をしのぎ、意志は強敵を恐れず、小さな戦いに対しても慎重であり、大きな
敵に対しても勇敢である将軍は、「猛将」と言います。
⑨賢者を見たら謙虚に学び、忠告されたら素直に聞き、寛大であるうえにタフであること
ができ、勇敢であるうえに十分に計画をねる将軍は、「大将」と言います。
(5)将器
将軍の器量としては、その働きに大小の違いがあります。
その悪事を察知し、その災難を探知し、兵隊に従われるなら、この将軍は「十人の将」
です。
朝早く起きて頑張り、夜遅くまで頑張ってから眠り、言うことが細かいところまで明ら
かなら、この将軍は「百人の将」です。
まっすぐでよく考え、勇ましくてしっかり戦えるなら、この将軍は「千人の将」です。
外見は元気にあふれ、内心は意欲にあふれ、人の苦労と努力を見とおし、人の飢えや寒
さを知りつくすなら、この将軍は「万人の将」です。
賢明な人を推挙し、有能な人を推挙し、つねに慎重であり、誠実で寛大であり、どうし
たら治まってどうしたら乱れるのかをよく分かっているなら、この将軍は「十万人の将」
です。
仁愛(良心と愛情)は下にゆきわたり、信義(信用と正義)は隣国を感服させ、上は天
の時を知り、中は人の行いをよく分かり、下は地の利をわきまえていて、世の中にいる人
たちを家族のように見ているなら、この将軍は「天下の将」です。
(6)将弊
そもそも将軍としての正しいあり方として、8つの弊害があります。
第一は、どん欲で、満足を知らないことです。
第二は、賢明な人をねたみ、有能な人をうらやむことです。
第三は、悪口を信じ、口のうまい人を好くことです。
第四は、相手のことには分かっても、自分のことには分からないことです。
第五は、優柔不断で、自分で決断できないことです。
第六は、酒や女におぼれ、すさんだ生活をすることです。
第七は、悪さばかりして、みずからは
ひき ょ う
卑怯であることです。
第八は、人を言いくるめるのがうまくて、礼儀を守らないことです。
(7)将志
軍隊とは、凶暴な道具です。将軍とは、危険な仕事です。そういうわけで、道具が堅け
れば、欠けやすいものです。仕事が重たければ、危うくなりやすいものです。
ですから、よい将軍は、強さをあてにしません。権勢を頼りにしません。上に気に入ら
れても喜びません。人にバカにされても恐れません。利益を目の前にしてもむさぼりませ
ん。美人を目の前にしても夢中になりません。わが身を投げ出して国のために命をかけ、
そのことに全身全霊をこめるだけです。
(8)将善
将軍には五善と四欲があります。
五善とは、次の5つです。
①敵の形勢をよく知っていること。
②進退の方法をよく知っていること。
③国の弱点と長所をよく知っていること。
④天の時と人の事をよく知っていること。
⑤山川や険阻をよく知っていること。
四欲とは、次の4つです。
①戦いは奇抜でありたいということ。
②計画は秘密でありたいということ。
③兵隊は冷静でありたいということ。
④心は一つでありたいということ。
(9)将剛
よい将軍は、堅いのですが折りようがありません。柔らかいのですが曲げようがありま
せん。ですから、弱さによって強い相手を制します。柔らかさによって堅い相手を制しま
す。
柔らかいばかりであり、弱いばかりであるなら、その勢いとして必ず衰えます。堅いば
かりであり、強いばかりであるなら、その勢いとして必ず滅びます。
柔らかいだけでなく、堅いだけでないというのが、道理からみた常識にかなっています。
(10)将驕吝
将軍は、おごってはいけません。おごれば礼儀を失います。礼儀を失えば人が離れます。
人が離れれば兵隊が背きます。
将軍は、けちってはいけません。けちれば恩賞が与えられません。恩賞が与えられなけ
れば兵士は命を投げ出しません。兵士が命を投げ出さなければ軍隊は功績をあげられませ
ん。功績をあげられなければ国が弱まります。国が弱まれば敵が強まります。
孔子は、言っています。「たとえ周公のような才能というよいものをもっていても、お
ごり、しかも、けちるなら、その他は見る価値もありません」
(11)将強
将軍には、五強と八悪があります。
①節操が高いことで、世の中の人たちを正しくさせられる。
②孝弟(親に孝行することと目上を敬うこと)に努めることで、よい評判を得られる。
③信義(信用と正義)を重んじることで、友好をとり結べる。
④深く考えることで、人びとに対して寛容になれる。
⑤全力で努力することで、成果をあげられる。
以上が将軍にとっての「五強」です。
①計画をねるときには、よしあしを判断できない。
②人を礼遇するときには、賢くてよい人材を任用できない。
③政治を行うときには、刑法を正しく執行できない。
④豊かになったときには、苦しんでいる人を救済できない。
⑤知恵を使うときには、不測の事態に前もって備えておくことができない。
⑥配慮するときには、問題のタネが大きくなるのを未然に防ぐことができない。
⑦出世したときには、自分の知っている人材を挙用できない。
⑧失敗したときには、うらみごと言わないことができない。
以上が将軍にとっての「八悪」です。
(12)出帥
昔は、国に危難があったとき、君主が賢明で有能な人を選んで任用しました。
君主は、三日間にわたり身を清め、祖先の霊廟に入り、南に向かって立ちます。将軍は、
北に向きます。太師(宰相)は、君主に鉞(軍権のシンボル)をささげます。君主は、鉞
の柄をもって将軍に授けて言います。
「これより軍事については、将軍がその全権を握る」
さらに命じて言います。
「敵が弱いと見れば進め。敵が強いと見れば退け。身分が高いからといって人を見下して
はならぬ。独断によって人びとの意見を無視してはならぬ。功績と才能を鼻にかけて真心
と信用を失ってはならぬ。兵士が座ってなければ座ってはならぬ。兵士が食べてなければ
食べてはならぬ。兵士と寒いも暑いも同じくせよ。労働も休息も等しくせよ。甘いも苦い
も一緒にせよ。危険も心配も共にせよ。このようにすれば、兵士は必ず死力をつくし、敵
は必ず滅ぼせる」
将軍は、言葉を受けたら、北門をうがち、軍隊をひきつれて出発します。君主は、見送
るにあたり、ひざまずいて戦車の車軸に手をかけ、こう言います。
「進退は、状況に応じて臨機応変に行え。軍中のことは、君主の命令に従わず、すべて将
軍が出されよ」
このようにすれば、上は天に制約されず、下は地に制約されず、前は敵に制約されず、
後ろは君主に制約されません。そういうわけで、知者は君主のために考え、勇者は君主の
ために戦います。ですから、対外的には先勝することができ、体内的には成功することが
でき、歴史に名を残すことができ、子孫に恩恵を及ぼすことができます。
(13)択材
そもそも軍隊の編成ですが、こうです。
①闘いを好み、戦いを喜び、一人で強敵を打ち取る人がいます。こういう人を一隊にまと
め、「報国の士」と名づけます。
②全軍をおおうほどの気迫があり、才能があり、力量があり、勇ましく、すばやい人がい
ます。こういう人を一隊にまとめ、「突陣の士」と名づけます。
③足どりが軽く、よく歩くことができ、馬が走るように走れる人がいます。こういう人を
一隊にまとめ、「騫旗の士」と名づけます。
④飛ぶように馬を走らせながら弓矢で射撃することができ、射撃すると必ず命中する人が
います。こういう人を一隊にまとめ、「争鋒の士」と名づけます。
⑤弓矢で射撃したら必ず命中し、命中した相手を必ず死なせる人がいます。こういう人を
一隊にまとめ、「飛馳の士」と名づけます。
⑥強力な石弓をうまく発射し、遠くても必ず命中させる人がいます。こういう人を一隊に
まとめ、「摧鋒の士」と名づけます。
以上の6隊のよい軍人は、それぞれの能力に応じて使うようにします。
(14)智用
そもそも将軍としての正しいあり方は、天道に従い、時機をふまえ、人心をくむことで、
勝利をおさめます。
ですから、天道にかない、時機にかなわないで、人心にかなうことは、これを「時機に
逆らう」と言います。
時機にかない、天道にかなわないで、人心にかなうことは、これを「天道に逆らう」と
言います。
天道にかない、時機にかなって、人心にかなわないことは、これを「人心に逆らう」と
言います。
知者は、天道に逆らいません。時機にも逆らいません。人心にも逆らいません。
(15)不陣
昔のうまく国を治めた人は、軍隊を動かしませんでした。うまく軍隊を動かした人は、
兵隊をならべませんでした。うまく兵隊をならべた人は、戦いませんでした。うまく戦っ
た人は、敗北しませんでした。うまく敗北した人は、滅亡しませんでした。
昔、聖人が治めていたときには、安心して生活することができ、楽しく働くことができ、
老人に至るまで互いに争いあうことがありませんでした。これが「うまく国を治めた人は、
軍隊を動かさなかった」ということです。
たとえば、名君の瞬は制度と刑罰を整備し、名臣の皋陶に司法を担当させましたが、人
は違法なことをせず、刑罰は使いようがありませんでした。これが「うまく軍隊を動かし
た人は、兵隊をならべなかった」ということです。
たとえば、禹(舜の部下)が苗族に軍隊を差し向け、舜が武器を手にして舞うことで、
苗族は帰順しました。これが「うまく兵隊をならべた人は、戦わなかった」ということで
す。
たとえば、斉国の桓公は、南に向かっては強大な楚国を従わせ、北に向かっては山戎族
を従わせました。これが「うまく戦った人は、敗北しなかった」ということです。
たとえば、楚国の昭王は、呉国に侵略されたとき、秦国に逃げて救援を求め、ついに国
土を取り戻しました。これが「うまく敗北した人は、滅亡しなかった」ということです。
(16)将戒
『書経』に「君子(りっぱな人)を


ろ う
弄すれば、人は心をつくさなくなります。小人(く
だらない人)を


ろ う
弄すれば、人は力をつくさなくなります」とあります。
ですから、用兵のポイントですが、努力して優秀な人材の心をつかみます。賞する条件
と罰する条件の両方を厳正にします。文事のやり方と武事のやり方の両方を一つにします。
ハードな手法とソフトな手法の両方を使いこなします。
礼儀と音楽をよく学んで『詩経』と『書経』を深く理解します。仁(良心)と義(正
義)を優先して知恵と勇気を後まわしにします。
待機するときには、魚がもぐっているような感じで、ひっそり待機します。行動すると
きには、カワウソが走っているような感じで、すばやく行動します。
敵の連携を失わせます。敵の強みをくじきます。
目立たせるには、旗や手旗を使います。戒めるには、鐘や太鼓を使います。
退くときには、山が動くようにゆっくり退きます。進むときは、風雨のように激しく進
みます。撃破するときは、枯れ葉をくだくようにあっさり撃破します。合戦するときは、
虎のように猛々しく合戦します。
敵が追いつめられているなら許します。敵が役に立つなら誘います。敵が乱れているな
ら攻撃します。敵が謙虚にしているならおごらせます。敵が仲良くしているなら不和にさ
せます。敵が強いなら弱めます。
危ぶんでいるなら安心させます。恐れているなら喜ばせます。背いているなら手なずけ
ます。無実の罪におとしいれられているなら申し開きをさせます。強いなら抑えます。弱
いなら助けます。謀略がうまいなら親しくします。悪口を言うなら事実を調べます。戦利
品を手に入れたら分け与えます。
兵力を倍にして弱い敵を攻めたりしません。兵隊の多さを頼りにして敵をあなどったり
しません。才能を鼻にかけて他人をバカにしたりしません。君主にかわいがられているか
らといっていばったりしません。
先に計画してから動きます。勝てると分かってから戦います。
敵の金品を手に入れても、自分の財産としません。敵の子女を手に入れても、自分の下
僕としません。
将軍が以上のようにできたなら、どんな命令もきちんと守られて、人はみずからすすん
で闘います。そのときには、白兵戦となっても、人は死を恐れません。
(17)戒備
そもそも国の大きな務めは、警戒して備えることが第一です。もし少しでも不十分なと
ころがあれば、いずれは大きな問題に発展します。軍隊を撃破され、将軍を殺害されます。
それはあっという間のことです。これは恐れないでよいでしょうか。ですから、心配や困
難があるとき、君主と臣下は、食事の時間を惜しんで計画をねり、賢明な人を選んで仕事
を任せるのです。
もし平和なときに危機にみまわれたときのことを考えず、敵がやってきても警戒するこ
とを知らないなら、これは燕がテントの上に巣をつくり、魚が鍋のなかを泳ぐようなもの
で、滅亡は目前に迫っています。『春秋左氏伝』に「備えがなく、考えがないないときは、
軍隊を動かしてはいけません」とあり、さらに「小さなハチやサソリでさえも身を守るた
めの毒をもっています。ましてや国は身を守るための手段をもたなくてよいでしょうか」
とあります。備えがないなら、たとえ兵隊が多くても、頼りになりません。
ですから、「備えあれば、憂いなし」とあります。ですから、軍隊が動くときには、備
えがないといけません。
(18)習練
そもそも軍隊は、教練しなければ、百人でも一人に立ち向かえません。教練して戦わせ
れば、一人でも百人に立ち向かえます。ですから、孔子は「人に戦いを教えないで戦わせ
るのは、人を捨てるのと同じです」と言い、さらに「すぐれた人が七年にわたり人を教え
れば、これまた人を戦争に従事させられます」と言っているのです。
そうであれば、戦争に従事させるにあたっては、教えないわけにはいきません。教える
には、礼儀と正義を使います。諭すには、真心と信用を使います。戒めるには、法典と刑
罰を使います。ひきしめるには、賞罰を使います。ですから、人は自覚をもって励むよう
になります。
そのあとで、練習させます。練習の項目は、布陣と展開、待機と突撃、行動と停止、前
進と退却、分散と連合、解散と集結などです。一人は十人を教えられます。十人は百人を
教えられます。百人は千人を教えられます。千人は一万人を教えられます。一万人は全軍
を教えられます。以上のように教練すると、必ず敵に勝てます。
(19)軍蠧
そもそも全軍が動くにあたり、
①偵察が十分でなく、警報がデタラメである。
②期限に遅れ、命令に違反し、チャンスがきても動かず、軍隊の行動を邪魔して混乱させ
る。
③勝手に進んだり、勝手に退いたりして、鐘や太鼓の合図に従わない。
④上の人が下の人に情けをかけず、限度なく収奪する。
⑤自分の利益だけを考え、自分のことばかりを優先し、飢えたり寒がったりしている人が
いても情けをかけない。
⑥悪口を言い、怪しいことを話し語り、みだりに不幸と幸福を語る。
⑦なにもないのに大声で騒ぎ、将軍や役人を驚かせて惑わせる。
⑧勇ましいけれど命令に従わず、好き勝手して上の人をあなどる。
⑨国の倉庫から金品を盗み取り、その金品を好き勝手に分け与える。
以上の9つのことは「全軍にとっての害虫」です。こういったことがあるなら、必ず敗
北します。
(20)腹心
そもそも将軍となる人は、必ず腹心(信頼できる部下)、耳目(スパイのうまい部下)、
爪牙(戦いのうまい部下)をもたないといけません。
腹心がいないのは、たとえば人が夜に出歩くようなもので、安心しておられません。耳
目がいないのは、たとえば目をつぶっているようなもので、どのように動いたらよいのか
分かりません。爪牙がいないのは、たとえば飢えた人が毒物を食べるようなもので、死な
ないことがありません。
ですから、よい将軍は、必ず見聞が広く、知恵が多い人を手に入れて、腹心とします。
深いところまでよく調べ、細かいところまで気をくばる人を手に入れて、耳目とします。
勇ましくて気が強く、うまく敵に立ち向かえる人を手に入れて、爪牙とします。
(21)謹候
そもそも戦争に敗れ、軍隊を失う原因は、敵をあなどって災難を招くことにあります。
ですから、出兵するときには、ルールを用意します。ルールを失えば、最悪の結果になり
ます。ルールは15個です。
第一は「配慮」です。スパイには敵情を明らかにさせます。
第二は「詰問」です。偵察には気をつけさせます。
第三は「勇気」です。敵が多くても取り乱しません。
第四は「清廉」です。正義に反してまでも利益を得ようとしません。
第五は「公平」です。賞罰は均等に行います。
第六は「忍耐」です。ぐっと恥をがまんします。
第七は「寛大」です。人びとに対して寛容になれるようにします。
第八は「信義」です。約束はしっかり守ります。
第九は「敬意」です。賢明で有能な人を礼遇します。
第十は「明察」です。他人の悪口をうのみにしません。
第十一は「慎重」です。礼儀を失わないようにします。
第十二は「仁愛」です。うまく兵士の面倒をみます。
第十三は「真心」です。わが身を犠牲にして国のために頑張ります。
第十四は「本分」です。身のほどをわきまえます。
第十五は「計画」です。自分の実力を考え、相手の実力を知ります。
(22)機形
そもそも愚者を使って知者に勝つのは、道理にかなわないものです。知者を使って愚者
に勝つのは、道理にかなったものです。知者を使って知者に勝つのは、チャンスによるも
のです。
チャンスをつかむ方法は、3つあります。第一は事態を利用するものです。第二は勢い
を利用するものです。第三は心情を利用するものです。
事態の変化によってチャンスが生まれたのに応じることができないなら、知者とは言え
ません。勢いの変化によってチャンスが生まれたのに制することができないなら、賢者と
は言えません。心情の変化によってチャンスが生まれたのに行うことができないなら、勇
者とは言えません。
よい将軍は、必ずチャンスにもとづいて勝利をおさめます。
(23)重刑
呉起は、次のように言っています。
太鼓、小太鼓、鐘、大鈴は、は聴覚的に人を威圧するものです。旗、のぼりは、視覚的
に人を威圧するものです。禁令、刑罰は、心理的に人を威圧するものです。音色によって
聴覚的に威圧されるのですから、その音色は清澄でなければなりません。容貌によって視
覚的に威圧されるのですから、その容貌は鮮明でなければなりません。刑法によって心理
的に威圧されるのですから、その刑法は厳格でなければなりません。この三つが確立しな
ければ、兵士は怠けます。
ですから、「将軍の指示があれば、そのとおりに従って実行に移り、将軍の指揮があれ
ば、そのとおりに進んで必死に戦う」と言われているのです。
(24)善将
昔のすぐれた将軍には、4つの特徴があります。
①進退を示すので、人は禁令をわきまえます。
②仁義で導くので、人は礼儀をわきまえます。
③是非を重んじるので、人は勤勉をわきまえます。
④賞罰を決めるので、人は信義をわきまえます。
禁令・礼儀・勤勉・信義は、軍隊の根本です。これまで大綱がまっすぐなのに細目がゆ
るんでいるということはありません。ですから、戦えば必ず勝ち、攻撃すれば必ず撃破す
るのです。
平凡な将軍は、そうではありません。退くときには制止できず、進むときには統制でき
ないので、軍隊と一緒に滅亡します。善をすすめて悪を戒めることがなければ、賞罰がで
たらめになります。人が信義をわきまえなくなって、賢明で良い人材が退いて隠れ、へつ
らいのうまい人が取り立てられるようになります。そういうわけで、戦うと必ず敗走しま
す。
(25)審因
そもそも人の勢いをよりどころとして悪党を討伐するならば、名君の黄帝であっても威
勢の点でかないません。人の力をよりどころとして勝負をつけるならば、名君の湯王や武
王であっても功績の点でかないません。
もしよりどころをよく理解して、そのうえで威勢によって勝つことができるならば、抜
群の勇将を仲間にできますし、天下の英雄を部下にできます。
(26)兵勢
そもそも用兵の勢いは、三つあります。第一は天です。第二は地です。第三は人です。
天の勢いとは、太陽と月が清く明らかで、5つの星(水星・金星・火星・木星・土星)
が正常に動き、ほうき星が災いをもたらさず、気候がほどよく整っていることです。
地の勢いとは、城壁が高く、断崖があり、激流があり、遠くまで流れ、堅固な関所があ
り、奥深い洞窟があり、道路がくねくねし、折れ曲がって見通しの悪いことです。
人の勢いとは、君主がすぐれており、将軍が賢明であり、全軍が礼儀を守り、兵士が命
令に従い、食料が豊富で、防具が頑丈であることです。
よい将軍は、天の時にもとづき、地の勢いによりそい、人の利を頼りとします。そのと
きには、どこに向かっても敵なしです。どこを攻撃しても損害なしです。
(27)勝敗
賢明で有能な人が上にいて、できの悪い人が下にいて、全軍がなごみ、兵士がひきしま
り、互いに勇ましく戦うことを話しあい、互いに自分たちのすごさを相手に知らしめるこ
とを望みあい、互いに罰せられのではなくて賞されることを勧めあうなら、これは必ず勝
てる徴候です。
兵士がだらだらと怠け、全軍がなにかと騒ぎ、部下が礼儀と信用をもたず、人が法律を
あなどり、互いに敵を恐れあい、互いにもうけることを話しあい、互いに不幸だとか幸福
だとかと言いつけあい、互いにあやしげな話で惑わしあうなら、これは必ず負ける徴候で
す。
(28)假権
そもそも将軍は、人の命に関係する存在です。成功するか失敗するかに直結する存在で
す。不幸になるか幸福になるかに影響する存在です。
それなのに、君主が将軍に賞罰を行う権限を与えないのは、ちょうど猿の手足をしばっ
ておきながら、すばやく動けと命じるようなものです。ちょうど離類(黄帝の時代にいた
目のよかった人物)に目隠しをしておきながら、色を見分けさせるようとするようなもの
です。どだい無理な話です。もし賞する権限が権臣(権力をふるっている臣下)にあり、
罰する権限が将軍になく、人がいいかげんに私利私欲をむさぼるなら、だれが闘志をもつ
でしょうか。たとえ名臣だった伊尹や呂尚のような知恵があり、名将だった韓信や白起の
ような能力があっても、自衛できません。
ですから、名将の孫武は「将軍が出撃したなら、君主の命令であっても聞けない命令も
あります」と言っています。名将の周亜夫は「軍隊のなかでは、将軍の命令を聞いても、
皇帝の命令を聞かない」と言っています。
(29)哀死
昔のすぐれた将軍は、
①わが子の面倒をみるように他人の面倒をみました。
②困難があれば、自分が先頭に立って対処しました。
③功績があれば、自分を後まわしにして他人に譲りました。
④傷ついた人については、泣いて慰めました。
⑤死んだ人については、哀れんで葬りました。
⑥飢えている人については、自分の食事を減らして食べさせました。
⑦寒がっている人については、自分の衣服を脱いで着させました。
⑧知恵のある人については、礼遇して給料を与えました。
⑨勇気のある人については、賞して激励しました。
将軍が以上のようにできるなら、どこに向かっても必ず勝てます。
(30)三賓
そもそも全軍が行動するときには、必ず軍師をもちます。軍師は、みんなで得失につい
て話しあい、そうして将軍の仕事を補佐します。
水が流れるようにすらすらと話し、思いもよらない奇策を思いつき、いろんなことを聞
いて知っており、いろんなことを見て知っており、たくさんの技術をもち、たくさんの才
能をもっているなら、これは「抜群のホープ」であり、上等の軍師として待遇します。
熊や虎のように猛々しく、猿のようにすばやく、鉄や石のように堅く、龍泉という名剣
のように鋭いなら、これは「一時的な英雄」であり、中等の軍師として待遇します。
いろいろ発言してもたまにしか的中せず、技量が少なく、才能が小さく、能力が人並み
なら、これは下等の軍師として待遇します。
(31)後応
もし難しいことを企てるなら簡単なところから始め、大きなことをするなら小さなこと
から始め、先に兵士を動員してからその後で兵力を使用し、刑罰を用意して違法なことを
予防します。以上は、用兵の知恵です。
軍隊がすでに整列し終わり、騎馬が入れかわり立ちかわり走り、強い弓矢が配置につき、
刀剣をもった兵士がさらに続き、威厳を利用して信用をゆきわたらせ、敵兵を窮地におち
いらせます。以上は、用兵の能力です。
みずから矢や石のふりそそぐなかを突き進み、一時の勝利を争い、勝負がつかず、自分
が傷ついて敵が死にます。以上は、用兵の下等なものです。
(32)便利
そもそも草木が生い茂っているところでは、遊撃すると有利になります。
山がつらなって林が広がっているところでは、不意をつくと有利になります。
林の前に身を隠すものがないところでは、林のなかに隠れると有利になります。
少ない兵力で大軍を攻撃するには、日暮れに攻撃すると有利になります。
大軍で少ない敵軍を攻撃するには、朝早くに攻撃すると有利になります。
強い弓矢と遠くを攻撃する兵器は、すばやく交代で攻撃すると有利になります。
敵との間に池や川があったり、風が強くて視界がよくなかったりするときには、正面か
ら攻撃して背後から襲撃すると有利になります。
(33)応機
そもそも必勝の手立てと臨機応変のありようについては、すべてチャンスが基本となり
ます。知恵のある人でないなら、だれがチャンスを見つけて動けるでしょうか。
チャンスを見つける方法は、だしぬくのが一番です。ですから、猛獣が住み慣れた険し
いところから離れたなら、子どもでも武器をもって追いはらうことができます。猛毒の虫
が毒をはなったなら、元気な男でもあたふたして恐れおののきます。そうなるのは、だし
ぬけに思いもよらない災難に出くわし、事態が急変して対策を考える余裕がないからです。
(35)揣能
昔の用兵のうまかった人は、その能力を計算して、その勝ち負けを予測しました。
君主は、どちらが聖人であるか。
将軍は、どちらが賢明であるか。
役人は、どちらが有能であるか。
食料は、どちらが豊富であるか。
兵士は、どちらが訓練されているか。
軍隊の状態は、どちらが整然としているか。
騎馬は、どちらが速く走れるか。
地形や地勢は、どちらが険しいか。
軍師は、どちらが知恵に富んでいるか。
隣国は、どちらがこわいか。
財産は、どちらが多いか。
人民は、どちらが安らいでいるか。
以上のようにして観察すれば、強弱のありようについて判断できます。
(36)軽戦
毒虫が立ち向かってくるのは、その毒をあてにしているからです。戦う兵士が勇敢であ
れるのは、その装備を頼りにしているからです。そういうわけで、武器が鋭利で、防具が
頑丈であるならば、人は軽く戦えるようになります。
ですから、防具が堅固でないなら、裸であるのと同じです。弓矢で射撃しても命中しな
いなら、矢がないのと同じです。矢が命中しても食いこまないなら、矢じりがないのと同
じです。偵察に気を配らないなら、目がないのと同じです。将軍が勇敢でないなら、将軍
がいないのと同じです。
(37)地勢
そもそも地勢は、兵士の補助となるものです。戦場の地理について知らないで勝とうと
する人は、これまでいませんでした。
山、林、高い丘、低い丘、大きな川は、歩兵を使うべき土地です。
起伏があり、でこぼこしていて、それがずっと続いているところは、戦車や騎兵を使う
べき土地です。
山によりそって谷川があり、林がうっそうとしており、谷が深いところは、弓矢を使う
べき土地です。
草が低く、地面が平らで、たやすく前進でき、たやすく後退できるところは、長い槍を
使うべき土地です。
あしが群がったり、竹が茂ったりしているところは、短い槍を使うべき土地です。
(38)情勢
そもそも将軍には、
①勇ましくて死を恐れない人がいます。
②せっかちで急いでけりをつけたがる人がいます。
③欲ばりで利を好む人がいます。
④やさしくてひどいことのできない人がいます。
⑤知恵をもっていても臆病な人がいます。
⑥計画上手でありながら優柔不断な人がいます。
そういうわけで、
①勇ましくて死を恐れない人を相手にするなら、かっとさせるとよいでしょう。
②せっかちで急いでけりをつけたがる人を相手にするなら、持久戦にもちこむとよいでし
ょう。
③欲ばりで利を好む人を相手にするなら、賄賂を贈るとよいでしょう。
④やさしくてひどいことのできない人を相手にするなら、わずらわせるとよいでしょう。
⑤知恵をもっていても臆病な人を相手にするなら、追いつめるとよいでしょう。
⑥計画上手でありながら優柔不断な人を相手にするなら、いきなり襲いかかるとよいでし
ょう。
(39)撃勢
昔の戦いのうまかった人は、必ず先に敵情を調べて、その後で攻略を目ざしました。
およそ軍隊が疲れ、食料がなく、人民が怨み、軍令がゆきわたらず、兵器が整っておら
ず、計画が先に立っておらず、援軍がやって来ず、将軍と役人が冷酷で、賞罰がいいかげ
んで、布陣や隊列が乱れ、戦勝しておごっているなら、攻撃できます。
もし賢明な人を任用し、有能な人に権限を与え、食料が豊富にあり、武器が鋭利で、防
具が頑丈で、周辺の勢力が味方し、大国が応援しているという状態に敵があるなら、引き
下がって作戦をねります。
(40)整帥
そもそも出兵や進軍は、きちんとしていてこそ勝てます。もし賞罰が明確でなく、法律
と命令が公正でなく、鐘を鳴らして停止を合図しても止まらず、太鼓を打って前進を合図
しても進まないなら、たとえ百万人の大軍をもっていても、役に立ちません。
いわゆる「きちんとした軍隊」とは、平時には礼儀があり、有事には威勢があり、進む
ときには敵も防ぎようがなく、退くときには敵も迫りようがなく、前後が互いに連携しあ
い、左右が互いに連絡しあい、全軍を安全にして危険にならないようにするものです。そ
の兵隊は、団結して離れず、奮闘して疲れません。
(41)励士
そもそも用兵の方法ですが、こうです。
①爵位を与えて地位を高め、財産を与えて生活を助けるならば、やってこない兵士はいな
くなります。
②礼儀をもって接し、誠意をもって励ますならば、命がけで頑張らない兵士はいなくなり
ます。
③あきることなく恩恵を施し続け、法律を公平に適用するならば、命令に従わない兵士は
いなくなります。
④みずから先頭に立ち、他人をうしろにまわしてやるならば、勇ましく戦わない兵士はい
なくなります。
⑤小さな善行でも必ず報い、小さな功績でも必ず賞するならば、努力しない兵士はいなく
なります。
(42)自勉
聖人は、天を模範とします。賢者は、地を手本とします。智者は、古人を模範とします。
おごっている人は、失敗を招きます。でたらめな人は、災難を実らせます。おしゃべり
な人は、信用なりません。うぬぼれている人は、恩情に欠けます。功績がないのに賞する
人は、見限られます。罪もないのに罰する人は、恨まれます。喜ぶべきでないのに喜んだ
り、怒るべきでないのに怒ったりする人は、滅びます。
(43)戦道
そもそも林で戦う方法ですが、昼には旗や手旗を広く掲げ、夜には鐘や太鼓を多く鳴ら
します。刀剣を利用します。たくみに伏兵を配置し、前方から攻撃したり、後方から奇襲
したりします。
草むらで戦う方法ですが、剣と盾を利用します。攻略しようと思うなら、まず道路を調
査します。十里ごとに歩哨を置き、五里ごとに斥候を置きます。旗と手旗をしまいこみ、
鐘と太鼓をしっかり管理し、(こちらの所在を敵につかまれないよういすることで)敵が
動きをとれないようにさせます。
谷で戦う方法ですが、たくみに伏兵を配置します。有利にするためには勇ましく戦いま
す。足の速い兵士には高いところにいる敵を攻めさせ、命を惜しまない兵士には背後から
襲ってくる敵にあたらせます。強い弓をならべて一斉に射撃し、刀剣を手にして引き続き
攻撃します。敵は先に進めませんし、こちらは後に引けません。
水上で戦う方法ですが、有利になるかどうかは軍船にかかっています。兵士を訓練して
軍船に乗せ、旗や手旗をたくさん掲げて敵を惑わします。強い弓矢を使って射撃し、刀剣
を手にして防戦し、頑丈な柵を用意して守備し、川の流れに乗って攻撃します。
夜に戦う方法ですが、有利になるかどうかは秘密にできるどうかにかかっています。場
合によっては、軍隊をこっそり進ませて襲撃し、そうして敵の不意をつきます。場合によ
っては、かがり火をたくさん燃やしたり、太鼓をたくさん鳴らしたりして、そうして敵の
目や耳を混乱させ、すばやく攻撃します。すると、勝てます。
(44)和人
そもそも用兵の方法は、人の協調にあります。人が協調していれば、やる気を起こさせ
ようとしなくても自分から戦います。
もし将軍と役人が互いに疑いあい、兵士が従わず、真心から提案した計画が用いられず、
下の人たちが悪口を言い、告げ口や隠し事が代わる代わる生じるなら、たとえ名君の湯王
や武王ほどの知恵をもっていても、一人を相手にして勝つことすらできません。ましてや
多くの人を相手にして勝てないことは、言うまでもありません。
(45)察情
そもそも挙兵しながら静かにしているのは、有利な地形を頼みとしているのです。
迫って戦いを挑んでくるのは、出てきてほしがっているのです。
兵隊が林立して動いているのは、戦車が来ているのです。
つちぼこり
土埃の上がり方が低くて広がっているのは、歩兵が来ているのです。
言葉が荒くて積極的に騎馬を走らせているのは、退却しようとしているのです。
半分ほど進んで半分ほど退くのは、誘い出そうとしているのです。
杖をつきながら動いているのは、飢えているのです。
有利と分かっていても動かないのは、疲れているのです。
敵陣に鳥がむらがっているのは、敵陣がからっぽなのです。
夜に大きな声を出すのは、恐れているのです。
軍隊に騒動が起きるのは、将軍が重んじられていないのです。
旗や手旗がふらふらしているのは、混乱しているのです。
軍隊の役人が怒っているのは、兵士がぐったりしているのです。
ひんぱんに賞するのは、苦しんでいるのです。
ひんぱんに罰するのは、困っているのです。
やってきて素直に謝るのは、休息をしたいのです。
りっぱな贈り物をもってきて甘い言葉をはくのは、誘惑しているのです。
(45)将情
そもそも将軍としての正しいあり方ですが、次のようにします。
井戸ができておらず、兵士が水を飲めていないなら、将軍は「のどが渇いた」と言いま
せん。
食事ができておらず、兵士が食事をとれていないなら、将軍は「腹がへった」と言いま
せん。
火がついておらず、兵士が暖まれていないなら、将軍は「寒い」と言いません。
テントが張りおわっておらず、兵士が休めていないなら、将軍は「疲れた」と言いませ
ん。
夏の暑いときにも、自分だけウチワを使ったりしません。
冬の寒いときにも、自分だけ革のコートを着たりしません。
雨が降っていても、自分だけ傘をさしたりしません。
兵隊と苦難を共にします。
(46)威令
そもそも一人の将軍が百万人の兵隊をひきいたとき、兵隊が肩をすくめ、息をひそめ、
足をそろえ、ひれ伏して命令をよく聞き、恐ろしくて将軍を見あげないのは、法制(法律
と制度)がそうさせるのです。
もし上の人が刑罰を行わず、下の人が礼儀を守らないなら、天下一の高い地位をもち、
世界一の多い財産をもっていても、災難を免れません。それは、暴君の桀王や紂王がした
ようなことです。
そもそも普通の刑罰を使い、命令を達成したら賞して命令に違反したら罰するようにす
ると、人は命令に逆らえなくなります。それは、名将の孫武や司馬穣苴がしたようなこと
です。
ですから、将軍は、命令を軽んじることはできませんし、威勢をゆるめることはできま
せん。
(47)東夷
東夷(東の異民族)の性質は、礼に薄く、義に少ないです。心が荒く、気が激しく、戦
闘が上手です。山を頼りとし、海を堀とし、険しいところをたのみにして固く守ります。
上下は仲良くし、人民は安らぎ楽しんでいます。今のところは侵略を計画できません。も
し上が乱れ、下が離れたときには、離間を行うとよいでしょう。離間が起きたときには、
スキが生じます。スキが生じたときには、道徳的にふるまって東夷を手なずけ、防具と武
器を強固にして東夷を攻撃します。その勢いとして、必ず勝てます。
(48)南蛮
南蛮(南の異民族)は、多くの種類があります。性質は教化が難しく、利害を同じくす
る者どうしが一緒になってグループをつくり、思いどおりにならなければ互いに攻撃しあ
います。洞窟に住み、山を頼りとし、集合したり、分散したりします。西は崑崙山から、
東は大きな海にかけて分布しています。海では珍しいものが産出されるので、人は財産を
ためこもうとして勇ましく戦います。春と夏は疫病が増え、すばやく戦うのが有利となり、
長期にわたって軍隊を行かせてはいけません。
(49)西戎
西戎(西の異民族)の性質は、勇ましくて気が強く、利益を好みます。城内に住んだり、
野外に住んだりしています。穀物と食糧が少なく、金品と宝石が多くあります。ですから、
人は勇ましく戦闘し、敗北させるのが難しいです。磧石山より西は、いろんな戎族が多く
住んでいます。土地が広く、地形が険しく、習俗は強暴なものに染まっています。ですか
ら、人は多くが他人に従いません。様子をうかがってみて外圧を受けていたり、様子をの
ぞいてみて内乱が起きていたりするときには、撃破できます。
(50)北狄
北狄(北の異民族)は、住んでいるとことに城壁がなく、水や草を追いかけて移動しな
がら生活しています。形勢が有利であれば、南下して襲ってきます。形勢が不利であれば、
北上して逃げていきます。長い山脈と広い砂漠は、北狄が自衛するために十分に役立って
います。飢えたときには、獣を捕らえて、乳を飲みます。寒いときには、皮に寝て、毛皮
を着ます。走りまわって猪を弓矢で射撃しており、殺すことを仕事としています。道徳に
よって懐柔することは難しく、武力によって屈服させることも難しいです。漢民族は北狄
と戦うべきではないのですが、その概略は3つです。
漢民族の兵士は、農耕したり、戦闘したりするので、疲れてひるみます。異民族は、た
だ放牧と狩猟をするだけなので、元気で勇ましいです。疲れた状態で元気な相手と敵対し、
ひるんでいる状態で勇ましい相手と敵対するのは、力がつり合いません。以上が戦えない
理由の1つ目です。
漢民族は、歩兵を主力としており、一日に100里の距離を進みます。異民族は、騎兵
を主力としており、一日に歩兵の二倍の距離を進みます。漢民族が異民族を追いかけると
きには、食料を携帯し、防具を背負って、ついていきます。異民族が漢民族を追いかける
ときには、馬を速く走らせて食料や防具を運びます。運搬する勢いが違っているうえ、追
いかける形も等しくありません。以上が戦えない理由の2つ目です。
漢民族の戦いは、多くが歩兵戦です。異民族の戦いは、多くが騎兵戦です。有利なとこ
ろを取ろうとして先を争うときには、騎兵のほうが歩兵よりも速く、スピードがかけ離れ
ています。以上が戦えない理由の3つ目です。
やむをえないときには、国境地帯を守ったほうがよいです。国境地帯を守る方法は、よ
い将軍を選んで任せ、精鋭な兵士を教えて防ぎ、現地での食糧生産を拡大して備蓄を増や
し、のろし台を設置して警戒し、相手のスキをうかがってつけいり、相手が弱まったとこ
ろをねらって勝利します。いわゆる「元手は費やさないで、悪党はおのずと除かれる。人
は疲れないで、異民族はおのずとおとなしくなる」というものです。
転運教
一年に輸送する数量を計算すると、むしろ等が1万セットを使用することに
なります。
南征教
用兵の方法としては、心を攻めるのが上となり、城を攻めるのが下となりま
す。心理戦が上となり、武力戦が下となります。