冬
題しらず
風さむみ木の葉はれゆく夜な夜なにのこるくまなき庭の月かげ(新古605)
【通釈】風が寒々と吹き、そのたびに木の葉が散ってゆく夜々を経て、もはや残る隈(くま)無く照らす庭の月光よ。
【語釈】◇木の葉はれゆく 木の葉が散るにつれて、月光が遮られることなく射すようになる様を言う。
【補記】『式子内親王集』(補遺の部)では結句「ねやの月かげ」。
百首歌の中に
見るままに冬は来にけり鴨のゐる入江のみぎはうす氷りつつ(新古638)
【通釈】見ている間に、もう冬は来ていたのだなあ。鴨の浮かんでいる入江の波打際が薄く氷りながら。
【補記】「正治初度百首」。
正治百首歌の中に、冬歌
時雨しぐれつつ四方のもみぢは散りはてて霰あられぞおつる庭の木かげに(風雅803)
【通釈】時雨が何度も降るうち、周囲の紅葉は散り果ててしまい、霰が葉に遮られることなく庭の木陰に落ちるよ。
【補記】「竹の葉にあられふるなりさらさらに独りは寝(ぬ)べき心ちこそせね」(詞花集、和泉式部)のように、枯葉を打つ霰の寂しげな音を詠んだ歌は多いが、落葉した後の木陰に落ちる霰を詠んだ歌は珍しい。
荒れ暮らす冬の空かなかきくもり霙みぞれよこぎる風きほひつつ
【通釈】荒れたまま暮れる冬の空であるよ。一面に曇り、みぞれが横ざまに降る風が先を争うように吹いて。
【補記】「正治初度百首」。
色々の花も紅葉もさもあらばあれ冬の夜ふかき松風の音
【通釈】色とりどりの花も紅葉も、どうでもよい――そう思えてしまうほど趣深いのは、冬の深夜に聞く松風の音。
【補記】「前小斎院御百首」。
【参考歌】藤原良経「秋篠月清集」(先後関係は不明)
おのれだにたえず音せよ松の風花も紅葉も見ればひととき
百首歌に
さむしろの夜半の衣手さえさえて初雪しろし岡の辺の松(新古662)
【通釈】寝床の上の夜の袖が冷え冷えとしていたが、今朝見れば初雪が白く積もっているよ、岡のほとりの松は。
【語釈】◇さむしろ 狭筵。「さ」は接頭語で特に意味は無く、寝床の粗末な敷物を言うが、「さむ」には「寒」が響くゆえか、冬歌に用いられることが多かった歌語である。
【補記】「正治初度百首」。
【参考歌】源頼綱「金葉集」
衣手に余呉の浦風さえさえてこだかみ山に雪ふりにけり
【主な派生歌】
あやしくも武庫の嵐のさえさえて初雪しろし猪名の笹原(藤原範宗)
あやしくも夜のまの風のさえさえて今朝雪しろし庭のあさぢふ(後鳥羽院)
むばたまのよはのさ衣さえさえてうらめづらしき今朝の初雪(飛鳥井雅有)
身にしむは庭火のかげにさえのぼる霜夜の星の明けがたの空
【通釈】身に沁みるのは、庭の篝火の照らす光のなか、冴え冴えと昇ってゆく星のある、霜夜が明けてゆく頃の空であるよ。
【補記】庭火は神楽の時などに焚く篝火を言うことが多い。その火明かりの中でもくっきりと見える星(明けの明星、金星であろう)によって霜夜の凄艶美を詠んだ。「正治初度百首」。
百首歌に
天あまつ風氷をわたる冬の夜の乙女の袖をみがく月かげ(新勅撰1111)
【通釈】天の風が凍った水面を吹き渡る冬の夜にあって、舞姫の袖に月光が光彩を添えている。
【語釈】◇天つ風 宮中を吹き渡る風。内裏を天上になぞらえている。◇氷をわたる 「氷」は宮中の池の氷を思えばよいか。いずれにしても冬の夜風の冴え冴えとした感じを印象付ける。◇乙女 五節の舞姫を指す。新嘗祭では四人で舞った。◇袖をみがく 五節の舞姫は色あでやかな袖を廻らして踊る。その袖を月光が磨くかのように、ひときわ美しく輝かせている。
【補記】「正治初度百首」。
【参考歌】良岑宗貞(遍昭)「古今集」
あまつ風雲のかよひぢ吹きとぢよ乙女のすがたしばしとどめむ
清原深養父「後撰集」
幾世へてのちか忘れむ散りぬべき野辺の秋萩みがく月夜を
百首歌たてまつりしに
日かずふる雪げにまさる炭竈すみがまの煙もさびし大原の里(新古690)
【通釈】何日も続く雪模様で炭竈の煙が多くなるのも寂しげである。大原の里よ。
【語釈】◇大原の里 山城国の歌枕。今の京都市左京区北部、比叡山の麓に連なる丘陵地。世捨て人の隠棲地であり、また貴族の別荘地であった。炭焼の名所で、冬寒い土地として歌に詠まれることが多い。
【補記】「正治初度百首」。
【参考歌】西行「山家集」
炭竈のたなびくけぶり一すぢに心ぼそきは大原の里
【主な派生歌】
炭竈のけぶりもさびし大原やふりにし里の雪の夕ぐれ(源実朝)
せめてなほ心ぼそきは年月のいるがごとくに有明の空
【通釈】甚だしく、いっそう心細く感じられるのは、年月が矢を射ったごとく素速く巡り、一年も終りに近い月が山の端に入ろうとしている有明の空であるよ。
【語釈】◇せめて 語源は「責めて」。心をひどく苦しめるさまを言う。◇いるがごとくに 「いる」は「射る」「入る」の掛詞。◇有明の空 有明の月が残る空。月末に近ければ当然月は細く、「心ぼそき」の語句と響きあう。なお、前句からのつづきとしては「いるがごとくにあり」となり、「有明」の「あり」に動詞の意が掛かる。
【本歌】凡河内躬恒「古今集」
あづさゆみ春たちしより年月のいるがごとくも思ほゆるかな
恋
尋ぬべき道こそなけれ人しれず心は慣れて行きかへれども
【通釈】あの人のもとへ訪ねてゆける道はないのだ。誰にも知られぬまま、私の心は何度も行き来して、通い慣れてしまったのだけれど。
【補記】「道」には「手段・方法」などの意もある。「前小斎院御百首」の恋部冒頭。
たのむかなまだ見ぬ人を思ひ寝のほのかになるる宵々の夢
【通釈】夢に縋るのだなあ。まだ逢ったこともないあの人を思いながら寝入る眠りの、ほのかに馴れ親しんでいる夜毎の夢に。
【補記】「前小斎院御百首」。主題は「未逢恋」であろう。
ほのかにもあはれはかけよ思ひ草下葉にまがふ露ももらさじ
【通釈】わずかにでも同情して下さい、思い草を――その下葉にまぎれて置いている露は、ほんの少しもこぼすまいと堪(こら)えているのです。
【語釈】◇思ひ草 ハマウツボ科の一年草ナンバンギセルのこととされるが、異説もある。ナンバンギセルには下葉がないので、この歌では別の植物を想定していたか。ともあれ、物思いに耽っているような風情の草花に、恋する己をなぞらえている。◇下葉にまがふ露 下葉にまぎれている露。堪えている涙を暗示。◇露ももらさじ 「露も」に「少しも」の意が掛かる。
【補記】「前小斎院御百首」。主題は「忍ぶ恋」。
百首歌の中に、忍恋を(三首)
玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることのよわりもぞする(新古1034)
【通釈】私の玉の緒よ、切れてしまうなら切れてしまえ。もし持続すれば、堪え忍ぶ力が弱ってしまうのだ。
【語釈】◇玉の緒 魂と身体を結び付けていると考えられた緒。命そのものを指して言うこともある。◇絶えなば絶えね 絶えてしまうなら絶えてしまえ。「な」「ね」は、完了の助動詞「ぬ」のそれぞれ未然形・命令形。
【補記】『式子内親王集』には補遺の部(「雖入勅撰不見家集歌」)に載せ、元来式子の家集には無かった作。制作年、制作事情などは不詳である。
【他出】定家十体(有心様)、定家八代抄、別本八代集秀逸(家隆撰)、自讃歌、百人一首、新三十六人撰、歌林良材
【参考歌】作者未詳「万葉集」
息の緒に思へば苦し玉の緒の絶えて乱れな知らば知るとも
(『古今和歌六帖』には第四句「絶えて乱るな」として載る)
曾禰好忠『好忠集』
乱れつつ絶えなば悲し冬の夜をわがひとりぬる玉の緒よわみ
【主な派生歌】
いかにせむ絶えなば絶えね玉の緒は長き恨みに結ぼほれつつ(藤原範宗)
ひたすらに絶えなば絶えね憂き中の忘れ形見に残る面影(花山院師兼)
いかのぼり絶えなば絶えねなかぞらの父ひきしぼる春のすさのを(山中智恵子)
忘れてはうちなげかるる夕べかな我のみ知りて過ぐる月日を(新古1035)
【通釈】そのことをふと忘れては、思わず歎息してしまう夕べであるよ。この思いは私だけが知っていて、あの人に知らせず過ごしてきた長い月日であるのに。
【補記】「忘れて」の内容は、「我のみしりて過ぐる月日」であること。すなわち自分の思いを相手に知らせていないことをふと忘れ、恋人が来てくれるのではないかと期待しては、我に返って「うちなげかるる」と言うのである。制作年、制作事情など不詳。
【他出】式子内親王集、定家十体(幽玄様)、定家八代抄、新三十六人撰、愚秘抄、桐火桶、題林愚抄
【主な派生歌】
なにとただ我のみしりて過ぐるまの憂きあらましに袖濡らすらむ(頓阿)
わすれては又なげかるる夕かな聞きしにもあらぬ入相の鐘(後光厳天皇)
わが恋はしる人もなしせく床の涙もらすなつげのを枕(新古1036)
【通釈】私の恋心は知る人とてない。堰き止めている床の涙を洩らすな、黄楊(つげ)の枕よ。
【語釈】◇つげのを枕 黄楊で作った木枕。枕は人の心を知るものとされたが、黄楊の木で作ったものはことに霊力が強いとされたらしい。万葉集巻十一に「夕されば床の辺去らぬ黄楊枕なにしか汝が主待ちかたき」と、やはり黄楊の枕に対し呼びかけた歌がある。なお、「つげ」を「告げ」の掛詞と見れば、その名を忌んでいることになろう。
【他出】正治初度百首、定家八代抄、六華集
【本歌】平貞文「古今集」
枕よりまた知る人もなき恋を涙せきあへずもらしつるかな
【主な派生歌】
おさふべき袖は昔にくちはてぬ我が黒髪よ涙もらすな(*少将内侍[続後撰])
夏ごろもひとへにうすき袂ぞよ我が忍びねの涙もらすな(今出川二条)
しるといふ枕も人にかたらずは涙もらすな夜々の黒髪(正徹)
題しらず
しるべせよ跡なき波にこぐ舟の行くへもしらぬ八重のしほ風(新古1074)
【通釈】案内してくれ。先を行った船の航跡も残らない波の上を漕いでゆく舟――その行方も知れず吹き渡る八重の潮風よ。
【語釈】◇跡なき波 下記本歌に縁る言い方で、船の航跡が残らないことを言う。◇八重のしほ風 「八重の潮路(しほぢ)」(いくつもの潮の流れ)を越え、海上を吹き渡る風。平康頼の「薩摩潟おきの小島に我ありと親にはつげよ八重のしほ風」(千載集)が初例か。
【補記】恋心を不安な船路に託している。「正治初度百首」。
【本歌】藤原勝臣「古今集」
白浪の跡なき方に行く舟も風ぞたよりのしるべなりける
百首歌の中に
夢にても見ゆらむものを歎きつつうちぬる宵の袖の気色は(新古1124)
【通釈】夢であの人にも見えているだろうに。歎きながら寝る今宵の、涙に濡れた私の袖のありさまは。
【語釈】◇見ゆらむものを 見えるだろうに。「らむ」は現在の事態を推量する助動詞。将来夢に見るだろう、あるいは以前夢に見ただろうと言っているのでなく、今宵私はあの人を強く想っているのだから、あの人の夢に今頃見えているだろう、と推し量っている。相手を想えば相手の夢にあらわれるという古い信仰に基づく。「ものを」は詠嘆の終助詞であるが、逆接の言いさしとも取れる。
【他出】正治初度百首、式子内親王集、自讃歌、定家十体(有一節様)、新三十六人撰、三五記、愚秘抄、桐火桶
【参考歌】和泉式部「和泉式部続集」
夢にても見るべきものを稀にても物おもふ人のいを寝ましかば
藤原定家「二見浦百首」(掲出歌より先んじる)
おもふとは見ゆらむものをおのづから知れかし宵の夢ばかりだに
百首の歌読み給ひける時、恋の歌
はかなしや枕さだめぬうたたねにほのかにまよふ夢のかよひ路(千載677)
【通釈】果敢ないものだなあ、枕の場所を定めずに寝入ってしまった転た寝で、ぼんやりと迷いつつ恋人のもとを往き来する夢の通り路よ。
【補記】「枕さだめぬ」とは、下記古今集歌にあるように、枕の置き方によって夢見をコントロールできるという俗信に基づく。第四句「ほのかにかよふ」とする本も。
【参考歌】よみ人しらず「古今集」
宵々に枕さだめむ方もなしいかに寝し夜か夢に見えけむ
小野小町「小町集」「玉葉集」
はかなくも枕さだめず明かすかな夢語りせし人を待つとて
選子内親王「大斎院前御集」
こりずまにあだなる花のもとにしも枕さだめぬうたたねはせじ
恋の歌の中に
つかのまの闇のうつつもまだ知らぬ夢より夢にまよひぬるかな(続拾遺913)
【通釈】束の間の闇の中での逢瀬もまだ知らないで見る夢――そんな果敢ない夢の繰り返しに迷い込んでしまったのだ。
【補記】下記古今集歌の本歌取り。闇の中でのはかない逢瀬より、鮮明な夢のほうが増しだとした本歌を承け、現実の逢瀬を知らぬまま夢から夢へさまよい続ける恋の虚しさを詠んだ。「前小斎院御百首」。
【本歌】よみ人しらず「古今集」
むば玉の闇のうつつはさだかなる夢にいくらもまさらざりけり
見えつるか見ぬ夜の月のほのめきてつれなかるべき面影ぞそふ
【通釈】あの人が見えたのだろうか。逢えない夜の月がほのかに見えて、きっと冷淡に違いない面影がそこに重なる。
【補記】雲に隠れがちな月。ほのかにあらわれたその光に、まだ実際には逢瀬を遂げていない恋人の、つれない面差しを予め思い描いている。「前小斎院御百首」。
百首歌に
逢ふことをけふ松が枝の手向草いくよしほるる袖とかは知る(新古1153)
【通釈】初めての逢瀬を今日待つことになりましたが、これまで幾夜涙に濡れ弱った袖か御存知ないでしょう。
【語釈】◇松が枝の手向草 下記本歌に依拠し「いくよ」を導くために挿入された語句。「松」に「待つ」を掛ける。◇いくよしほるる 「いくよ」は「幾夜」と思われるが、川島皇子の本歌では「幾代」なので、本歌に従えば「何年も涙で濡らした」の意になる。
【補記】主題は「初逢恋」であろう。「正治初度百首」。
【他出】正治初度百首、式子内親王集、定家八代抄、新三十六人撰、東野州聞書
【本歌】川島皇子「万葉集」「新古今集」
白波の浜松が枝の手向くさ幾代までにか年の経ぬらむ
【主な派生歌】
待ちわびて独ながむる夕暮はいかに露けき袖とかはしる(宗尊親王[続拾遺])
ただ今の夕べの雲を君も見ておなじ時雨や袖にかくらむ
【通釈】今見えるこの夕べの雲をあなたも眺めていて、同じ時雨が袖に降りかかっているのだろうか。
【補記】「時雨(しぐれ)」に涙を暗示し、逢えなくても心は同じと恋人に思いを馳せる。家集に収められた二つめの百首歌。
待つ恋といへる心を
君待つと閨へも入らぬ槙の戸にいたくな更けそ山の端の月(新古1204)
【通釈】あなたを待つというので、寝間にも入らずに槙の戸のそばで過ごしている――その槙の戸にひどく更けた光を投げないでおくれ。山の端の月よ。
【語釈】◇槙(まき)の戸 杉・檜などの板で作った戸。◇いたくな更けそ あまりひどく更けないでくれ。月が没してしまえば恋人の訪れが絶望的になるゆえに言う。月が時間の進行を司っていると見ての、月への呼びかけである。◇山の端(は)の月 山の稜線近くの月。「いたくなふけそ」と言うからには、沈もうとしている月であろう。
【補記】『式子内親王集』の補遺の部(「雖入勅撰不見家集歌」)に載り、元来式子の家集には無かった作。
【他出】式子内親王集、自讃歌、定家十体(有一節様)、女房三十六人歌合、題林愚抄
【参考歌】よみ人しらず「古今集」
君こずは閨へも入らじ濃紫わが元結に霜はおくとも
【主な派生歌】
君待つと幾夜の霜をかさぬらむ閨へも入らぬおなじ袂に(後醍醐天皇[続千載])
みる人とおなじ心にふけぬれどねやへもいらぬ秋のよの月(木下長嘯子)
待ち出でてもいかにながめむ忘るなといひしばかりの有明の空〔続後拾遺898〕
【通釈】待ったあげくに月が出たら、どんな思いで眺めるのだろうか。忘れてくれるなとあの人が言ったばかりに月の出を待ち続け、とうとう一夜を明かしてしまった有明の空を。
【語釈】◇忘るなといひしばかりの 素性法師の本歌では恋人が「今来む」と言ったのに対し、掲出歌の恋人は「忘るな」、すなわち「有明の月を見て、いつまでも私のことを忘れないでくれ」と言ったのであろう(有明の月に恋人を偲ぶのは当時の慣わし)。それゆえ有明の月が出るまで待ち続けたと言うのである。
【補記】「正治初度百首」。続後拾遺集は初句「まちいでて」、結句「有明の月」。
【本歌】素性法師「古今集」
今来むと言ひしばかりに長月の有明の月を待ち出でつるかな
百首歌の中に
生きてよも明日まで人もつらからじこの夕暮をとはばとへかし(新古1329)
【通釈】よもや生きておられようか、明日まで――だからあの人も明日までは私に辛くあたるまい。訪ねるなら、今日の夕暮訪ねて来るがよい。
【補記】「明日まで人もつらからじ」とは、今日までで私の命は尽きようから、いくら無情な恋人も明日までは辛い態度を続けられまい、ということ。詞書の「百首歌」は不明で、家集にも見えない歌。第二句「明日まで人は」とする本もある。
【他出】自讃歌、定家十体(幽玄様)、時代不同歌合、新三十六人撰、三五記
【参考歌】藤原定家「拾遺愚草」(先後関係は不明)
きのふ今日とはばとへかし雲さえて雪ちりそむる峰の松風
ちりぬれば恋しきものを秋萩の今日のさかりをとはばとへかし
あはれとも言はざらめやと思ひつつ我のみ知りし世を恋ふるかな
【通釈】愛しいと言ってくれないはずがあろうか、そう思い込みつつ、人には告げず独り恋していた――あの頃を恋しく思うのだ。
【補記】「前小斎院御百首」。
恋歌の中に
君をまだ見ず知らざりしいにしへの恋しきをさへ歎きつるかな(続古今1316)
【通釈】あなたをまだ見知らなかった昔が恋しい――そんな気持さえ歎きの種になってしまうのだ。
【補記】『式子内親王集』(補遺の部)では「君をまづ」。
【参考歌】藤原俊成「久安百首」「新古今集」
思ひわび見し面影はさておきて恋せざりけむ折ぞ恋しき
【主な派生歌】
今はただ見ずしらざりしいにしへに人をも身をも思ひなさばや(今出川前右大臣室[風雅])
恋ひ恋ひてよし見よ世にもあるべしと言ひしにあらず君も聞くらむ
【通釈】恋し、恋して、その果てには――ままよ、見ておいでなさい。この世に生きていられようと私は言ったおぼえはありません。あなたも聞いて御存知でしょう。
【補記】第二句は「よし見よ」で切れる句割れ。屈折し飛躍し、反復する切迫したリズムが、恋に苦悶する息遣いを伝えるかのようだ。「前小斎院御百首」。
つらしともあはれともまづ忘られぬ月日いくたびめぐりきぬらむ
【通釈】辛いとも思い、愛しいとも思い、一向に忘れられない、あの頃の月日――あれから、幾たび月日が巡り来たことだろうか。
【補記】「月日」は過去の恋の日々を指すと同時に、恋が破れた後の月日を指すのだろう。「前小斎院御百首」。
題しらず
恋ひ恋ひてそなたになびく煙あらばいひし契りのはてとながめよ(新後撰1113)
【通釈】あなたを恋し、恋した挙句、そちらの方へ靡く煙があれば、私と言い交わした約束の果てと眺めて下さい。
【補記】「いひし契(ちぎ)り」とは、逢うと言った約束。その約束を破られた仕返しに、「煙」(火葬の煙)があなたのもとへ逢いにゆくというのである。「前小斎院御百首」。
【参考歌】小野小町「小町集」
はかなくて雲となりぬるものならば霞まむ空をあはれとはみよ
題しらず
君ゆゑやはじめもはても限りなきうき世をめぐる身ともなりなむ(新千載1034)
【通釈】あなたのせいで、始まりも終わりも限(きり)の無い六道三界をさまよい続ける身ともなってしまうのだろうか。
【補記】『式子内親王集』では補遺の部(勅撰に入れども家集に見えざる歌)に載せる。
雑
いつきの昔を思ひ出でて
ほととぎすそのかみ山の旅枕ほのかたらひし空ぞ忘れぬ(新古1486)
【通釈】ほととぎすよ、その昔、あの神山での旅枕に、おまえがほのかに何度か鳴いた空――決して忘れないのはあの空だ。
【語釈】◇いつきの昔 斎院時代。式子内親王が賀茂斎院として奉仕したのは、平治元年(1159)から嘉応元年(1169)まで、十一歳から二十一歳までの間。◇そのかみ山 「昔・往時」を意味する「そのかみ」に「神山」を掛けた。神山は既出。◇旅枕 「旅」とは、斎院のある紫野を出、神山の神館で過ごした時のことを言う。◇ほのかたらひし ほのかに鳴き続けた。「かたらふ」は「語る」の継続態(「ふ」は動作の反復をあらわす助動詞)で、「語り続ける」「繰り返し語る」の意であるが、「語り合う」意も響く。「いにしへのこと語らひに時鳥いづれの里にながゐしつらむ」(『敦忠集』)のように、時鳥は昔のことを語る鳥とされた。
【補記】『式子内親王集』の補遺の部、「雖入勅撰不見家集歌」(勅撰に入ると雖も家集に見えざる歌)に載せ、元来は家集になかった歌。制作年などは不明。
【他出】式子内親王集、定家十体(幽玄様)、歌枕名寄
【参考歌】額田王「万葉集」巻二
古に恋ふらむ鳥はほととぎすけだしや鳴きし我が思へるごと
藤原実方「実方集」
山里にほのかたらひしほととぎす鳴く音ききつと伝へざらめや
「源氏物語・花散里」
をち返りえぞ忍ばれぬほととぎすほの語らひし宿の垣根に
皇后宮美作「後拾遺集」
きかばやなそのかみ山のほととぎすありし昔のおなじ声かと
さかづきに春の涙をそそきける昔に似たる旅のまとゐに
【通釈】盃に春の涙を落としてしまった。昔を思い出させる、旅中の車座にあって。
【語釈】◇春の涙 「春の盃に涙をそそき」と言うところを、「盃に春の涙を…」と言い換えたことで、思いがけなく情趣豊かな言葉が生まれた。◇旅のまとゐ 旅の途上、一行の者が野に円座を組んで酒宴をしている情景を思い浮かべるべきところ。
【補記】「前小斎院御百首」。羇旅歌として仮構した歌であろうが、懐古の情が主題となっている。
【本説】「白氏文集」巻十七(→資料編)
酔悲灑涙春盃裏(酔の悲しみ、涙そそく春の盃のうち)
「源氏物語・須磨」
御かはらけまゐりて、「酔ひの悲しび涙そそく春の盃のうち」ともろ声に誦じたまふ。御供の人も涙をながす。おのがじしはつかなる別れ惜しむべかめり。
【主な派生歌】
むかしおもふ春の涙も岩そそくたるひの上の袖のさわらび(尭恵)
都にて雪まはつかにもえいでし草引きむすぶさやの中山〔続後拾遺559〕
【通釈】都を出た時、雪の間にわずかに萌え出ていた草を、今は引いて結び、旅の枕とする、小夜の中山よ。
【語釈】◇さやの中山 遠江国の歌枕。静岡県掛川市日坂と金谷町菊川の間、急崚な坂にはさまれた尾根づたいの峠で、街道の難所の一つ。「さよの中山」とも。
【補記】都を出てから月日が経ち、萌え出たばかりの草も「引きむす」べるほどに育ったのである。「正治初度百首」旅の部。続後拾遺集では第二句「雪まほのかに」。『三百六十番歌合』『秋風集』などにも採録されている。
つたへ聞く袖さへぬれぬ浪の上夜ぶかくすみし四つの緒のこゑ
【通釈】伝え聞く私の袖さえ濡れてしまった。波の上、夜更けに深く澄んだ琵琶の音よ。
【語釈】◇つたへ聞く 白氏の長編詩「琵琶行」に語られた、妓女の奏する琵琶の音を伝え聞く。◇四つの緒 四絃であることから、琵琶の異称。
【補記】「前小斎院御百首」。
【本説】「白氏文集」巻十二
四弦一声如裂帛 東船西舫悄無言(四弦の一声、裂帛の如し。東の船も西の舫(ふね)も、悄(ひそ)まりて言無く)
後白河院かくれさせ給ひて後、百首歌に
斧の柄の朽ちし昔は遠けれどありしにもあらぬ世をもふるかな(新古1672)
【通釈】斧の柄が朽ちてしまう間に過ぎ去った昔は遥か遠いとは言え、それにしてもすっかり変わってしまった世に永らえることであるよ。
【語釈】◇斧(をの)の柄(え) 晋の王質の故事――王質が木を伐りつつ仙境に入り、童子が碁を打つのを見ている内に、気がつけば永い時が経ち、手にしていた斧の柄が朽ちてしまい、里に帰ると世は一変して知る人もいなかった――を踏まえる。
【補記】詞書によれば、父帝後白河院崩後の劇的な世の変化に対する感慨を詠んだ歌と解せる。但し「百首歌」は不詳。
【本歌】紀友則「古今集」
ふるさとは見しごともあらず斧の柄の朽ちし所ぞ恋しかりける
日に千たび心は谷に投げ果ててあるにもあらず過ぐる我が身は
【通釈】日に千度、我が身を谷底に投げ捨ててしまう――それほど心は絶望し、生きているとも言えない様子で過ごしているよ。
【補記】「前小斎院御百首」。
【本歌】作者未詳「九品和歌」
世中の憂きたびごとに身をなげば一日に千たび我や死にせむ
見しことも見ぬ行く末もかりそめの枕に浮ぶまぼろしの中
【通釈】かつて経験したことも、まだ経験しない未来のことも、はかない夢の枕に浮かぶ幻以外のものでない。
【補記】「中」は「うち」と読むのだろう。「前小斎院御百首」。
浮雲を風にまかする大空の行方も知らぬ果てぞ悲しき
【通釈】浮雲を風の吹くままにまかせる大空の果ては知れない――そのように行方も知らず私はどこへ行き着くのか。その果てを思えば悲しくてならない。
【補記】「前小斎院御百首」。「大空の」までは「行方も知らぬ」を導く有心の序。
はじめなき夢を夢とも知らずしてこの終りにや覚めはてぬべき
【通釈】始めも無く遠い過去から続く夢――それを夢だとも気づかないで、この一生の終りには目覚めることができるのだろうか。
【語釈】◇はじめなき 仏教語「無始」を思わせる。遠い過去から続く輪廻の無限性をあらわす語。
【補記】「前小斎院御百首」。
あはれあはれ思へばかなしつひの果てしのぶべき人たれとなき身を
【通釈】ああ、ああ、思えば悲しい。死んだあと、偲んでくれる人が誰と言っていない我が身を。
【補記】家集の二つめの百首歌に見える歌。
【参考歌】和泉式部「後拾遺集」
しのぶべき人もなき身はある折にあはれあはれと言ひやおかまし
百首歌の中に
今はとて影をかくさむ夕べにも我をばおくれ山の端の月(玉葉2506)
【通釈】これが最期の時と、姿を隠す夕暮にも、私を見送っておくれ、山の端の月よ。
【補記】家集の二つめの百首歌の秋の部に見える。玉葉集では述懐歌として雑の部に収録している。因みに千載集には類想の「故郷をひとりわかるる夕にもおくるは月のかげとこそ聞け」が採られている。
【参考歌】和泉式部「拾遺集」
暗きより暗き道にぞ入りぬべきはるかに照らせ山のはの月
百首歌たてまつりし時
天の下めぐむ草木のめもはるに限りもしらぬ御代の末々(新古734)
【通釈】天の下隅々まで、春雨の恵みを受けた草木が芽をふくらませ、目も遥か限りなく広がっているように、我が君の御代は末々まで永遠に続くだろう。
【語釈】◇天(あめ)の下 天皇の支配下にある日本国全土を言う。「あめ」には「雨」の意が掛かり、次句「芽ぐむ草木」と縁をもつ。◇めぐむ 「芽ぐむ」「恵む」の掛詞。春雨の恵みに、天皇の慈悲が含意される。◇めもはるに 「芽も張る」「目も遥に」の掛詞。ここまでが「限りもしらぬ」を導く有心の序。◇末々 「末」は草木の先端を意味するので、「草木」の縁語。
【補記】「正治初度百首」祝の部。
【本歌】在原業平「古今集」
紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける
幾とせの幾よろづ代か君が代に雪月花の友を待ちみむ
【通釈】何年の長きにわたり、君の治める御代にあって、風雅の友を待ち迎えるのだろう。
【語釈】◇幾よろづ代か 賀歌に特有の誇張表現。◇君が代 天皇の治める代。この歌は「正治初度百首」の祝歌であるから、「君」は百首の詠進を命じた後鳥羽院その人を意識していると見るのが常識。◇雪月花(ゆきつきはな)の友 四季折々の風雅を共にする友。白氏の詩に由る。
【補記】慈円・藤原定家・良経ら新風歌人が次々台頭していた後鳥羽院歌壇を言祝ぐか。「正治初度百首」。結句「ともをまちけん」とする本もある。
【本説】白居易「和漢朗詠集・交友」
琴詩酒友皆抛我 雪月花時最憶君 (琴詩酒の友は皆我を抛(なげう)つ 雪月花(せつげつくわ)の時最も君を憶(おも)ふ)
百首歌に
暁のゆふつけ鳥ぞあはれなる長きねぶりを思ふ枕に(新古1810)
【通釈】暁の鶏の声こそ身に沁みてあわれ深い。無明長夜の眠りを嘆かわしく思っている寝覚めの枕で。
【語釈】◇ゆふつけ鳥 鶏のこと。昔、鶏に木綿をつけて祓いをしたことから、鶏を木綿付け鳥と呼んだ。◇長きねぶり 仏教に言う「無明長夜(むみょうぢょうや)」のこと。迷妄と煩悩に満ちた世界を、長い夜の闇に喩えて言う。
【補記】「正治初度百首」。
阿弥陀を
露の身にむすべる罪は重くとももらさじものを花の台うてなに(新後撰672)
【通釈】露のようにはかない我が身に生ずる罪は重くとも、阿弥陀如来は蓮(はちす)の台(うてな)に衆生を漏らさず救い上げて下さるのだ。
【語釈】◇むすべる罪 露の縁から「結べる」と言っている。◇花の台 極楽浄土に往生した人が座る、蓮華の座。
【補記】釈教歌。『式子内親王集』には補遺の部(「雖入勅撰不見家集歌」)に載せ、元来式子の家集には無かった作。
百首歌たてまつりしに、山家の心を
今はわれ松の柱の杉の庵に閉づべきものを苔深き袖(新古1965)
【通釈】出家した今はもう、柱は松の木、屋根は杉の皮葺きの庵に、閉じこめるべきなのに。法衣をまとった我が身を。
【語釈】◇松の柱 松を丸木のまま用いた柱。◇杉の庵(いほ) 杉の皮で屋根を葺いた庵。「松の柱」とともに質素な造りであることを示す。◇苔深き袖 僧衣を示す。
【補記】「正治初度百首」山家の部。「松」に「待つ」、「杉」に「過ぎ」を読めば、人への思いを絶とうとの心が籠り、それも一つの読み方ではあろう。
百首歌の中に、毎日晨朝入諸定の心を
しづかなる暁ごとに見渡せばまだ深き夜の夢ぞかなしき(新古1969)
【通釈】静かな暁ごとに自身を観ずれば、まだ深い迷妄の夢の中にあることが悲しい。
【語釈】◇毎日晨朝(じんでふ)入諸定(にふしよじやう) 毎日の卯の刻(早朝)、禅定に入る。『地蔵延命経』に見える句で、地蔵菩薩のことを言ったもの。◇深き夜の夢 深い迷妄の中にある現世の生活。
【補記】衆生が煩悩の中にあることを地蔵菩薩が悲しんでいる歌と見る説もある。