その日の夜、何度かヒロトから電話がかかったけど、私は無視し続けた。
夏喜もいない、小夜子さんもその日は夜勤で、一人過ごすのは心細かったけど、何とか心折れないようにと踏ん張った。
次の日のお弁当の準備をしながら、喜んでくれる二人の笑顔を思い浮かべると、頑張れそうな気がした。
次の日の、帰りだった。
今日はぴたりとヒロトからの連絡は止んでいる。
彼も仕事で忙しいのかと、ほっとしていた帰り道。
家の近くで、また偶然夏喜と一緒になった。
今日は一人だ。
「夏喜」
嬉しくなってその後ろ姿に駆け寄る。
「おぉ、今帰り?」
「うん」
自然に横に並んで歩き出せる間柄になれたことが、すごく嬉しい。
「そういやさ、昨日、翔さんに顔丸くなったんじゃね?って言われた」
「え?そうなの?」
「うん、確かに、飯食い過ぎで体重ちょっと増えたんだよなぁ」
「はは、よかった」
出会った頃の夏喜は、年齢の割に頬がこけて明らかにひどく痩せて見えた。
暗い照明の店の中で見ても、顔色だってよくなかった。
いくら翔さんのところで賄いを食べていても、朝は抜き、昼はコンビニのパンじゃ、栄養不足だったに違いない。
「お前の飯、何が入ってんの?」
「は?」
「太らせる効果かなんかか?」
「んなことあるわけないでしょ?でも、こう見えてちゃんと考えてるんだよ?夏喜睡眠不足でしょ?ちょっとでも栄養バランスいいようにって、実は少し勉強もした」
「そうなの?」
「うん。睡眠は、改善されないんだったら、せめて食べるものだけでもって思って」
「そうだったんだ…」
呟いた夏喜を見て、なんだか急に恥ずかしくなった。
これじゃあ私がすごく夏喜に尽くしてる人みたいだ。
「てゆーかさ、そろそろ名前で呼んでくんない?」
照れ隠しでそんなことを言った。
「は?」
「夏喜、いっつもお前、とかばっかで私の名前呼んでくれたことないじゃん」
あの時一回だけを除いては。
「私の名前、ちゃんと分かってる?」
「分かってるし。呼んでるだろ?普通に」
「いやいや、呼んでないから!普通に!」
「それよりお前、バイトの面接どうだったの?」
「あ、ほらまた!」
言ったら、夏喜も、あ、という顔をした。
でも、まぁいいか。
夏喜に呼ばれる "お前" なら、なんだか全然嫌でもない。
私は、以前話が出たように、近所でバイトを探している。
まずは週三日くらい、家事が疎かにならない程度で出来ればいいなと思っている。
そして、小夜子さんと夏喜の家に、食費を入れることが出来るくらいの。
「今ね、コンビニとファミレス、返事待ち。でも、やっぱりご飯作ったりするの好きだから、ファミレスがいいかなぁ?」
「ふぅん、いいんじゃね?」
どこか夏喜も機嫌がよさそうだ。
多分夏喜は、私がこうやって家事や学校、バイトにと頑張っている姿に、喜んでくれている。
何も頑張ってないだろって言われたあの日から、成長した私を見て、評価してくれているみたいだ。
それって、認められたみたいですごく嬉しい。
夏喜は誰に認められたいんだろう。
もし、自分のために頑張っているんだったら、夏喜は多分負けず嫌いなんだろうな。