武教七書ー4ー司馬法 | 覚書き

覚書き

ブログの説明を入力します。

司馬法
1
【解題】
『司馬法』は、周王朝の大司馬のマニュアルです。司馬とは、国政を掌握し、国軍を統帥
し、国の安全を守る役職で、六卿のうちの一つです。対内的には、天子を補佐し、そうし
て国を治めます。対外的には、軍隊を指揮し、そうして暴乱を平定します。ですから、『司
馬法』は、「仁本篇」はまず仁・義・礼・智・信を言い、次に「九伐の法」を言い、さらに
「天子之義篇」はまず天地にのっとり、昔の聖人を手本にし、人民を教え、風俗を導くこ
とを言い、次に善を賞し、悪を罰する方法について言い、さらに「定爵篇」はまず「教詔
の法」を言い、次に「戦攻の法」を言い、さらに「厳位篇」はもっぱら「治兵の法」を言
い、さらに「用衆篇」はもっぱら「応敵の法」を言っているのですが、それは太公望の「四
たび、五たび、六たび、七たび、敵を攻撃するたびに、いったん止まって馬をととのえる。
六ほど、七ほど、前に進むたびに、いったん止まって馬をととのえる」といった戦術にも
とづいていて、これは「仁義の兵」です。周王朝の武王は、殷王朝の暴君、紂王を討伐し
たあと、太公望に領地として斉を与えました。その後、太公望の子孫が斉の君主となりま
した。ですから、『司馬法』は、斉国に伝わりました。時代が下って、桓公の時代、管仲は
『司馬法』も用いて、軍隊を改革して「節制の兵」とし、最終的には諸侯をまとめ、天下
を安定させました。さらに時代が下って、景公の時代、田穣苴は『司馬法』を用いて、軍
隊を改革して「権詐の兵」とし、最終的には燕国と晋国の侵攻を退けました。景公は、こ
の功績によって、田穣苴の司馬の官位を授けました。それにちなんで、田穣苴の子孫は、
司馬を姓とするようになりました。威王の時代には、それまでの『司馬法』を編集しなお
して、今の『司馬法』が作られ、そこには田穣苴の兵法も入れて、『司馬穣苴書』数十篇と
なりました。その名は今の世に伝わるところの「兵家者流」にあり、そこでは「権謀」「形
勢」「陰陽」「技巧」の四つに分類されていますが、それは『司馬法』ではありません。『司
馬法』の文章は、古く簡潔な表現で深い意味を表しており、なかには欠文や誤字があり、
学者の多くが理解できていませんでした。そのため学生は、『司馬法』を学ぼうにも、よく
分かりませんでした。そこで、とりあえずは『司馬法』を学びたい人のために『司馬法』
を読み解いていき、そうして軍人の子弟の教育に仕えるようにします。『司馬法』の分かり
かねるところは、すべてそのままにして、その解明については後世の知者にゆだねたいと
思います。
司馬法
2
第一篇 仁本
【解説】
仁本とは、仁愛を根本にするということです。最初に「仁本」という二字があることか
ら命名されました。
【本文】
(1)
むかしは、仁愛を根本にすえ、正義によって治めました。これが正しいやり方とされま
した。この正しいやり方が思いどおりにいかないときには、臨機応変のはかりごとを用い
ました。この臨機応変のはかりごととは、戦争をすることで、凡人にできることではあり
ません。
そういうわけで、①人を殺すことで、みんなを安心させられるのなら、殺してもかまい
ません。②その国を攻めることで、そこの国民を悪政から救えるのなら、攻めてもかまい
ません。③戦争することで、戦争をなくせるのなら、戦争してもかまいません。
ですから、①仁愛のある人は、人から親しまれ、②正義のある人は、人から喜ばれ、③
知恵のある人は、人から頼りにされ、④勇気のある人は、人から服従され、⑤信用のある
人は、人から心服されます。
銃後を守る国民を大切にいたわることは、守りぬくための方法です。出征している兵士
たちを厳しくとりしまるのは、戦いぬくための方法です。
(2)
戦闘の原則として、①国民が仕事で忙しい時期には徴兵せず、国民が疫病で苦しんでい
るときには戦争しないようにするのが、国民をいたわる方法ですし、②敵国が喪に服して
いるときに攻撃せず、敵国が災難にみまわれているのにつけいらないようにするのが、敵
国の国民をいたわる方法ですし、③寒い冬にも出兵せず、暑い夏にも出兵しないのが、敵
と味方の両方の国民をいたわる方法です。
ですから、いくら国が大きくても、戦いを好むようなら、必ず滅びますし、いくら天下
が平和でも、戦いを忘れたなら、必ず危うくなるのです。天下が平定され、天子が晴れや
かに凱旋したあとも、天子は春と夏に軍事演習を行い、諸侯は春と夏に軍事訓練を行いま
す。これが戦いを忘れないための方法です。
(3)
むかしは、①敗走する敵を百歩までしか追撃しませんでしたし、退却する敵を九十里ま
でしか追跡しませんでしたが、こうして礼節を明らかにしました。②戦えない人を追いつ
めたりしませんでしたし、傷ついたり病んだりしている人をかわいそうに思いあわれみま
司馬法
3
したが、こうして仁愛を明らかにしました。③双方の隊列がととのってから、太鼓を打ち
鳴らして突撃しましたが、こうして信義を明らかにしました。④正義のために戦うように
し、利益のために戦わないようにしましたが、こうして正義を明らかにしました。⑤降伏
した敵をゆるしてやりましたが、こうして勇気を明らかにしました。⑥開戦の時期と終戦
の時期についてわかっていましたが、こうして知恵を明らかにしました。
以上の六つの徳を、時に応じて合わせて教えることで、人々に規律をもたせる方法とし
ました。これが、軍隊をきちんと動かすために、むかしからとられていた方法です。
(4)
むかしの聖なる天子の政治は、天の時に従い、地の利を活かし、すぐれた人物を任用し
て、官制をととのえ、それぞれの役職にふさわしい人物をつけました。さらに各地方を治
める諸侯を任命して、それぞれにふさわしい爵位を与え、地位に応じて給料を支給しまし
た。これにより、諸侯は喜んで天子に服従し、海外からも天子の徳を慕う者たちが集まり、
犯罪はおさまって戦争はなくなりました。これが、すぐれた徳による政治です。
(5)
聖なる天子の次にすぐれている賢明な君主は、身をひきしめる礼法と心をやわらげる音
楽、そして法律を制定し、あわせて五つの刑罰(入れ墨、鼻そぎ、足切り、去勢、死刑)
をつくり、軍隊を使って悪を討ちました。
すなわち、君主は、諸侯が治めている地域をめぐって、その政治のよしあしを見てまわ
り、各地の諸侯と会って、その仕事ぶりを審査しました。
このとき、諸侯のなかで、命令に違反したり、秩序を乱したり、道徳を破ったり、天の
時に従わなかったりして、功績のあった諸侯を害しようとしている者がいれば、君主は、
天下の諸侯にもれなく布告し、その者が有罪であることを明らかにしました。あわせて天
の神に告げ、地の神に祈り、さらに祖先に知らせました。
それから宰相を通して、諸侯に軍隊の動員を指示し、「某国は無道であり、出兵して征伐
せねばならない。各諸侯の軍隊は某年某月某日までに某国に到着し、天子と合流して犯罪
者を討たねばならない」と命令を下しました。
そして宰相は、百官とともに全軍に向けて、こう命令を出しました。「犯罪者の国に入っ
たなら、神殿を壊してはならず、狩猟をしてはならず、道路や堤防などの社会資本を傷つ
けてはならず、家屋に放火してはならず、材木を伐採してはならず、家畜や食料や家具な
どを略奪してはならない。老人や子供を見つけたら、安全な場所に逃がしてやり、ケガを
させてはならない。働き盛りの男に出会ったとしても、こちらに抵抗しないかぎりは、そ
の者と敵対してはならない。敵側の人間で傷ついている者がいれば、その者を治療してや
って、国に帰らせなければならない」と。
有罪の諸侯を討伐し終わったら、君主と諸侯は某国の政治を正し、すぐれた人材を任用
司馬法
4
し、新しい領主を擁立し、某国の統治機構を修復します。
(6)
王者や覇者が諸侯を治める方法は六つです。
①領地を与えることで諸侯を一定のわくにはめこみます。
②法令に用いて諸侯を争わせないようにします。
③礼節と信頼を重んじて諸侯を親しませます。
④金品を贈って諸侯をてなずけます。
⑤謀略のうまい人を使って諸侯を助けます。
⑥強大な武力を用いて諸侯をおどします。
諸侯たちと利害を同じくすることで、天下の諸侯を結束させます。
小国を弟とし大国を兄とすることで、天下の諸侯を協調させます。
(7)
諸侯を集めて以下の九つの禁令を示します。
①弱いものに乱暴をはたらき、力ないものに危害を加えるなら、領地を縮小します。
②賢者を傷つけ、良民を害するなら、その領主を討伐します。
③領内に暴政をしき、領外に侵攻するなら、その領主を更迭します。
④田野が荒廃し、領民が逃げ出していっているなら、領地を減らし、爵位を下げます。
⑤強固な守りを頼みにして、服従しようとしないなら、軍隊をさし向けます。
⑥その親を傷つけ殺すなら、その領主を処罰します。
⑦領主を追い出したり、殺したりするなら、その犯人を処刑します。
⑧法律を破り、政治を乱すなら、その領主の国を孤立させます。
⑨内政も外交も乱れ、けだもののようなふるまいをするなら、その領国を滅ぼします。
司馬法
5
第二篇 天子の義
【解説】
天子之義とは、天子にとって正しいことです。義は、果断さの基本となるものです。『書
経』に、こうあります。義によって物事を処理するわけですが、戦争も物事の大きなもの
であり、義でなければ、果断に行って物事をとりさばくことができません。そういうわけ
で、ただ義だけを言っているのです。最初に「天子之義」という四字があることから命名
されました。
【本文】
(1)
天子にとって正しいことは、天地を基準とし、古代の聖王を手本とすることです。優秀
な国民や平凡な国民にとって正しいことは、必ず父母に孝行し、君主と目上の人間の教え
に背かないことです。ですから、いくら賢明な君主がいても、もし国民を先に教えなけれ
ば、彼らを任用できません。(また、あらかじめ教官が国民に軍事教練をほどこさなければ、
徴兵してもムダに死なせるだけです)。
(2)
むかしの聖王が国民を教える場合、必ず上下関係をきちんと定め、上下が互いに相手を
しのがないようにさせました。そして、①徳義ある者が互いに身をつつしむようにし、②
才能ある者が互いに能力を発揮できるようにし、③勇気と力量のある者が互いに協力する
ようにしました。ですから、一致団結していたのです。
①むかし、政府における作法は軍隊に適用されず、軍隊における作法は政府に適用され
ませんでした。ですから、徳義ある者は、互いに身をつつしんだのです。
②君主は、てがらをいばらない臣下を大切にしました。てがらをいばらない臣下は、す
ぐれた器量の持ち主です。てがらをいばらないなら、欲ばりません。欲ばらなければ、争
うことがありません。そして、君主は、国内にいて臣下から提出された案件を決裁すると
きには、必ず実情に適合したものになるように努めました。また、軍隊にいて臣下から提
出された案件を決裁するときには、必ず妥当な結果となるように努めました。ですから、
才能ある者は、互いに能力を発揮できたのです。
③命令に従う臣下には最高の賞を与え、命令に逆らう臣下には最高の罰を与えました。
ですから、勇気と力量のある者は、互いに協力したのです。
国民を教え終わったなら、優秀な人材を慎重に選んで任用しました。こういった制度が
ととのえられたなら、役人はそろいますし、こういった教育がかえりみられたなら、国民
は良くなりますし、こういったことが習慣となれば、国民のなかに定着します。これが君
主による教化の極致です。
司馬法
6
(3)
むかしは、敵を追撃するにしても、遠くまで行かないようにしましたし、敵を追跡する
にしても、近くまで行かないようにしました。遠くまで行かなければ、敵の誘いに乗りに
くくなりますし、近くまで行かなければ、敵のワナに陥りにくくなります。礼節を用いて
守りを固め、仁愛を用いて敵に勝利しました。(むかしの聖王は、武力を用いずとも人々を
服従させられました)。そして、勝利し終えたら、また教化をくりかえしました。それで、
りっぱな人は、以上のような方法を重んじたのです。
(4)
名君の舜が戦争するにあたり軍隊を動員するより先に注意を与えたのは、兵士に命令を
徹底したかったからです。夏王朝が戦争するにあたり出陣する前に誓いをたてたのは、あ
らかじめ兵士に覚悟を決めさせておきたかったからです。殷王朝が戦争するにあたり出陣
した後に誓いを立てたのは、まず兵士の士気を高めたうえで兵士を戦いに臨ませたかった
からです。周王朝が戦争するにあたり敵軍と戦う直前になってから誓いを立てたのは、そ
うすることで兵士を必死にさせたかったからです。
夏王朝は徳に磨きをかけて天下の王となり、武力を用いることはなかったので、わずか
な種類の兵器しかもっていませんでした。殷王朝は正義を掲げて天下の王となり、はじめ
て武力を用いました。周王朝は力によって天下の王となり、おおいに武力を用いました。
夏王朝が功績のあった人物を宮殿で賞したのは、みんなが善いことをするようにうなが
すためです。殷王朝が悪いことをした人物を広場で殺したのは、みんなが悪いことをしな
いように戒めるためです。周王朝が功績のあった人物を宮殿で賞し、悪いことをした人物
を広場で殺したのは、善人を元気づけ、悪人を恐れさせるためです。
夏王朝、殷王朝、周王朝の三代は、その徳に関して言えば同じです。
(5)
いろんな兵器をまぜて使わなければ、不利になります。遠くから敵を攻撃する兵器を使
う部隊である長兵は防衛に最適ですし、敵に近づいて攻撃する兵器を使う部隊である短兵
は堅守に最適です。しかし、長兵ばかりでは敵地を攻略できませんし、短兵ばかりでは敵
まで攻撃が届きません。さらに兵器が軽便ならばすばやく動けますが、すばやく動けば隊
列が乱れやすくなるものですし、兵器が重厚ならばゆったり戦えますが、ゆったり戦えば
作戦がスムーズに遂行できなくなるものです。
(6)
兵車について言いますと、夏王朝はそれを「釣車」と呼び、それは端正さを重視してい
ました。殷王朝はそれを「寅車」と呼び、それは速さを重視していました。周王朝はそれ
司馬法
7
を「元戎」と呼び、それは使いやすさを重視していました。
軍旗について言いますと、夏王朝は先端を黒くして、人の姿を象徴させました。殷王朝
は白くして、天空を象徴しました。周王朝は黄色くして、大地を象徴しました。
マークについて言いますと、夏王朝は太陽と月をモチーフにして、「明知」をあらわしま
した。殷王朝は虎をモチーフにして、「武威」をあらわしました。周王朝は竜をモチーフに
して、「文徳」をあらわしました。
(7)
軍隊にあって、しめつけを強めようとすれば、兵士たちは萎縮して意欲を失いますし、
しめつけをゆるめるようにすれば、兵士たちがたるんで勝てなくなります。
君主が国民をでたらめに徴用して、人々はふさわしい地位につけず、技術者はもってい
る才能を発揮できず、牛や馬はむちゃくちゃに使われ、さらに役人がいばりちらしている
こと、これを「しめつけを強くする」と言います。このようにすれば、兵士たちは萎縮し
て意欲を失います。
君主が、徳のある人物を大切にせず、ずる賢い人間を重用し、折り目正しい人物を大切
にせず、ただ勇猛なだけの人物を重用し、命令に忠実な人物を大切にせず、命令を破る人
間を重用し、行いの善い人物を大切にせず、行いの悪い人間を重用し、さらに役人が弱腰
にすぎること、これを「しめつけをゆるめる」と言います。このようになれば、兵士たち
がたるんで勝てなくなります。
(8)
軍隊は、悠然としていることが第一です。悠然としていれば、兵士の力にも余裕が生ま
れます。敵との戦闘が始まったとしても、歩兵隊はあせらず、戦車隊はあわてず、逃げる
敵を追うときにも隊列はくずれません。それで軍隊が乱れることはありません。軍隊が堅
固になるのは、隊列の秩序を失わず、人馬の精力を絶やさず、遅く進むにも速く進むにも
指揮官の命令によく従うからです。
(9)
むかしは、政府の作法は軍隊には適用されませんでしたし、軍隊の作法は政府には適用
されませんでした。軍隊の作法が政府にもちこまれれば、国民の徳は廃れます。(これは、
軍隊が国民を圧倒すると、武威が文徳を圧倒し、武骨さが世に広まるからです)。また、政
府の作法が軍隊にもちこまれれば、国民の徳は弱まります。(これは、国民が軍隊を圧迫す
ると、文徳が武威を圧迫し、文弱さが世に広まるからです)。
ですから、平時、府中にあっては、丁寧な言葉で温和に発言し、宮中にあっては、きち
んとしてへりくだり、わが身を律して人に接し、君主に召されなければ行かず、君主に問
われなければ言わず、謁見するときの礼法は丁重で、退出するときの礼法は簡素なのです。
司馬法
8
また、有事、軍隊にあっては、堂々とした態度をとり、戦場にあっては、果敢に行動せ
ねばならず、よろいを身に着けたなら失礼でもかまわず、戦車に乗ったなら無礼でもかま
わず、城の上ではあたふたせず、窮地にも恐れてはならないのです。
ですから、礼と法とは表裏の関係にあり、文徳と武威とは左右の関係にあるのです。
(10)
むかし、賢明な君主は、国民の徳行を表彰し、国民の善行を奨励したので、道徳が廃れ
ることなく、優秀な人材がほうっておかれることもなくて、賞を使って善をすすめ、罰を
用いて悪をこらしめるという観念がありませんでした。名君の舜は、善人を賞したり、悪
人を罰したりせずとも、国民は舜の言うことをよく聞きました。これは舜が徳のある人物
だったからです。夏王朝では、善人を賞するだけで、悪人を罰しませんでした。これは教
化が盛んだったからです。殷王朝では、悪人を罰するだけで、善人を賞しませんでした。
これは武威が盛んだったからです。周王朝では、善人を賞し、悪人を罰しました。これは
文徳が衰えたからです。
賞するときには、その時にすぐ賞するようにします。そうするのは、国民に善いことに
は必ずよい報いがあることをすみやかにわからせたいからです。
罰するときには、その場ですぐ罰するようにします。そうするのは、国民に悪いことに
は必ず悪い報いがあることをすみやかにわからせたいからです。
大勝したときには、だれも賞せず、だれもが功績をいばらないようにします。上の人間
が功績をいばらなければ、驕り高ぶりません。下の人間が功績をいばらなければ、つけ上
がりません。上下がともに功績をいばらないのは、謙虚の至りです。
大敗したときには、だれも罰せず、だれもが責任を感じるようにします。上の人間が責
任を感じれば、失敗を挽回しようと努力します。下の人間が責任を感じれば、失敗を繰り
返すまいと努力します。上下がともに責任を感じるのは、謙虚の至りです。
(11)
むかし、一年間にわたる国境警備の任務についた人は、それから三年間はその任務につ
くのを免除されました。その苦労を考えてのことです。上下がこのように報いあうのは、
とても仲のよい証拠です。
戦争して勝ち、思いどおりにいって帰還するとき、音楽を演奏したのは、喜びをあらわ
しているのです。
苦労して帰還してきた兵士たちを物見台の下に集め、その苦労をねぎらったのは、ゆっ
くり休息することをすすめるためです。
司馬法
9
第三篇 定爵

【解説】
爵とは、公卿・大夫・百官などの地位のことです。地位が定まれば、上下の秩序ができ
て乱れなくなります。最初に「定爵」の二字があることから命名されました。
【本文】
(1)
戦うにあたって必要なことは、次のとおりです。
①身分や地位を定めること。
②賞罰を厳正に行うこと。
③諸国をまわっている知識人をとりこむこと。
④命令を徹底すること。
⑤いろんな人の考えを聞くこと。
⑥技術をもっている人材を集めること。
⑦あらゆる角度から物事を考えること。
⑧物事の実態(実情)を明らかにすること。
⑨難問を解決すること。
⑩疑惑を解消すること。
⑫兵力を養い育てること。
⑬才能ある人を探し求めること。
⑭人々の期待を裏切らないようにすること。
(2)
戦うにあたり、なすべきことは、①みんなの心を一つにし、②地の利が得られるかどう
かを計算し、③兵士たちを統率して乱れないようにし、④進軍すべきときと待機すべきと
きとをわかり、⑤人の正しい意見や正しい忠告にはすなおに従い、⑥自分の不善を恥じ、
他人の不善を憎み、⑦法令はできるだけ簡単にし、⑧みだりに罰しないようにすることで
すが、⑨罪があれば、たとえ小さくても処刑します。小さな罪が許されるのは、大きな罪
が生まれる原因となります。
(3)
いわゆる「五つの配慮」とは、①天に従い、②物資を徴発し、③みんなを喜ばせ、④地
形を利用し、⑤兵器を活用することの五つです。
①天に従うとは、季節、気候、天候などの天の時に応じて臨機応変に行動の仕方を決め
ることです。
司馬法
10
②物資を徴発するとは、敵から食料を奪い、敵兵を飢えさせ、こちらの兵士を満腹にさ
せることです。
③みんなを喜ばせるとは、みんなの気持ちを汲んで、みんなの心をしっかりつかむこと
で、みんなを「君主とともに生き、君主とともに死のう」という思いにさせることです。
④地形を利用するとは、通路が狭かったり、斜面が急であったり、障害物が多かったり
などする険しい地形を利用して守りを固めることです。
⑤兵器を活用するとは、遠くを攻撃する兵器と近くを攻撃する兵器とが互いに補完しあ
うことで、両者が十分な力を発揮できるようにすることです。
兵器にはいろいろな種類がありますが、使用する兵器ごとに戦い方が異なり、長兵は短
兵を守りますし、短兵は長兵を救います。いろいろな兵器をかわるがわる用いれば、持久
できますし、いろいろな兵器をまとめて一気に用いれば、攻撃力が強まります。敵に新兵
器があるのを見つけたら、これと同等の能力をもつ兵器を自軍に配備することを考えます。
これを「両方の勢力を均等にする」と言います。
攻めこまれた側は、みんなの心をしっかりつかんで守りを固め、敵の強いところと弱い
ところを調べて明らかにしたうえで、その弱いところをつくようにします。
(4)
将軍の心と兵士の心は同じでなければなりません。そして、つね日頃から騎馬や荷牛を
きちんと世話し、戦車や兵器をきちんと手入れして、力を充実させておかなばなりません。
また、あらかじめ訓練して、きちんと戦えるようにしておかねばなりません。さらに、た
とえて言うなら、将軍は身体で、大隊は手足で、小隊は指だというようになっておかねば
なりません。(このように全員が一心同体で、全軍が準備万端であってこそ、勝てます)。
(5)
およそ戦争においては臨機応変であることが必要ですし、戦闘においては勇敢であるこ
とが必要ですし、布陣においては巧妙であることが必要です。こちらに望ましいことを採
用し、こちらにできることを実行します。こちらに望ましくないこと、できないことは、
排除します。敵に対しては、これと反対にします。(敵が望まないなら、こちらはそれを採
用します。敵ができないなら、こちらはそれを実行します。敵が望んだり、できたりする
なら、こちらはそれらを排除します)。
(6)
敵と戦うときには、①天を保ち、②財を保ち、③善を保つことが大切です。
①チャンスめぐってきたなら、それを逃さないようにし、勝利を予見できたなら、ひそ
かに行動を起こすこと、これを「天を保つ」と言います。
②国民を豊かにすることで、国家の税収入を増やし、それによって国力を強めるように
司馬法
11
すること、これを「財を保つ」と言います。
③兵士に有利な布陣の仕方を訓練し、必要な物資をとりそろえ、そうして有事に備える
こと、これを「善を保つ」と言います。
(7)
それぞれがつとめてそれぞれの任務を果たすこと、これが「人が死を恐れず喜んで戦う」
ということです。
軍隊を大きくして態勢を固め、戦力を高めて演習をくり返し、優秀な人材をもっていて、
その人材に仕事をまかせ、突然の事件にもあわてることなく、その事件を円滑に処理する
こと、これを「有事に備える」と言います。
戦車隊をもち、歩兵隊をもち、さらに弓矢を使って堅固に守備すること、これを「軍隊
を大きくする」と言います。
戦うときには力を合わせ、兵士たちはさわいだりせず、心に士気があふれていること、
これを「態勢を固める」と言います。
このように態勢を固めることを土台にして、進むべきときに進み、退くべきときに退く
こと、これを「戦力を高める」と言います。
上官は悠然とかまえていて、部下は訓練にいそしんでいること、これを「演習をくり返
す」と言います。
そのうえ、それぞれの部署にふさわしい人材を得ていること、これを「優秀な人材をも
っている」と言います。
このように人材を得て、うまいぐあいに使って仕事を処理すること、これを「その人材
に仕事をまかせる」と言います。
(8)
兵力を計算し、地形と敵情に応じて兵力を配置して敵を待ちうけ、攻めるべきときには
攻め、戦うべきときには戦い、守るべきときには守り、進軍すべきときは進軍し、退却す
べきときは退却し、待機すべきときは待機し、行軍には秩序があって乱れず、戦車と歩兵
とは互いに助け合って離れないこと、これを「戦参」と言います。(戦参とは、戦うときに
くわしく参照して、ゆるがせにしてはいけないことです)。
兵士たちが、従わなかったり、信じなかったり、協調しなかったり、怠けたり、疑った
り、嫌がったり、恐れたり、ばらばらであったり、くじけたり、不満に思ったり、騒ぎ乱
れたり、好き勝手したり、規律をなくしたり、たるんだりすること、これを「戦患」と言
います。(戦患とは、戦うときに害となるもののことです)。
敵と戦うにあたり、驕りに驕ったり、恐れに恐れたり、わめいたり、不安がったり、す
ぐに後悔したりすること、これを「毀折」と言います。(毀折とは、戦いに敗れて、損傷を
受けることです)。
司馬法
12
敵情や地形に応じて、規模を大きくしたり、小さくしたり、戦法を剛直にしたり、柔軟
にしたり、編成を大まかにしたり、細かくしたり、兵数を多くしたり、少なくしたりして、
すべてにわたり相対する方法を使い分けること、これを「戦権」と言います。(戦権とは、
臨機応変にうまく戦う方法のことです)。
(9)
およそ戦うにあたり、遠くの敵に対しては、スパイを送りこんで敵情をうかがい知り、
近くの敵に対しては、じかに様子をみて敵情をうかがい知り、天の時に従い、敵の物を奪
い、信賞必罰に努め、疑心暗鬼をなくすようにします。また、士気を高めるには、大義名
分を掲げるようにし、行動を起こすには、好機に乗じるようにし、人を働かせるには、恩
恵を施すようにします。さらに、敵軍に遭遇しても、あせらずに待機し、混乱に遭遇して
も、あわてずに待機し、危機に遭遇しても、兵士たちを見捨てないようにします。
国内では恩恵を施して、信用を獲得するようにし、軍隊では寛大にして、威厳を確立す
るよにし、戦場では果断にして、機敏に行動するようにします。また、国内では上下が団
結していなければなりませんし、軍隊では法令が徹底されていなければなりませんし、戦
場では状況判断が的確でなければなりません。さらに、国内では好意をもたれなければい
けませんし、軍隊では敬意をもたれなければいけませんし、戦場では信頼をもたれなけれ
ばいけません。
(10)
およそ戦場に軍隊を展開するにあたっては、次のようにします。
十分な間隔をとって隊列を組むことによって戦いやすくし、兵力を集中して戦うことに
よって攻撃力を高め、いろいろな兵器をあわせ用いることによって敵が攻めにくいように
します。
兵士の訓練をゆきとどかせ、おちついて乱れないようにし、命令が徹底されるようにす
ることが大切です。
上下が互いに正義を守れば、みんなが率先してがんばるようになりますし、計画の多く
が成功すれば、みんなが心服するようになります。
人が喜んで従うときには、序列が整いますし、軍隊に指示を出す旗がよく見えれば、兵
士たちは迷わず動けますし、計画が定まっていれば、兵士たちは心強くなります。
進むときにも、退くときにも、整然としているのは、計画が定まっているからです。敵
軍に遭遇したときに無計画であれば、事情を調査して、責任者を処刑します。
戦争の名目に反してはいけませんし、指示を出す旗を変えてはいけません。
(11)
およそ①最善なことをするように努めれば、長くもちこたえることができますし、②古
司馬法
13
代の聖人のすぐれたやり方にもとづいていれば、それを実行し、③兵士をひきしめ、士気
をふるいおこせば、兵力は増大し、さらにわざわいをとりはらえます。
わざわいをとりはらう方法の一つは、正義によって人を動かし、各人にベストを尽くさ
せることです。①信頼の感情で全軍をつつみこみ、全員に守るべきところを自覚させ、②
強い力で敵軍に立ち向かい、敵がこちらの攻撃を防ぎきれなくします。名君にふさわしい
行いを積み、天下を統一して太平をもたらすことを目指すなら、人々は心から喜びます。
これが「自国民と敵国民をともに見方につける」ということです。
別の一つは、はかりごとを用いて戦うことです。①相手を驕り高ぶらせることで、相手
の油断を誘ったり、②相手にとって大事なものを奪うことで、相手を不利な状況に陥れた
り、③主力を用いて敵軍を外側から攻撃し、これに応じるかたちでスパイに敵軍を内側か
らかく乱させたりします。
さらに、「七政」があります。それは、①賢人を任用し、②正義を中心にすえて部下をま
とめあげ、③言葉つきをきちんとし、④すぐれた技術を手に入れ、⑤火攻めに対して慎重
になり、⑥水利事業や治水事業をきちんと行い、⑦節度をもって軍隊を治めること、以上
の七つです。
また、「四守」があります。それは、①栄典、②利益、③恥辱、④処刑の四つです。栄典
や利益は人の好むものですし、恥辱や処刑は人の嫌うものです。そこで、よいことをした
者を賞するためには、栄典や利益を与えますし、悪いことをした者を罰するためには、恥
辱や処刑を与えます。
そして、笑顔で善をすすめ、おどして悪をこらしめるわけですが、この二つは心がけが
よくなるように仕向けるにとどまります。
以上が、わざわいをとりはらう方法です。
(12)
仁愛のある人だけが、人々から慕われます。しかし、仁愛があっても、信義がなければ、
かえって身を滅ぼすことになります。
任用すべき人を任用し、正すべきを正し、言うべきを言い、火攻めすべきとき以外は火
攻めをつつしむようにします。
(13)
戦いの方法としては、①全軍の士気を奮い立たせられたなら、続けて賞罰を厳正に執り
行い、②兵士を許すときには表情を柔和にし、兵士を導くときには言葉を懇切にし、③兵
士の恐怖心につけいって兵士を戒め、兵士の欲望につけいって兵士をあやつり、④敵国に
侵攻し、敵地を制圧するには、各自にその職務に応じた仕事をまっとうさせます。以上が
「戦法」と言われるものです。
司馬法
14
(14)
人のよしあしは、その人の属する集団とのかねあいによって決まってきます。その役職
と実績とを見比べたとき、役職にみあった実績をあげている人は、よい人材です。さらに、
必ずなにが善であるかを判断して、最善なことを実行していく人であれば、言うことはあ
りません。
もし兵士にやらせてみて、うまくできなければ、将軍みずからが先頭に立ってやってみ
せて手本を示します。もし兵士にやらせてみて、うまくできれば、そのやり方を忘れない
ようにさせます。これを反復練習すれば、コツが身につき、つねにうまくできるようにな
ります。兵士が生きて、しかも正義にかなっていること、これを「法」と言います。
(15)
乱れを治める方法は、①仁愛、②信用、③正直、④誠実、⑤正義、⑥臨機応変の処置、
⑦権力の集中です。
(16)
規範を確立するにあたり必要なことは、①人の意見を聞き、②法令を明確にし、③権力
をしっかり把握し、④秘密のはかりごとをすばやく実行し、⑤制服をつくり、⑥階級の違
いに応じて旗や服のデザインを変え、⑦兵士や役人たちに乱れた服装をさせないことです。
(17)
①軍隊において命令が最高責任者からのみ出るようにすること、これを「権力の集中」
と言います。②上下がともに法令を恐れ敬ってこそ、「権力の集中」が可能となりますが、
これを「法」と言います。③こうして部下の専断をなくして、目先の利益にとらわれない
ようにし、計画を着実に実現へと向かわせ、しかもこれを行うときには密かに行うように
すること、これを「道」と言います。
(18)
およそ戦いにあたって、①軍規が乱れているときには、権力をふるってひきしめ、②部
下が服従しないときには、法律を適用して処分し、③不信感がまんえんしているときには、
誠実さを示し(もしくは命令系統を統一し)、④怠けていれば、その者を奮い立たせ、⑤疑
惑があれば、それをとりはらい、⑥上官が信用されないときには、いったん出した命令は
貫徹して、ころころ変えないようにします。以上が、むかしながら軍隊の動かし方です。
司馬法
15
第4篇 厳位
【解説】
厳位とは、身分秩序を厳しく整えることです。最初に「位欲厳」という三字があること
から命名されました。ここには欠文や誤字が多くあります。
【本文】
(1)
戦いの方法としては、①役割の分担はきちんと整っていなければいけませんし、②組織
の運営はしっかりしていないとしけませんし、③兵士の体力は元気にあふれていないとい
けませんし、④兵士の気持ちはおちついていないといけませんし、⑤上下の心は一つでな
いといけません。
(2)
戦いの方法としては、①道義を基準にして人をランクづけて、その人にふさわしい役職
に任命し、②軍隊を組織立て、③全軍の隊列を整え、④部隊の配置をきちんとし、⑤それ
ぞれがその役職にみあった実績をあげられているか審査します。
また、①立って進むときは身をかがめるようにし、②しゃがんで進むときはヒザをつく
ようにし、③兵士が恐れているときは密集して敵を待ちうけるようにし、④危険に出会っ
たときは待機していつでも出撃できる態勢をとります。
また、①遠くに敵を発見したときには恐れず、②近くで敵に遭遇したときには散らばっ
てはいけません。
また、部下の兵士を左右二隊にわけ、武装させて待機させ、おちついて進軍するように
命令します。
また、役割の分担は雑兵にまで及び、雑兵は歩兵とし、きちんと武装させます。そのう
えで作戦の優先順位を決め、騎兵を奮い立たせて前進させ、歩兵にはかけ声をあげさせ、
配置につかせて待機させます。
また、ひざまずいてしゃがみ、しゃがんで前進するときには、あわてないように命令し
ます。
また、かけ声をあげて立ちあがり、太鼓の合図とともに突撃するわけですが、あわてて
飛び出そうとするときには、カネをたたいて止めます。
また、夜襲をかけるときには、音を立てないようにし、携帯食を食べるときには、じっ
と腰をおちつけるように命令し、ひざをついてじわじわ進みます。
また、敵を殺すときには、ふりかえってはならず、かけ声をかけて、ともかく前進させ
なければいけません。
また、とても恐れ入っているなら、殺してはならず、やわらかな顔つきで接し、てがら
司馬法
16
を立てれば死なずにすむことを伝えたうえで、もとの仕事に復帰させます。
(3)
軍隊においては、①部下に注意すべき点があれば、その日のうちに注意し、②部下に処
罰すべき点があれば、その日のうちに処罰し、③将軍と兵士は、同じ内容の食事をしなけ
ればならず、④敵が疑い迷っているときには、攻めこんで征圧しなければなりません。
(4)
戦いにおいては、①体力が元気であることによって持久できますし、②気力が充実して
いることによって勝てますし、③軍隊が堅固であることによって持久できますし、④戦意
があふれていることによって勝てますし、⑤全員の意志を強くすれば堅固になりますし、
⑥兵士に活気を持たせれば勝てますし、⑦兵隊は防具を装備することで堅固になりますし、
⑧軍隊は武器を配備することで勝てます。
さらに、⑨戦車が密集することによって堅固になりますし、⑩歩兵がいつでも突撃でき
る体勢をとることによって堅固になりますし、⑪防具が重厚であることによって堅固にな
りますし、⑫武器が使いやすいことによって勝てます。
(5)
全員に勝ちたいという心があるときには、敵の強いところと弱いところを見分け、その
弱いところにねらいを定めてこそ、勝利が得られます。
全員に恐怖心があるときには、いったい何を恐れているのかを見分け、敵よりも自軍の
将軍を恐れている場合には勝てますが、自軍の将軍よりも敵を恐れている場合は負けます。
勝ちたいという心と恐怖心の両方をうまく使えば、両方のメリットを得られます。それ
らをうまく使えるかどうかは、将軍の手腕にかかっています。
(6)
戦いにおいては、①軽率な兵隊を使って軽地(まだ敵地の奥深くまで侵入していないと
ころ)を行軍するなら、危なくなりますし、②鈍重な兵隊で重地(すでに敵地の奥深くま
で侵入しているところ)を行軍するなら、成功しませんし、③軽快な兵隊を使って重地を
行軍するなら、敗北せざるを得ませんし、④重厚な兵隊を使って重地を行軍するなら、奮
戦せざるを得ません。
ですから、戦いの方法としては、軽重をともに用いてこそ、うまくいくのです。
(7)
①野営しているときには、いつ敵に襲撃されてもいいように、防備を固めなければいけ
ませんし、②行軍しているときには、いつ敵と遭遇してもいいように、隊列を整えなけれ
司馬法
17
ばいけませんし、③戦闘しているときには、敵に乗じるスキを与えないように、慎重に突
進したり、停止したりしなければいけません。
(8)
戦いにおいては、①将軍がしっかりやっていれば、兵士は喜んでついてきますし、②将
軍が身をもって手本を示せば、兵士たちは心服しますし、③上官の指示がせかせかしてい
れば、部下は軽率になりますし、④上官が指示がゆったりしていれば、部下は重厚になり
ますし、⑤太鼓をアップテンポでたたけば、兵士たちは軽快になりますし、⑥太鼓をスロ
ーテンポでたたけば、兵士たちは鈍重になりますし、⑦軍服のデザインが質素であれば、
軽々しく見えますし、⑧軍服のデザインが華美であれば、重々しく見えます。
(9)
騎馬や戦車が丈夫で、武器が優秀であれば、敵国の奥深くまで侵攻できる。
(10)
①将軍が自分にへつらう人間ばかりかわいがると、不公正になるので、兵士は心服しま
せんし、②将軍が独裁的だと、部下に忠告されることを嫌うので、多くの忠義の部下が反
逆罪ということで処刑されますし、③将軍が死を恐れると、果敢に戦えないので、多くの
兵士たちが不信感をもちますし、④将軍が生命を軽んじると、勇んで考えなしに戦うだけ
なので、勝つことができません。
(11)
兵隊は、①将軍から受けた恩に報いるために戦って死んだり、②敵に対して激怒するこ
とで戦って死んだり、③おどされて仕方なしに戦って死んだり、④正義のために戦って死
んだり、⑤利益を得るために戦って死んだりするものです。
(12)
戦いの方法としては、①教化によって人をたばねれば、人は死ぬことを恐れなくなりま
すし(死を恐れないとは、無某に死ぬことではありません)、②道義によって人をたばねれ
ば、人は正しい死に方をします(正しい死に方とは、職責を果たすために命を捨てること
です)。
(13)
戦いにおいては、①勝てそうなときには戦い、②負けそうなときには守り、③天の時に
従い、④人の心に従うようにします。そうすれば勝てないことはありません。
司馬法
18
(14)
①全軍への戒告は、三日以内に行うようにし、②部隊への警告は、半日以内に行うよう
にし、③兵士への懲罰は、すぐに行うようにします
(15)
最善は、謀略を用いて勝つことです。次善は、武力を用いて勝つことです。深く考えた
はかりごとを用いて行動し、目につかない方法で守ること、これが根本です。最善の方法
を用いるか、次善の方法を用いるかは、臨機応変に決めていきます。
(16)
全軍がまるで一人の人間のようであってこそ勝てます。
(17)
太鼓は全軍を進めるためのものであって、いろいろなバリエーションがあります。①軍
隊を進めるために旗を開いたり合わせたりすることを合図するための太鼓がありますし、
②戦車を前駆させることを合図するための太鼓がありますし、③騎兵を突撃させることを
合図するための太鼓がありますし、④歩兵を前進させることを合図するための太鼓があり
ますし、⑤兵器を整然と配置することを合図するための太鼓がありますし、⑥各隊の進む
べき方向を合図するための太鼓がありますし、⑦座ったり立ったり、進んだり退いたりを
合図するための太鼓があります。以上の七つの太鼓がかね備わったとき、全員がよく戦い、
全軍がよく動くようになります。
(18)
戦いにおいては、①戦力が充実しているときには、行動をためらってはならず、②戦力
の充実した部隊を用いて戦うときには、一度に力をすべて出しきってはならず、③戦力の
充実した部隊が一度に力をすべて出しきるのは、危険ですし、心配のもとです。
(19)
戦いにおいては、①陣をはることが難しいのではなく、部下に陣をはらせるのが難しい
のであり、②陣をはらせるのが難しいのではなく、部下を用いるのが難しいのであり、③
これを知ることが難しいのではなく、これを行うことが難しいのです。
(20)
①人はだれしも生まれながらの性格をもっています。②人の性格は地域ごとに異なって
いますが、教化によってよい習俗が作られます。③人の習俗は地域ごとに異なっています
が、道理によって習俗はよく変化します
司馬法
19
(21)
兵力の多寡が勝敗を決し、武器が強力でなかったり、防具が頑丈でなかったり、戦車が
強固でなかったり、騎馬が良好でなかったり、手柄が抜群でなかったりして、その優秀さ
を誇らないなら、優秀な臣下とは言えなくなります。
(22)
戦いにおいて将軍は、①勝利したときには、兵士たちと手柄を分け合い、②また敵と戦
おうとするときには、賞罰を重くし、③勝利できなかったときには、その責任を一身で引
き受け、④また戦うときには、みずから率先して前線に立ち、前と同じ戦法を用いてはい
けません。勝負は以上の原則に反してはならず、これが正しいやり方です。
(23)
人民に対しては、①仁愛によって危難から救い、②正義によって奮起させて戦争に参加
させ、③知恵によって問題を処理し、④勇気によって率いて戦闘させ、⑤信用によって心
を一つにさせ、⑥利益によって勤労意欲を増大させ、⑦恩賞によって戦意を高めさるよう
にします。
ですから、①心には仁愛をもっていなければなりませんし、②行いは正義にかなってい
なければなりませんし、③物事を処理するには、知恵を使わなければなりませんし、④戦
争を完遂するには、勇気を使わなければなりませんし、⑤人心を掌握するには、信用を使
わなければなりません。
互いに譲り合って人の和を尊ぶなら、みんなの心がうちとけますし、上官みずからが過
失の責任を引き受けるなら、部下はみな互いに優秀な人材になろうと競い合ってすぐれた
働きをし、かくして兵士はこのように心から喜んで全力をつくすようになります。
(24)
戦いにおいては、①兵力が微弱であって動けない敵を攻撃し、兵力が強大であって動か
ない敵は回避しますし、②遠くからやってきて疲れている敵を攻撃し、ゆったりしていて
元気のある敵は回避しますし、③こちらを恐れている敵を攻撃し、気をひきしめて警戒し
ている敵は回避します。以上が、むかしながらの軍隊の動かし方です。
司馬法
20
第五篇 用衆
【解説】
用衆とは、多くの人間を使って戦うことです。最初に「用衆」の二字があることから命
名されました。
【本文】
(1)
戦いの方法としては、①小軍を使うときは守りを固め、②大軍を使うときは陣形を整え、
③兵隊が少ない場合には奇策を用い、④兵隊が多い場合は正攻法を用います。⑤大軍を使
う場合は、けっこう進んだら、いったん停止して態勢を整えるようにし、⑥小軍を使う場
合は、すばやく進んだり、すばやく退いたりして、敵に捕捉されないようにします。⑦こ
ちらが大軍で敵の小軍と戦うときには、遠まわしに敵を包囲しますが、逃げ道をあけてお
いてやるようにします。(逃げ場がなくなった敵は必死になるので、それだけこちらも損害
が大きくなります。ですから、逃げ道をあけてやるのです)。⑧軍隊を分けて、かわるがわ
る攻撃をしかけるときには、小軍で大軍にあたることになります。⑨兵士たちが心配して
いるときには、みずから権謀術数を用いて勝利をおさめるようにします。⑩こちらを有利
にしようとするときには、旗を捨てて逃げるふりをし、敵が追いかけてきたところを反撃
します。⑪敵が大軍のときには、敵情を観察しつつ、包囲されたときの対策を練ります。
⑫敵が小軍で気がひきしまっているときには、戦いを避け、逃げ道をあけてやります。
(2)
戦いにおいては、①風上を背にし、高所を背にし、②高い土地が右手にくるようにし、
険しい土地が左手にくるようにし、③湖沼や河川はさっさと通過し、危ない土地はさっさ
と通過し、④野営するときには、守りやすくて高い場所を選んで野営するようにします。
(3)
戦いにおいては、①布陣し終えたなら、敵の動向を探り、さらに敵の弱いところと強い
ところを見つけて、弱いところをつきます。②敵がこちらを待ち構えているときには、こ
ちらは敵の策略にうまく対応して、突撃してはならず、敵の動向を探ります。③敵が攻め
てきたときには、こちらは兵力を集中して守りを固め、チャンスを待ちます。
(4)
戦いにおいては、①大軍を用いたり、小軍を用いたりして、敵の対応の仕方を調べ、②
いきなり進撃したり、いきなり退却したりして、敵の準備のほどを調べ、③近くにまで迫
って威嚇することで、敵がどれだけ恐れているかを調べ、④じっとして敵の出方を待つこ
司馬法
21
とで、敵がどれほどの怠け心をもっているかを調べ、⑤策略を用いて敵をほんろうするこ
とで、敵の心に迷いがどのくらいあるを調べ、⑥奇襲攻撃をしかけることで、敵が治まっ
ているかどうかを調べます。
そして、⑦敵の心に迷いがあるときには、敵を攻撃し、⑧敵があせっているときのは、
さらにあせらせ、⑨敵の力を弱めさせ、⑩敵の秩序を乱します。
さらに、⑪敵の充実しているところを避け、敵の油断しているところを攻め、⑫敵のも
くろみをはばみ、敵の考えをだいなしにし、⑬敵に恐怖心があれば、それに乗じます。
(5)
一般的に言って、敗走する敵への追撃は、やめてはいけません。しかし、敗走している
敵が途中で止まったりするようなら、敵のワナかもしれないので注意しなければならない。
(6)
敵の首都に進撃していくときには、進路を確保しておかないといけません。さらに、退
却するときのことも考えておかなければ、逃げ場をなくして全滅しかねません。
(7)
戦いにおいては、①行動を急ぎすぎると、兵士を疲れさせて、敵に乗じるスキを与える
ことになりますし、②行動が遅すぎると、兵士を不安にさせて、敵にこちらをあざむく機
会を与えることになりますし、③休息に配慮しすぎると、兵士は必ず怠け心をもつように
なりますし、④休息しないと兵士を疲れさせることになりますが、休息しすぎると兵士は
戦いを恐れるようになります。
(8)
①兵士が家族と連絡をとることを禁止することによって、兵士の望郷の念を断って、戦
いに専念させ、②優秀な人材を選んで、兵員の補充にあてることによって、自軍の戦力を
高め、③余分な装備と食料を捨て去り、自軍をみずから窮地に追いこむことによって、兵
士を必死にさせます。以上が、むかしながらの軍隊の動かし方です。